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九龍懐古  作者: カロン
尋常一様
363/492

謝罪と再登場

尋常一様9







「ちゅーわけで。こないだはスマン」


パンッと両手を顔の前で合わせる(カムラ)。正面には、膨れっツラの莉華(リィカ)が腕組みをして仁王立ち。


先日香港側で騒動があり、九龍(こちら)側での影響諸々を調べていたらドタバタしてしまい莉華(リィカ)との約束に顔を出せなかった。ちなみにその逃亡劇の際ぬいぐるみを汚したとかで(アズマ)は帰宅後(イツキ)に怒られたらしい。そして桑塔納(サンタナ)もシャカった。新しい車を調達する予定だと聞き、桑塔納(サンタナ)とのお別れは寂しいが霊柩車問題が解決されることに(カムラ)が内心ホッとしたのは秘密だ。


唇を尖らせた莉華(リィカ)はジト目で(カムラ)を見る。


「別にぃ。お饅頭、お仕事だったんでしょ。莉華(リィカ)ずっと待ってたけど?お仕事ならしょーがないしぃ?ずっと待ってたけど」

「ごめんてホンマ」

「全然へーき。ずっと待ってたけど」

「行けんて微信(チャット)送ったやん」

「でも、もしかしたらお仕事終わるかもじゃん?莉華(リィカ)が勝手に期待してただけだから全然いーんだけど。ほんと、全然いいけど」

「なんもよぉないな、その感じやと」


ブスッとしたままクルクルと旋回を始める莉華(リィカ)に打つ手が無い(カムラ)。こういった時に謝る以外のスキルを持ち合わせていないのだ、世の中には──悔しいが身近にも──上手くご機嫌をとれる男などいくらでも存在しているが、残念ながら(カムラ)の立ち位置はそちら側ではなかったし、今のところそう成れる予定もなかった。


「またお菓子()ぉてくるから。な?」


どうにか溜飲を下げてもらおうとスイーツで釣ってみる。姑息。いうて、大地(ダイチ)とか(イツキ)ならノッて来よるからな!ワンチャン(ネイ)とか(スイ)もイケんで?子供に菓子は有効打やねんぞ!

莉華(リィカ)は頬を膨らませたまま‘ふぅん’と生返事。考えている仕草。効いたか?効いたのか?やけに神妙な面持ちで待機する(カムラ)へ、莉華(リィカ)は前触れもなく、パッとポケットから出した物体を突きつける。


「じゃあこれあげてもいいよ」


(いささ)か話が飛んだ。あげるのは俺の(はず)では?クエスチョンマークを浮かべつつ(カムラ)が受け取ったそれは、キーホルダー。酷く不細工。


「なんこれ」

「露店で見付けた!超可愛いでしょ!」


先ほど脳裏に(よぎ)った感想は無かったことにして、(カムラ)は‘可愛(かわえ)えな’と頷く。ニマッと笑う莉華(リィカ)が鼻先へ顔を寄せた。


「でしょでしょ!一目惚(ひとめぼ)れ!」

「こーゆーの好きなん?」

「うん、大好き!」


(カムラ)は眼球だけを動かし莉華(リィカ)とキーホルダー──頭がハート型で、やたらに手足が長く、目玉がハミ出し歯も剥き出し極めつけに毛むくじゃらのキャラクター──を交互に見た。深藍(あお)色をした異形の者は、すこぶるフレンドリーな笑顔。


「実はね…ジャーン!莉華(リィカ)とお揃いです!」


効果音をつけてスマホを(かか)げた莉華(リィカ)。ジャラジャラさがるストラップ群、その中に───居た。フレンドリーな笑顔の粉紅(ピンク)の異形。


「お饅頭には特別だよ!仲良しだから!」


ハシャぐ莉華(リィカ)に‘早く付けろ’と急かされ、(カムラ)はとりあえず深藍(あお)を携帯へと取り付けた。既にブラさがっていたぽっちゃり天仔(てんちゃん)と2匹で笑い合っている。莉華(リィカ)粉紅(ピンク)深藍(あお)をハイタッチさせ、仲良し!とご満悦。


「あの…」

「なに?粉紅(ピンク)がよかった?」

「いや…うん、ありがとうな」


どういたしましてと敬礼をする莉華(リィカ)へ、揺れながらケタケタ笑うNEWフレンドを握り締めつつ、(カムラ)も敬礼を返した。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「ぁんだよ、呪いの人形か」

「イジめやんでくれん?」


【宵城】最上階。(カムラ)が部屋に入るやいなや、ストラップに目を留めた(マオ)が怪訝な表情。天仔(てんちゃん)と早速タッグを組み、閻魔に負けじと笑う異形。2匹をそっと撫でる(カムラ)


莉華(リィカ)がくれてん。お饅頭は仲良しだから、特別!って」

「あそぉ。ちゃんとやれてんのかよそいつ?店のヤツとどーこー言ってなかったか」

「せやね…今回はまだ…平気ゆーてんけど」


キーホルダーをモミモミしている(カムラ)(マオ)は金の入った封筒を渡す。


「おめーがこないだ連れてきた女、よく働いてるよ。客からも人気あるし。ちっとバックに色つけといた」

「ええのに色つけやんでも。おおきにな」


少し前、在籍していた店舗が潰れてしまい勤め先を探していた女性を(カムラ)は【宵城】に紹介した。元居た店でもそれなりの売れっ子だったようで【宵城(こちら)】での評判も上々。なので(マオ)はスカウト料金のキックバックへパーセンテージを上乗せしてくれたらしい。


