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九龍懐古  作者: カロン
尋常一様
358/492

饅頭とぬいぐるみ

尋常一様5






「ヤバい、このキャラ!マジお饅頭に似てるじゃん!」

「別にそない理由で選んだんとちゃうで…や、そうっちゅうたらそうなんやけど…」

「どっち?お饅頭いつも意味わかんない」

「せやな…」


夕暮れの九龍城砦。花街の隅、申し訳程度のベンチがあるこぢんまりとした広場で、赤とピンクの可愛らしいパッケージのお菓子を(カムラ)から貰った莉華(リィカ)がピョンピョン飛び跳ねてハシャいだ。かなり明るめなロングヘアが小柄な身体の動きに合わせて揺れ、クロップド丈のジャージからチラチラと腹が覗く。光る銀のへそピ。さっそくビニールの包装紙をパリパリ剥がした彼女は箱を開け、中に詰まったチョコレートをひと粒パクつく。超美味しい!とタレ目メイクの目尻を更に下げてまた飛び跳ねた。


「お饅頭、センスいい!ただのお饅頭じゃぁ無い!」

「選んだの俺ちゃうねん」

「なんだ。じゃ、やっぱただのお饅頭だね」


(カムラ)の返答に‘平安’の赤文字を押す莉華(リィカ)平安饅頭(ラッキーバンズ)は肩を竦める。彼女の中で、(カムラ)のアダ名は初っ端から‘お饅頭’で定着していた。

この子…ひとこと言うごとに台詞に‘お饅頭’が入るん、どうにかならんのか…。饅頭やってあんま叩きよったらペチャンコに潰れんねんで?俺は打たれ強い饅頭な方やけど?いや、何やねん打たれ強い饅頭て。


「仕事どうなん?店、合っとる感じする?」


饅頭の話題は一旦(いったん)横に置き、(カムラ)莉華(リィカ)へ本題を訊いた。


彼女はここ最近(カムラ)が仕事先を仲介した少女だ。お互い花街付近をウロウロしていた際に何度か見掛けていて、ある時、莉華(リィカ)の方から(カムラ)へ話し掛けてきた。‘お兄さん!スカウトならお店紹介してよ!’


「んー、合ってる…のかなぁ…わかんない!今んとこ大丈夫だよ」

「スタッフと上手くやれとる?お客さんとも揉めたりしとらんか」

「へーき。お饅頭、心配し過ぎじゃない?」


莉華(リィカ)がケラケラ笑う。しょうがない、もともと心配性なのだ。しかし、(オカン)が過保護になるのも仕方ないほど莉華(リィカ)は年若い。

大地(ダイチ)よりは上でも(イツキ)(スイ)よりは下。1人フラフラと九龍で生きている。‘パパはわかんない、ママはもう居ない’。家族のことはそれだけ語っていた。同じく帰る場所のない仲間達とその日暮らし。感情の浮き沈みが激しくヒステリックなところがあるものの、基本的には年相応に元気で明るい性格。住んでいるのはスラム。年齢やその他の事を考慮して、(カムラ)は街外れのガールズバーを紹介した。


道中で買ったパックの檸檬茶(レモンティー)をふたつ取り出し、ストローを刺して、ひとつを隣に腰かけた莉華(リィカ)へ渡す(カムラ)。煙草に火を点けかけた莉華(リィカ)が、やめて紅茶を受け取った。


「お饅頭、今のワザとだ」

「なにが?」

「煙草吸おうとしたからでしょ、莉華(リィカ)が」

「どうやろ」

「そうやろ!」


ビシッと(カムラ)の鼻先を指差し喋り方を真似る。プッと吹き出した(カムラ)が‘バレとったか’と答えると、莉華(リィカ)は‘バレとったで!’と満面の笑み。

酒、煙草、夜遊び、ギャンブル、エトセトラエトセトラ。およそ子供の教育に良くないものを莉華(リィカ)は全てやっている。九龍城では(すべか)らくスタンダードだとはいえ、やっぱり何となく目の前の喫煙は、1本減ったところで意味がないのは承知でも()めてしまう。お節介なオカン。


「ちゅうか、家とかは中流区域(こっち)に借りんでええんか?危ないやろスラムは」


希望があれば手配出来ると申し出る(カムラ)莉華(リィカ)はベンチから立ちあがり、両手を広げてクルリとターンを決めつつ(うな)る。


莉華(リィカ)はずーっとスラムにいたから…スラムでいっかな…中流区域(こっち)に遊びにくるようになったの超最近だし。友達居ないもん」

「作ったらええやん。店ん()()るやろ」

莉華(リィカ)があんまりお店の子と仲良くなれないのわかってるじゃん」

「平気言うとったやんか」

「まだ、ね。そのうちムカつかれちゃうかも知んなくない?」


だからスラムのままでいい。あっちには仲間が居るし。言いながら再びターンを決める。


ムカつかれちゃう…とは?理由は何なのか。今までのバイト先も、スタッフ達とソリが合わずに幾度となく退店を繰り返してきたとは聞いていた。それも(カムラ)が近況を口煩く尋ねてしまう一因(いちいん)。そんなに毎回揉めるのであれば恐らく原因は莉華(リィカ)にあるのだろう。だろうけれど、(カムラ)はなかなか…原因(それ)を見付けられずにいた。


