生首と献立変更
尋常一様4
しゃがみ込んで風貌を見てみた。オッサン。後ろにもう1人、そっちもオッサン。いや、若いのか?微妙によくわかんねぇなぁ…思いつつビールを喉へ流す匠の上から、燈瑩も小部屋を覗いた。
「ほんとだ、ふたつ?」
「うん。生首はレアじゃね」
九龍城で死体が転がっているのは通常運転。重ねて、カジノを出て遠回りをし更に走ったので今居る界隈は区域的にはスラム…余計に通常運転。だが、それでも首だけというのはあんまり無い。中腰の燈瑩の上から東も小部屋を覗いた。トーテムポール。
「隠してたのかしら。匠ちゃんそれ新鮮?」
「腐ってはないかな、てか東が検死してよ」
匠がライトの光量を上げ、東は‘検死ってほどのことは出来ない’と言いながら屈んで燈瑩の肩に顎を乗せる。燈瑩から‘重たい’と文句が入った。
40歳代だろうか。パッと見はもっと下にも感じるが、多分若作り。ツラは割合と綺麗…イケメンという意味ではなく、隈とか肌とかの話。薬中ではないのかな。でもぶっちゃけそこまで顔には出ないからねドラッグ常用してたって───それよりも。
「こいつら裏カジで見たことあるかも」
「そうなの?どこの?」
「どこだっけな…まーどっちみち、良くない場所の店だけど…」
燈瑩の疑問に悩む東。店どころか、客だったか店員だったかすら曖昧。頭部のみになってしまった理由はカジノ絡みだろうか。身体はどこへ行ったのか。
「何にせよ、首だけにする必要無いよね」
銜え煙草の唇から、煙と共に所感を吐く燈瑩。
客なら原因は大勝ちし過ぎたとか、店員なら店の金を抜いたとか、その辺り。けれど生首の動機は不明。不利益ならば殺すのみでいいし見せしめならば隠さず目立つところに置いたほうがいい。仲良く並んでいる友達を匠がライトで交互に照らす。
「他に理由あんじゃねーの」
「さっき追っかけてきてた人達に訊いてみたらよかったかな」
「なにしたら生首にされちまうんですかぁ、って?」
「ド直球ね」
まるで茶餐廳でお薦めメニューでも訊ねているかの様な匠と燈瑩へ半畳を入れる東。まったくもう…これだからやんなっちゃう、ケンカになっても平気な子らは…。
されど、先程の奴らが生首と関係しているとは限らない。むしろ直接的には無い可能性のほうが高い───自分達とて意図せずやってきた廃ビルだ、追い込まれたわけでもなく。であれば、わざわざ顔を合わせて揉めずとも情報は他から仕入れたらいい。
「ちょこっと調べとくよ」
燈瑩の言に頷き、ふいに腰を上げる匠。避けようとした燈瑩はスッと1歩横へズレた。唐突に置き場を失った東のアゴが落下し、立ちあがった匠の後頭部にぶつかる。ゴンと鈍い音。
「痛ぁ!」
「痛ぇ!」
「あ、ごめん匠」
「俺は!?」
ニット帽を押さえる匠へ謝る燈瑩、弾みで舌を噛んで呂律が怪しくなった東も己のケガを訴えるが‘寄っかかってたからじゃん’と逆に怒られた。
確かに、普通に立っていれば衝突しないくらいの身長差ではある…俺のせいか…?首を捻る東。振り返った匠が後頭部を擦りつつ‘ベロ噛んだの?へーき?’と慰めの言葉、自分も痛いはずなのに。優しい。
「匠ひゃん、本当そーゆートコよね…今日ウチで夜ご飯食べるぅ…?」
「何いきなり、猫んとこ行くんじゃねぇの」
「夜中でもいーじゃないそれは」
「ちょっと東、俺もご飯誘ってよ」
「燈瑩も優しくしてくれたらね!」
「付き合ったじゃんカジノ」
軽口を叩きあい小部屋を閉め──晚安生首──東は樹へ微信。夕飯は鶏でも丸ごと煮込もうと計画していたが…生首の後の鳥解体はなんかヤダ、頭捥ぐのが…。魚でも構わないか献立変更の打診を連絡。脇から燈瑩がリクエスト。
「黃花魚煮たのとかがいいな。そういえば蓮君から貰った黃花咸魚あったよね、炒飯も作ってよ」
「えー?あんま量食べないじゃない燈瑩」
「樹がいくらでも食うだろ。ってか俺も咸魚の炒飯食べたい」
「あら、匠ちゃんが食べたいんなら作ろうかしら」
「あ。贔屓だ。樹に言いつけよっと」
「贔屓じゃありません!はいはい、市場寄って帰りますよ!」
儲かったことだし大閘蟹も買っちまうか…考えながらパンパン手を叩く東。路地にももう人影はあらず、追手も無事撒けた様子。あれやこれやと食べ物の話をしつつ、3人は一路、市場へと向けて歩き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「夕飯、魚」
「なんや急に」
中流階級区域、スーパー店内。‘東から微信’と樹は画面を上へ見せる。夕飯の主菜を魚に変えてもいいかとの連絡、ママ。
「家も魚にしよかな」
文面を見詰めて上も検討。魚は普段そない調理せえへんからな…面倒で…やけどたまには摂らんとアカンわ、栄養バランス大事やし。考えながらハイカロリーでジャンクなお菓子をカゴにイン。思考と行動がてんでバラバラに見えるが、そういうことではない。
「今日お菓子いっぱい買うね」
「ん、スカウトした娘ぉ達にちょいちょい持ってこ思て」
珍しがる樹へチョコレートのボックスを振る上。可愛らしいラッピングの一品。
樹は棚へと視線を戻し、色とりどりのスイーツ群から小振りなパッケージを選択。‘これ美味しいよ’と上に差し出す。バラ撒きには丁度いいサイズ感…ではあるが、全面に、甘党そうなぽっちゃりさんのキャラクターがデザインされていた。
なんや、ちょぉ…俺みたいやん…。困惑した上が樹を見れば樹は得意気な目つき。‘似てるから選んでみました!イイでしょう!’とでも言わんばかり。
いや、似とるん配ったら自己主張が激し過ぎひん俺…?やけど可愛えんは可愛えか、赤とピンクの箱で。女子ウケは良さそうやな。上は礼を述べて受け取り、適当に10個程、お仲間のぽっちゃりさんを追加でカゴへ放り込んだ。