大地(ダイチ)に何か買って帰ってやれよ」

「やったらこのストラップ()おてこかな」

「お前…センス疑うわ…」

「若い子には人気なんとちゃうんか!?莉華(リィカ)もお揃いで持っててんから!!」


(カムラ)が慌てて弁解すると───(マオ)は数秒(カムラ)を見詰めた(のち)、キーホルダーを顎で示した。


「マジで(どん)くせぇ饅頭だな。仲良しで特別で揃いなら、それじゃねぇか」

「え?なにが」

莉華(そいつ)がハブられる原因。(こび)売ってベタつくからっつーこと、男に。スカウトも店員も客も関係無しで」


だからオンナ達と揉めんだろ。言いながら、パイプの灰を捨てる(マオ)


水商売で女性が男性へ(こび)を売るのは至ってノーマル。ホストはそれが逆になる。とにかく皆、異性のちょっとした恋愛感情に訴えかけて金を得ている。そういう遊び(・・)なのだ、()の世界は。

けれど───あくまでも自分(・・)の客に対しての話。他のキャストの客や店舗の従業員、スカウトにまでちょっかいをかけるなどというのはルール違反。

飲み屋に(たずさ)わっているタイプは特に単純だ、擦り寄って甘えればどいつもこいつも大抵すぐその気になる。そうして指名客を横取り、従業員からも贔屓、スカウトにも優遇を受ける…そんな人間は周りのキャストにしてみれば大迷惑。各々お互いをそれなりに立てて働いている中で、見境の無い色仕掛けで身勝手に和を乱す者は当然嫌われてしまう。


なるほどな、毎度それが(もと)で…俺は(にぶ)チンやから気付かんかったけど…(カムラ)は手元のキーホルダーを眺める。思い返せば莉華(リィカ)は常にやたらと距離が近い。さっきも鼻先まで顔を寄せて‘一目惚(ひとめぼ)れ!大好き!’などとはにかんでいた。そこにみんなハマるのだ。

仕事の付き合いやからアレやけど、プライベートやったら恥ずいわな。ちゅうか例えば(ヨウ)にやられたら────倒れるわ、うん。倒れるわ俺も。


「いや、知らねぇよ?莉華(リィカ)っつう奴がワザとやってっかは。そーゆー女は9割ワザとだけどよ。1割天然(・・)は居るからな」


パイプに火を入れ煙を吹く(マオ)(カムラ)は曖昧に相槌。と、異形の者がブルブル震えて着信を知らせた。(イツキ)が【宵城(みせ)】の下に着いた模様。今日も今日とて一緒にスーパーへ菓子を買いに行くプラン、お買い物ポイントのスタンプを共同で貯めている為だ。景品交換の狙いは限定曲奇(クッキー)詰め合わせセット。(マオ)と適当に挨拶を交わし(カムラ)は階段を駆け降りる、絢爛な店に相応(ふさわ)しくないドスドス音は多目に見て欲しい。合流し日暮れの城砦へと繰り出した。






(カムラ)、今日は何買うの」

「あー…こないだのチョコまた買おかな…」


路地を抜けつつポツポツと会話、けれど、(カムラ)はどこかうわの空。(マオ)の言っていたことが気に掛かる。

あんまよぉ無いんかな?莉華(リィカ)の態度って。ないんやろな。やけどとりあえず、こないだの詫びで菓子は約束しててんからな。今回はしゃあない。渡す時に莉華(リィカ)に話してみよか、どう話すかやけど…会うまでに練っとこ…。

その様子に、早めに帰宅したいのかと案じた(イツキ)は近道を提示。そういうことでもなかったが、もういくらかすれば寺子屋が終わり大地(ダイチ)が下校する。夕飯の準備もあるし時短は有り難い───そう考え承諾した(カムラ)は、裏通りへ足を向ける。

差し掛かった小道は昼間なのに暗くジメジメしていた。両サイドには警告文の貼られた鉄フェンスや朽ちた木製のドア。人が住んでいるのかいないのか…タタッと横切るネズミ、遊園地のような可愛らしい容貌にはあらず。

とある扉の横で、(イツキ)がふと立ち止まる。殴り書きで記されているペンキ文字は掠れており解読不可、知り合いの家ということでもなさそうだ。(カムラ)は小声で訊いた。


「どしたん」

「あいてる」


扉は確かに、内側へ少しあいていた。中からうっすらと鼻につく臭い。今まで何度もここを通り過ぎているが(ひら)いているのは見たことがないと(イツキ)。単に住人が居る──どれだけ廃墟にみえたとしても──だけでは?と(カムラ)が口にする前に、(イツキ)は軽くドアを押していた。朽木の板はスウッと動き、建物の内部が見える。暗がり。共同住宅のような通路。


「あ」


奥になにかを見付けた(イツキ)が呟く。目を凝らした(カムラ)の理解より先に、ポソリと回答が発表された。


「生首だ」

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