「ま、とにかく何か困ったことあったら相談してな」

「はいはぁい♪」

「ホンマか?ちゃんとすんやで?」

「わかってまぁす♪」


ピシッと敬礼ポーズの莉華(リィカ)。わかっていなさそう。その格好のまま楽しそうにクルクル回り始める彼女に、しかし、(カムラ)も笑って敬礼を返した。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「すんごい死ぬなぁ、ジャンキー」


いつもの昼下がり。ムスッとボヤいてカウンターに上半身をうつ伏せる【東風】店主。


先ごろからスラムの薬中達がどうもバカスカ死んでおり、貧困層にまで余波が来ている。しかれどそんなに強力──または粗悪──なドラッグは出回っていないはず。原因がわからず一方的(いっぽうてき)に客が減る状況に売人連中は大わらわ。


「俺もちょこっと調べてみたけど、九龍(ここ)にはそれっぽいのが見当たらないんだよね」


ソファでダラつく燈瑩(トウエイ)が煙を吹く。先日の裏カジノには確かにジャンキーもいたし周辺に薬中(やくちゅう)が転がってもいた。が、薬物で揉めた末に閉店…ということでも無さそうに見受けられた。ならばカジノに関するドラッグの噂は一体(いったい)?尾行してきた人間しかりイマイチ話が繋がらない。


城砦内を眺めても不明瞭なのであれば、出処は香港方面ないし大陸側の可能性が高い。生首はとりあえず()けておくとして、ドラッグについては香港側(むこう)の製薬会社が噛んでいるのでは。


「【天堂會】とか山茶花(カメリア)みたいに」

「【天堂會(それ)】なっつかしー、香港島で復活したんだっけ」


燈瑩(トウエイ)の予測に(アズマ)が少し目蓋を広げる。乗り込んだ本部のビル…上物の薬が山程あったな…思い返す(アズマ)へ‘あー、あのマスコットが可愛いって人気(にんき)の会?’と(タクミ)。合ってはいるがズレてもいる。(アズマ)燈瑩(トウエイ)に視線を投げた。


燈瑩(おまえ)そーいや男人街(ナンヤンガイ)の祭り行かないの」

「祭りはどうかなぁ。城外(そと)には週末行くけど、仕事で」

「どのへん?」

上環(シャンワン)


上環(シャンワン)か。【天堂會】ってどのエリアで復活してんのかな?ま、今回は別に関係ないだろうけれど。(アズマ)は上半身を起こす。


「ワタクシもついて行こうかしら」


あちらが発生源とすれば、以前同様雪廠(アイスハウス)が出てきた界隈───香港随一(ずいいち)の夜の繁華街、蘭桂坊(ランカイフォン)周辺にヒントがありそう。製薬会社までは行かずとも、その周辺のクラブを探ればプッシャーやルートに接触が出来て何らかの対策が講じられるかも。


「とかって(アズマ)、新薬が気になるだけでしょ」

「職業柄ね!職業柄!」


茶化(ちゃか)燈瑩(トウエイ)自分用(・・・)ではないと念押す違法薬師は、‘行き帰りは構わないが途中は用事がある為付き合えない’との返答に腕組み。


(イツキ)はなぁ…蘭桂坊(ランカイフォン)だとなぁ…」


今日もバイトへ出掛けている用心棒(イツキ)、‘甘い物を奢る’とでも打診すればすぐにやってきてくれるだろう。さりとて夜遊びスポットのクラブというガラではない───そも、入店出来るのか?見た目や年齢的に?悩む(アズマ)(タクミ)はキョトン。


「俺居るじゃん別に」

「え?来てくれるってこと?」

「もともとそういう流れだろ、これ」

「ヤダ…(タク)ちゃんホント付き合い良い…」


半ば感動しながら呟く(アズマ)へ‘普通じゃね’と(タクミ)は更にキョトン。普通の定義を考える(アズマ)


そうか、これが普通…基本的にあしらわれるのが俺にとってはデフォルトだから…。でも言われてみれば俺以外には全員けっこう付き合いが良い気もする。例えば(イツキ)が誘うなり大地(ダイチ)が誘うなり、まぁ(カムラ)でも、誰かが誰かに声を掛けて断られるパターンはあまり無いかも。(マオ)はちょっと別だが、それでも子供には優しい。みんなに断られるのは俺ばかりだ。


(タク)ちゃんは…ずっと変わらないでいてね…グスッ」

「えっ、泣いてんの」


泣きマネで鼻をすする(アズマ)へ首を(かし)げる(タクミ)、すると背後でギターが唐突に鳴った。ギャアと大声を出す眼鏡。この男、パソコンのスクリーンセーバーが勝手に変わることにも未だに慣れずいちいち肩をビクつかせている。


「そーいや(ロク)もあのへんのクラブよく行ってたつってたな。これ連れてく?」


棚へ歩み寄った(タクミ)がぬいぐるみを手に取る。テーマパークから連れてきた、2匹の可愛い仲良しアニマル。‘いいね’と笑う燈瑩(トウエイ)に顔を向けた(アズマ)の視界の隅───ラップトップの画面が一瞬(いっしゅん)点滅し、壁紙にしていた上海の写真が、晴れ渡る赤柱(スタンレー)の浜辺へと独りでに変更された。

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