ロイヤルフラッシュと貢ぎ癖・後
尋常一様3
そんな筈はない…そうハッキリ、ディーラーの顔に書いてあるのが読み取れた。シレッとオープンした燈瑩のフルハウスにも眉根を寄せる。
「やりぃ!めちゃくちゃ好運ね、俺!このへんでヤメとこうかしら♪」
ホクホクとポットのチップを全て回収する東。なにか言いたげなディーラーへ、匠が‘ビール何本か余ったからスタッフさん達で飲んで’と告げた。自分は飲みかけの瓶を持って席を離れる。燈瑩も立ち上がり、にこやかに手を振った。
とっとと換金を済ませ──偽札チェックはちゃんとしました──カジノをあとに。退却が唐突過ぎたきらいもあるがまぁいいだろう。
「東…最後のアレ、ちょっと派手だったんじゃない?」
「燈瑩だってノッてきたでしょ」
裏路地を歩きながらタバコに火を点け笑う燈瑩、東もククッと喉を鳴らす。
東とて最初はもっと地味に、カウンティングやマークドデックを都度チェックすることで勝とうかと企んでいたものの…遊んでいるうちに楽しくなってしまった。なので予定を変更。あまり気にせず好き勝手やって、相手が大きく仕掛けてきたタイミングでこちらもカウンターをキメる手法をとった。ぶっちゃけ恨まれるやりかただが構わない。あそこはもう閉店するし、こちらがズルをした証拠も残っていない。
さっきのラストゲーム、シャッフルはフォールスカット。ワンゲーム前は柄が割と片寄っていた。となると必要なカードは近場にある───しかし、裏面のマークはついていたりいなかったりで読み切れない。だから東は聞いてみた。折角みんな居るんだもん。
まず、2枚交換する素振り。実際は匠と燈瑩への‘2枚欲しい’合図だが…ディーラー側からみてもさして不自然な行動ではなかった。東のスタイルはかなりアグレッシブ、出る可能性の低い役にも積極的に賭けていく。最高手の為に5番手を崩すことを迷ったとてそこまでの不思議はない。
本題の質問。あの絵のタイトルは‘ウェイマンと仲間達’ではなく‘ウェイシイマンと仲間達’だ。欲しかったのは‘十’のほう、匠の返事で10が貰えるのは確定。
燈瑩が頬杖をついたのは、配られた手札やフィールドのチップ、10を要求したことから予想して、東が狙っている役の目星は付いたものの…柄がわからなかったから。燈瑩自身の手持ちが開幕からキングのクアッズで揃っていた。匠の手元に来た10は1種だけ──多分ハンドはストレート──なのだろう、ならば選ぶ必要はないし、恐らくその10は東のスートとカブっている。俺は4種のうちどれをパスすべきか?
対して東はカードをクルクル、2度ほど回転させた。スートには、序列がある。1番目はスペード。2番目は…ハート。
匠がわざとビールをこぼした瞬間、燈瑩は様子を覗き込む動作の裏で東へキングを流していた。1枚目ドロー。すぐさま多額のベットで注目を引き、その隙に、ライターを拾う名目でテーブル下へ屈んだ匠も東へ10を飛ばす。東は背もたれに回した腕で受け取り、かわりに袖口に握り込んでいた不要な札をフロアへ捨て、匠はそれを取って自分の手持ちに戻した。2枚目チェンジ。ショーダウンの際わざわざ場の中央に東がトランプを出したのは、テーブル手前のボックスタバコの下に敷いた余分な1枚を燈瑩に回収させたかった為。5枚に戻った手札を何食わぬ顔で最後にオープンする燈瑩。
至極単純なすり替え、かつ非常に豪快な動き───ゆえにディーラーは見落とした。それまでのゲームの状況や態度から、3人をごく普通のプレイヤーだと認識しており…例え、仮にイカサマを行うとしてもこれほど堂々と仕掛けてくるとは想定しなかった。
クアッズもストレートもフラッシュも、賭け金を上げる為にディーラーが意図的に配ったもの。だからショーダウンで明らかになった全員のハンドにおかしな顔をした。けれど、手役を開いてしまったらゲームは終了───その場に出ている役が全てだ。客側の不正の追及をしたら店側の不正もバレてしまう。
