山田と静電気・後
尋常一様8
建物から出た燈瑩を追って発砲してくるマフィアへ連射する匠、大雑把な牽制。男達は匠へと銃口を向けるも、今度は再び燈瑩に撃ち返され側頭部へ風穴を拵える羽目に。あっちもこっちもキョロキョロしていては駄目なのだ。初めに狙った相手を最後までキチンと狙う、初志貫徹が大事。
暗がりに消える燈瑩の背を見送りながら匠がこぼす。
「燈瑩、走ってんのによくピンポイントで頭当てれるな」
「脳天ブチ抜かせたら右に出る奴いないとか猫にゃんが言ってた」
「怖っ。そーいや遊園地の射撃でバカスカ景品とってたっけ」
「またとってもらうのですよ」
「なのですよ」
口元に手をあてオーバーリアクションで答える東。匠もオーバーに肩を震わせてみせた後破顔、ほのぼの。
半グレ共は突撃してこようとはしない、達者な銃の腕を警戒している模様。続く撃ち合い、ワンマガジン使い切ってリロード。均衡状態。
俺は別に銃上手くねぇし東なんて居るだけだけど…よかった勘違いしてくれて、ラッキーラッキー…引き金を絞りつつ相手の動向を覗き見る匠。今トータルで5人倒したか?またビルの中から仲間が出てきた、けど遅れて来た奴にゃ顔バレてねぇし関係ねぇな。そーすっと殺んなきゃなのはあと3人くらい?ユルユルと思考を纏めていると───何かが放物線を描いて飛んできた。パッとキャッチし、手首を返して確認。手榴弾。
「うわ危ね」
言いながら腕を振って東にパス。ギャァと悲鳴が聞こえたが、ワンタッチで即座にビルへと投げ返しているのが見えた。扉の中に吸い込まれる黒い塊。間を置かず轟く爆発音、周囲が明るく染まる。
「ナイスピッチ」
「多謝!!てか何で俺に渡したのぉ!?」
「東の方が投げるの得意じゃん。いー感じに倒せたな」
ケロリと笑う匠に東はへの字口。んな朗らかな笑顔をされても…ピン抜いてからの猶予短めのタイプならミンチになってたわよ…?東が嘆けば‘お前悪運強いんだろ’と匠はまた笑った。
と、遠くから響くサイレン。警察。
誰かに通報されたのか?さすがに迅速、城砦とはわけが違う。けれどそのパトランプよりも早く、路地を曲がってくるヘッドライトがまばゆく光った。燈瑩の桑塔納。
2人の目前へ止まった車、しかしすぐ後ろに迫るパトカー。匠が後部座席に乗り込むと車両は間髪入れず急発進、途端───閉める前のドアへ弾丸がドシドシめりこんだ。残党共の発砲。そのまま細い路地を抜けカーブを曲がった時、開きっ放しの扉がコンクリート塀に衝突した。とれた。被弾でヒンジにダメージを喰っていたらしい、フッ飛んで後方へ転がっていくドア。
「あっ!!捥げた!!」
「わ、ごめん」
叫ぶ匠へバックミラー越しに謝る燈瑩。‘俺が閉められなかったのが悪い’とショゲる匠は、一風変わったオープンカーばりに風通しがよくなってしまった車体のピラーを悲しげに撫でる。
「東のほうはドア大丈夫…あれ?東は?」
後部座席を確認した燈瑩が疑問符。匠も隣に目を向けた。居なかった─────東が。
「またぁ!?」
慌てて後ろを振り返る匠。あの眼鏡、反対側のドアから乗り込もうとして全然間に合わなかったようだ。相変わらず足が遅い。ドンパチをかますトリガーになっただけでも迷惑だというのに実に困った男である。
「マジかよアイツ…もー…摩羅廟街の道回って戻る?」
ニット帽をワシャワシャやりながら問う匠へOKを出す燈瑩は内心、‘これ猫だったら見捨てられてたな…匠で良かったね…’などと思った。ハンドルを切りルート変更。
「角2回折れたらさっきのところ出るよ」
「撃ちながらいくわ。燈瑩、サングラスとか持ってないの?警察に顔モロバレは嫌だ」
「んー、これならある」
ダッシュボードをまさぐり燈瑩が手にしたのは見覚えのあるネズミ型レンズ、‘パリピじゃん’と感想を述べつつ受け取り装着する匠。なんというかタイムリー、蘇るテーマパークの記憶。ハハッ。
「燈瑩、次も景品とってよ」
「遊園地?」
