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九龍懐古  作者: カロン
青松落色
36/492

友情と黙契

青松落色11






銃声の方向、九龍灣の埠頭で何者かが争っている。

人数にして20人程だろうか。物陰から様子を伺うと、そのすぐ横に小型の貨物船が停泊しているのも見えた。


(カムラ)が指をさす。


燈瑩(トウエイ)さん…あれ…」

「ん…船もそうだし、誘拐グループと【天狼】だろうね」


香港から来たという不審な船舶と、撃ち合いをしている人間達。もはや疑いようは無かった。


やはりサングラスの男達は失踪事件の犯人で、(カズラ)もその一員なのだ。

違っていて欲しいと願ってはいたが想定内のことであり、動揺するより早く(カムラ)(カズラ)の姿を探していた。



この中にいるのか?それともまだ九龍の街のどこかか?この期に及んで甘いかも知れないが、話したいことがあるんだ。



瞬間、その視点が急に地面に切り替わった。

同時に壁に着弾する弾丸。何者かの襲撃に気付いた燈瑩(トウエイ)が、(カムラ)の頭を押して身体を伏せさせたのだ。

(カムラ)の肝がスウッと冷える。一緒に来てもらっていて本当に良かった…自分だけだったら、ここですでにゲームオーバーだ。


燈瑩(トウエイ)が撃ち返すと、人影は建物の裏に身を潜めた。


「あれ?今のやつ、富裕層地域で見たやつかな」

「え?」


燈瑩(トウエイ)の言葉に(カムラ)が顔を上げる。そうであれば、(カズラ)の仲間ということだ。

(カムラ)は慌てて人影へ向けて叫んだ。


「なぁ、ちゃうねん!俺(カズラ)の友達やってん!あんたらの敵やない!」


隠れた人影は答えない。


(カズラ)と話したいだけやねん。嘘ちゃうよ。あいつがどこ()るか知らん?」


若干の間があり、壁の裏から声が聞こえた。


「お前…情報屋の(カムラ)か?」

「え、なんで知ってん」

(カズラ)から聞いてる。お前ら本当に友達だなんてな…ったく…」


男は舌打ちをし、(カズラ)は船の中だと言った。船の中?あそこで戦場になってる船か?

(カムラ)が港に視線を戻すと、まさに(カズラ)がフラフラとした足取りで小型船舶から出てきたところだった。港の反対側へよろめきながら逃げていく。


(カムラ)が立ち上がった刹那───乾いた発砲音がして、今しがた話をしていたはずの壁裏の男がゆっくりと路地に倒れてきた。

頭から血が流れている。【天狼】のメンバーか他のグループかわからないが、やってきた誰かに撃たれたようだ。

燈瑩(トウエイ)(カムラ)の背中を軽く叩く。


(カムラ)、ここはいいから行っておいで」


うながされるまま、(カムラ)は暗闇に消えていく(カズラ)のもとへと駆け出した。











(カズラ)!!」


埠頭の先、逃げ場を失った(カズラ)に追い付き(カムラ)が叫ぶと(カズラ)はおもむろに振り返った。


「…何してんのぉ?(カムラ)