「つーかお前イカサマしないのかと思った」
「東ずいぶんフツウに遊んでたね」
匠の発言に燈瑩も同意。東はまたぞろ喉を鳴らした。
「だってさぁ、なんかウキウキしちゃって!俺けっこう裏カジはピンばっかだから!」
結局、みんなで遊ぶのは単純に楽しいのだ。加えてラストゲームでは、あんなに雑な無茶振りをしたのに2人とも即応してくれた。燈瑩のナンバーと匠のスートはちょっぴり賭けではあったが───もとよりギャンブルなのだからご愛嬌。こういう勝負をその場のノリでいい加減に試した時は特に面白い。東はニコニコと札束を3等分し燈瑩と匠に渡す。
「10倍はいかなくてごめんなさいね、1人1束どーぞ」
「充分でしょ。ていうか俺には分けなくていいから、みんなで猫のとこで飲もっか」
「俺もいい。もともと種銭払ってねぇし」
「ヤダァ…イケメン…」
首を振る2人に東は一旦紙幣を引っ込め、今度は2等分にして出した。
「余計に渡したくなっちゃう」
「なんでよ」
「嬉しいから」
「貢ぎ癖かよ」
肩を竦める燈瑩、新解釈を繰り出す匠。
えっ貢ぎ癖!?貢ぎ癖なのか、これは…!?でも思い当たるフシが無くもないな…東は今までの自分の金遣いを回想。
「てかさぁ」
ビールを啜る匠が矢庭にトーンを落とした。
「いつまで尾けてくんの」
「ね。長いこと追っかけてきてるなぁ」
燈瑩も白煙を吹く。
カジノからここまで───誰かに尾けられている。店を出てからすぐ気配には気が付いた、とりあえず遠回りするかということで【東風】とは反対方面へ足を向けたが…いくら歩いてもついてくる。
従業員か?勝ち金狙いの客か?はたまた界隈のジャンキーか?今のところ、襲ってきてはいないけれど。
「撒こうか。揉めても面倒だし」
「んじゃ、次のカド曲がったら走る?左右左右でいこーぜ」
「俺めっちゃ足遅いんデスガ」
燈瑩の提案へと頷く匠、東は口を横一文字に結んだ。差し掛かったT字路で左へ曲がるやいなや、靴音を忍ばせて走り出す。次は右。次は左。そうして5、6回折れて振り返ると、もう居なかった─────東が。
「え?東居ねぇけど」
「あれ、ほんとだ」
立ち止まる匠、燈瑩も来た道を見やる。東は来ない。匠が足首を回し、ビールを飲んだ。燈瑩は燃え尽きかけた紙巻きを捨て靴底で消して、腕組みをする。東は来ない。2人で曲がり角を覗く。ようやくひとつ向こうの路地に出てきた姿…右と左をキョロキョロ見ている。匠が‘こっち!’とブンブン手招き。
「マジかよお前、足おっそ」
「言ったじゃない!!途中で左右わかんなくなっちゃったし!!」
デカい迷子。追い付くのに必死だった模様。ピィピィ鳴く東だが上のような息切れは無し、体力不足ということではなく本当にただ遅いだけ。聞こえてくる複数人の足音、東の速度のせいで全然撒けていない。じゃあどっか隠れてやり過ごすかとの匠の再提案により3人は人気のない廃ビルへ。
奥まった部屋で一服つけ、追手が諦めるまでコッソリ待機。壁に貼られたポスターや打ち捨てられたショーケース、元は薬局か。東は棚をガサゴソやりだした、変わった品でも置いていないかとほんのり期待している雰囲気。‘期限ヤバいんじゃない’とカウンターの砂埃を払う燈瑩、廃墟になって以降、かなり長い期間が経過していると窺える。
部屋の隅にはボロボロに破けた逆さ福の字が貼り付いた扉がもう1枚。匠がドアノブへと手をかけると、キチンと閉まっていなかったらしく触れただけで開いた。ただの小部屋。暗い。数歩踏み込んで、つま先が何だか変な触感のモノに当たり、匠は視線を下げる。
「うわ」
「なに、ダーリンまたビールこぼしたの?」
「いや」
誂う東に返しつつスマホのライトを起動。照らす前から薄ぼんやりと見えてはいたが…改めて足元の物体を確認し、一言。
「生首ある」