「そー。ちょうど東とゆってて、とってもらおーって」
「東も取れるでしょ投げ物で」
「確かに、さっきも手榴弾で上手く敵爆散させてたわ」
「怖っ。ていうかグレネード持ってたの」
「ビルから投げられたやつ投げ返した」
「え、本当?もう出回ってるんだ。アイツら話違うなぁ」
首を傾げる燈瑩。‘アイツら’は武器商関係の何かだろうなとふんわり思った匠は、続けてポソッと呟かれた‘殺そ’は聞き流し、1つ目の十字路を過ぎたあたりで窓枠に腰掛け上体を乗り出す。燈瑩はアクセルを踏みつつフロントガラスギリギリまでシート下方へ身体をさげて隠れた。ドリフトで2つ目の角を曲がり目標を確認、警察に取り囲まれている東と向かいのビルのマフィア達。
タイヤのスリップ音に振り向く総員。その目に映ったのは───ハイスピードで突っ込んでくる、一見運転手がおらず後部座席のウインドウから陽気なグラサンの男がハコ乗りしているボコボコの桑塔納。なにがなにやらわからない。戸惑う警官隊へ向けて匠は威嚇射撃し声を張った。
「アズっ……山田ぁ!!」
偽名、配慮。フードから取り出した物体を山田へ投げる。ビルには爆発した跡、まさか手榴弾か?懸念した警官隊は身を引き物陰へ退避。反対に山田は飛来する某かへ手を伸ばした。
開いた両者の距離、間へと滑り込む桑塔納、すれ違いざまに匠は取れたドア側から東をバックシートに引きずり込んだ。車内へ倒れ込む2人。走り去る車体、ケツに何発か鉛玉をお見舞いされたが遠ざかるテールランプは止まらない。まばたきのうちに四駆は再度十字路を折れて見えなくなった。ほんの数秒の出来事。
後には明滅するパトランプ、呆気にとられるも尚揉み合いを繰り広げる警官隊とマフィア連中、物好きな野次馬だけが、週末の熱気を帯びる香港の路地裏に残った。
「あっぶな!!懲役んなるとこだった!!」
「懲役で済むのかよ?てかお前もうツラ割れまくりじゃん、しばらく城外行かねぇほうがいいな」
ギャゥンと鳴く東へ、シートに倒れた体勢のまま帽子をとった匠がサングラスで前髪をあげながら溜め息。東もキャップを脱いだ。窓の外を緩やかに過ぎる夜景。
「でも十と尾と星座見なきゃなのです」
「あーね。獅子山ならワンチャン?つーかぬいぐるみ、ちゃんとキャッチした?」
「したした」
頷き身体を起こす東の手の中には、寄り添う2匹のアロハシャツ。匠が投げたのは手榴弾…ではもちろんなく、お伴のぬいぐるみ。東はその背をポンポンし‘ありがと綠’と礼を告げる。
すると尋常じゃないレベルの静電気がきた。
「痛ぁ!!!!」
飛び退く東。静電気が発生する素材じゃなくない…?どうして…?2匹をマジマジ見詰める。大柄な1匹、に抱きつく小柄な1匹。小柄な方の視線が刺さった気がした。眼力。悲鳴に驚いた匠が目をパチクリさせる。
「なに急に」
「いや…宗ちゃんに攻撃された…」
「は?」
‘バチッてきた’と掌をフルフルしている東へ‘綠にだけ礼言うからじゃね’と匠、心霊現象についてはナチュラル全肯定している返答に燈瑩が吹き出す。宗ちゃんごめんと素直に謝る違法薬師。
「ところでどうなのかしら、これ。ちょっとは好転すると思うんだけどぁ痛っ」
「そうだね…あいつら警察にパクられるだろうし、そうしたら関連組織も自重して…界隈が多少静かになるかもね」
「良かったじゃん」
燈瑩の見解に匠も相槌。母体の製薬会社や金融機関まで当局の手が回ることは無いだろうけれど、皆ここからの動きは控え目になる筈。まだ疑問点はあるものの───しばし様子見だ。
「ていうかほんとありがとっ痛ぁ、匠ちゃん今日もウチぃ痛っで夕飯食べる?」
「黃花魚?」
「だから東、俺も誘ってよ」
止めどなく静電気を食らい続ける東へ匠がメニューを訊ね、燈瑩が前回と同様に文句をつけた。
とびっきりの開放感の後部座席から吹き込む夜風。大怪我をした桑塔納は3人を乗せ、人目につかぬようソロソロ裏通りを抜けて、九龍城へと帰還していった。