幸いこっちへ向かってくる人物はいない。船舶付近での戦闘は激しく、みなそちらへ集中しているようだった。

走ったせいで乱れた呼吸を整えつつ(カムラ)(カズラ)を見る。服が真っ赤だ…どこかに銃弾を喰らったんだろう。口元にも血が滲んでいる。


「ケガしたんか?()よ手当せんと…」

「まだ友達面してんの?いい加減に──」

「友達やんか」


(カズラ)の言葉尻を噛んで(カムラ)は続けた。


「何で(ダイチ)と一緒に()ったほうがええって言うたん?狙われるかも知らんから言うてくれてんやろ。友達やからやんか」


あの時、友達だなんて思ってないと吐き捨てた(カズラ)が去り際にいった言葉。その忠告は友達だからこそのはずだ。


「俺と()ったのも、情報屋やからっちゅうだけやないやん。俺、言うて情報持っとらんかったし。()る意味なかったやん」

「もぉしつこいって。都合いい解釈ばっかりしないでよ、関わんなっていったでしょ」

「関わるよ。助けたいねん。なぁ(カズラ)、こんなんもう止めぇや…(カズラ)はこんなんとちゃうやろ」


食い下がる(カムラ)に、苛立つ様な表情を見せる(カズラ)が低く唸る。


「ムカつくなぁ…わかったような顔して…」

(カズラ)──」

「俺は!!」


(カズラ)の怒号が闇を裂いた。


「俺は、生まれた時からずっと泥水(すす)って生きてんだよ!!家族もいて助けてくれる人もいるお前に、わかるわけねぇだろ!!」


そう(カムラ)に向かって怒鳴る(カズラ)の目尻に、うっすら涙が浮かんでいるように見えた。



‘わかんないでしょ、(カムラ)には。’

あの時そう言われて(カムラ)は気が付いた。



自分は運が良かったんだ。最初の境遇こそ酷かったが、それでも血の繋がりがある弟が残った。助けてくれる人物にも出会った。信頼出来る仲間も居る。


けれど、もしも大地(ダイチ)が生きていなかったら?燈瑩(トウエイ)に出会えていなかったら?(マオ)(イツキ)(アズマ)といった仲間が居なければ?


(カズラ)がそうだったんだ。家族もおらず、頼れる人物も仲間もおらず、どんなことをしてでもされてでも、這いつくばってやっていくしかなかった。

紙一重だったんだ、俺たちは。なのに幸運を掴んだ側の人間から‘助けたい’だなんてのうのうと抜かされれば腹も立つだろう。


「…やな。やけど」


(カムラ)(カズラ)の瞳を見詰めて答える。


(カズラ)にも今は、俺が()るやん」


だからこそ助けたいんだ。誰も伸ばさなかった手を伸ばしたい。

自分が救えるかもだなんて、自惚れだとはわかっている。それでも見過ごすことは出来なかった。



友達だと思ったから。



(カズラ)の表情が緩む。言葉が届いたのだろうか…?そう少し安堵した(カムラ)が近付きかけた────その時。





フッといつものように微笑み、(カズラ)が埠頭の向こうへ身を投げた。





「っ、(カズラ)!!」


伸ばした手は指先をかすめ、水音が上がり、(カズラ)の姿は黒い海に吸い込まれた。

(カムラ)は覗き込み水面を探すが、ただ波が揺れるばかりで何も見つからない。


足元には血溜まりが広がっていた。(カズラ)の血だ。銃弾は致命傷だったのだろう…そして、(カズラ)本人もそれをわかっていた。

どうせ死ぬなら、助けさせたとて(カムラ)を不必要ないざこざに巻き込むだけだ。

万に一つ助かったとしても、これだけの混乱を引き起こしたグループの人間を(かば)ったとあらば(カムラ)と九龍のマフィアとの衝突は避けられない。



そうならない為の選択だった。

友達だと思ったから。







(カムラ)


燈瑩(トウエイ)の声がした。どうやらあの場を収めて埠頭へと来たようだ。

血溜まりにうずくまる(カムラ)を見やりそれとなく状況を察し、横に膝をついてそっと言葉をかける。


「行こう。【天狼】だけじゃなくて、他も集まってくるかも知れない。もうここは離れたほうがいい」


波止場ではまだ銃撃戦が続いていたが、対戦相手が【天狼】では(カズラ)のグループの全滅で終わるだろう。九龍の街なかの残党が捕まって殺されるのも時間の問題だ。

(カズラ)が居なくなった今、この場に残る意味はない。


やるせない気持ちをどうにか胸の中に押し留めて、闇に紛れ港をあとにする。堪えきれない涙が(カムラ)の頬をポロポロと伝った。





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