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九龍懐古  作者: カロン
尋常一様
360/492

ビーニーとD20

尋常一様6






週末、香港、蘭桂坊(ランカイフォン)


空が薄い藍色に染まりはじめ、橙色と水色が混ざり合ったグラデーションが街を覆う頃。‘後で拾いに来る’という燈瑩(トウエイ)が転がす桑塔納(サンタナ)に手を振り、ネオンの灯りがポツポツ輝きだした賑わう中環(セントラル)を雑談を交わし歩く(アズマ)(タクミ)


「雪廠街のどのへんがいいかしら」

「角にある階段、降りたとこのクラブとか?けっこうアングラだし」

「美臣里の路地?」

「ん。前に知り合いのプッシャー行ってた、九龍の奴。もう死んじまったけど」

「俺の知り合いも行ってたわね、そこ。もう死んだけど」


(タクミ)の提言にフワッと記憶を辿る(アズマ)。初っ端に山茶花(カメリア)をわけてくれた、いきなり成金風になったアイツ。香港側から(ちょく)で薬流すとロクな事にならないんだよな…利権争いウルサくって…キャップの(つば)をイジり呟けば‘それな’と(タクミ)も同意。香港及び九龍には想像以上に多くのマフィアや半グレ、チンピラその他のチームがある。そしてそれぞれがどこかで絡み合っており、些細な出来事から生まれる軋轢がどうにもこうにも面倒くさい。なのでこの案件も、己のテリトリーのいざこざだけを解決し残りは我関せずといきたい所存だが───あれこれダラダラ話すうちに到着したクラブ。隠れ家的1軒。


入り口を(くぐ)り2重扉、フロアに際立った特徴は無い。普通のハコ。客の男女比は6:4くらい、チャラついた男性陣と、ギャルだが露出控え目の女性陣。今期の流行(ハヤ)りはスキニーとブーツ。

当たり前に漂う薬物(ドラッグ)の気配。男共の中に売人がいる、そいつが九龍のゴタゴタと関連があるかは不明だけれど…(アズマ)は隅のテーブルにぬいぐるみを置いて席を確保し、カクテルをふたつ注文。すぐにサーブされたカラフルな飲み物を、横に腰掛ける(タクミ)へひとつパス。干杯(カンパイ)してチビチビ舐める。煙草へ火を点けた(タクミ)が声を潜めた。


「どーする」

「そうね、誰か捕まえて訊いちゃうとか」

「じゃ訊いてこよっか?俺」


言うなり(タクミ)はザッとフロアを見渡してアタリをつける。


「あの、バーカウンター横の女の子いくわ。(アズマ)は客の動き見ててよ」


示す先に(アズマ)も目を向けた。細身の気怠そうな女子、BGMを1人でぼんやり聴いている。確かにあの()は何かキメてる、多分、お菓子(・・・)はここで買ったばかり───情報を引き出すにはうってつけ。(タクミ)が‘挨拶’する(あいだ)(アズマ)は全体図を俯瞰し把握しておく。顧客に見知らぬ人間が近付けば、プッシャー連中は気にして反応を見せるはず。ただのナンパか?同業か?はたまた新規客か?しかし(タクミ)の雰囲気ならば(はた)から見ているぶんにはただのナンパと結論付くだろう。カドも立たない。あの()がピンポイントの情報を持っておらずともそれはいい、ダブルインでD20(あたり)なんて割かし高難度だ。


(タクミ)がカクテルを持って腰を上げた。スマホをイジりつつフロアを観察する(アズマ)。それっぽい(やから)は数人、目星はついている。ルートは知りたいけど顔見知りになりたいかつったら別だしな、(タクミ)みたく話が通じる相手ならいいけど…つうか山茶花(カメリア)山茶花(カメリア)でもはや(なつ)い…帽子の下からチラチラ周囲を盗み見て、(アズマ)(タクミ)へ視線を戻す。1本目の煙草を吸い切って2本目。立て続けに3本目。4本目を(くわ)えかけた時に(タクミ)から微信(チャット)、〈OK?〉。(アズマ)は返事は打たず軽く煙草を回した、(マル)。ほどなく(タクミ)がテーブルへと戻って来る。コンとグラスを合わせた。


「おかえり。スッパリ切り上げたね」

トバし(・・・)の番号交換して終わらした。薬やり取りしてんのビーニーかぶった奴だって。さっき入る時すれ違ったよな、外に煙草買いに行ったぽい」

「あら!もう教えてもらったの」

「うん。あの()、そいつに口説かれてるらしいよ。‘これからもっと儲けるから俺の女になれ’的な。九龍絡みでデケぇヤマ踏んでる、バックが(つえ)ぇから必ず上手くいくって」


カクテルを啜る(タクミ)(アズマ)は小さく口笛を鳴らす。まさかの初手から当たり…ヒキ(・・)がいい…ところが、どうやら当たりはそれだけではなかった。


「で、オマケなんだけど。こないだその男が‘これで好きな物買え’ってまとまった金くれて。でもすぐ使う予定なかったし、持って帰ってとりまATMに入れようとしたら」


(タクミ)はもう一口(ひとくち)カクテルを啜った。言った。


入んなかった(・・・・・・)んだって」


短い()。のち、再度小さく口笛を鳴らす(アズマ)。大当たり。というかヒキのよさもあるけれど───(アズマ)悪戯(いたずら)な表情で(タクミ)を覗き込む。


「ダーリン、さすがの女ウケね」

「え?かなぁ?」


そもそも(タクミ)は人あたりが良いが、とりわけ、こういったクラブでのウケは抜群。軽い調子とストリート系の小洒落た感じ──いやぶっちゃけ顔面偏差値の高低もあるでしょうね──が場に馴染むのだろう。引っ掛けた相手がペラペラ語ってくれて有り難いことだ…(カムラ)ではこうはいかない。(イツキ)は喋らない。(マオ)は口が悪い。(レン)は噛む。


フロアどうだったと質問を投げる(タクミ)へ、(アズマ)は声を落としてプッシャーらしき人物を片っ端から羅列。聞き終えた(タクミ)が片眉をあげる。


「多くね」

「ワタクシも思った」


そう。当初の印象よりもだいぶ売人が多い。されど揉める様子は無し、同一(どういつ)グループなのか、チームは違えど仕事仲間なのか。


「でっけぇBUY(バイ)でもあんのかな」

「ね。けど、さしあたりビーニーさん追ってみましょうよ」


不思議がる(タクミ)(アズマ)は楽しげに提案、見やった先には一旦(いったん)フロアへ戻ってきて、再び店を出て行こうとするビーニー。(タクミ)もぬいぐるみをフードにしまいつつ唇の端を吊った。

恐らく‘煙草が切れた’というのは半分本当で半分嘘。出掛ける口実…無論まだお家に帰るにはイイコ(・・・)過ぎる時間、あの男、どこか素敵なところへ梯子するのでは。

階段を登っていく後ろ姿。2人はコッソリ、いくらか距離をおいて、その跡を()けた。

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