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九龍懐古  作者: カロン
尋常一様
356/492

ロイヤルフラッシュと貢ぎ癖・後

尋常一様3






そんな筈はない…そうハッキリ、ディーラーの顔に書いてあるのが読み取れた。シレッとオープンした燈瑩(トウエイ)のフルハウスにも眉根を寄せる。


「やりぃ!めちゃくちゃ好運(ラッキー)ね、俺!このへんでヤメとこうかしら♪」


ホクホクとポットのチップを全て回収する(アズマ)。なにか言いたげなディーラーへ、(タクミ)が‘ビール何本か余ったからスタッフさん達で飲んで’と告げた。自分は飲みかけの瓶を持って席を離れる。燈瑩(トウエイ)も立ち上がり、にこやかに手を振った。


とっとと換金を済ませ──偽札チェックはちゃんとしました──カジノをあとに。退却が唐突過ぎたきらいもあるがまぁいいだろう。


(アズマ)…最後のアレ、ちょっと派手だったんじゃない?」

燈瑩(おまえ)だってノッてきたでしょ」


裏路地を歩きながらタバコに火を点け笑う燈瑩(トウエイ)(アズマ)もククッと喉を鳴らす。


(アズマ)とて最初はもっと地味に、カウンティングやマークドデックを都度チェックすることで勝とうかと企んでいたものの…遊んでいるうちに楽しくなってしまった。なので予定を変更。あまり気にせず好き勝手やって、相手が大きく仕掛けてきたタイミングでこちらもカウンターをキメる手法をとった。ぶっちゃけ恨まれるやりかただが構わない。あそこはもう閉店するし、こちらがズルをした証拠も残っていない。


さっきのラストゲーム、シャッフルはフォールスカット。ワンゲーム前は(スート)が割と片寄っていた。となると必要なカードは近場にある───しかし、裏面のマークはついていたりいなかったりで読み切れない。だから(アズマ)は聞いてみた。折角みんな居るんだもん。


まず、2枚交換する素振(そぶ)り。実際は(タクミ)燈瑩(トウエイ)への‘2枚欲しい’合図だが…ディーラー側からみてもさして不自然な行動ではなかった。(アズマ)のスタイルはかなりアグレッシブ、出る可能性の低い役にも積極的に賭けていく。最高手(ロイヤル)の為に5番手(フラッシュ)を崩すことを迷ったとてそこまでの不思議はない。

本題の質問。あの絵のタイトルは‘ウェイマンと仲間達’ではなく‘ウェイシイマンと仲間達’だ。欲しかったのは‘(シイ)’のほう、(タクミ)の返事で10が貰えるのは確定。

燈瑩(トウエイ)が頬杖をついたのは、配られた手札やフィールドのチップ、10を要求したことから予想して、(アズマ)が狙っている役の目星は付いたものの…(スート)がわからなかったから。燈瑩(トウエイ)自身の手持ちが開幕からキングのクアッズで揃っていた。(タクミ)の手元に来た10は1種だけ──多分ハンドはストレート──なのだろう、ならば選ぶ必要はないし、恐らくその10は(アズマ)のスートとカブっている。俺は4種のうちどれをパスすべきか?

対して(アズマ)はカードをクルクル、2度ほど回転させた。スートには、序列がある。1番目はスペード。2番目は…ハート。


(タクミ)がわざとビールをこぼした瞬間、燈瑩(トウエイ)は様子を覗き込む動作の裏で(アズマ)へキングを流していた。1枚目ドロー。すぐさま多額のベットで注目を引き、その隙に、ライターを拾う名目でテーブル下へ(かが)んだ(タクミ)(アズマ)へ10を飛ばす。(アズマ)は背もたれに回した腕で受け取り、かわりに袖口に握り込んでいた不要な(ふだ)をフロアへ捨て、(タクミ)はそれを取って自分の手持ちに戻した。2枚目チェンジ。ショーダウンの際わざわざ場の中央に(アズマ)がトランプを出したのは、テーブル手前のボックスタバコの下に敷いた余分な1枚を燈瑩(トウエイ)に回収させたかった為。5枚に戻った手札を何食わぬ顔で最後にオープンする燈瑩(トウエイ)

至極単純なすり替え、かつ非常に豪快な動き───ゆえにディーラーは見落とした。それまでのゲームの状況や態度から、3人をごく普通のプレイヤーだと認識しており…例え、仮にイカサマを行うとしてもこれほど堂々と仕掛けてくるとは想定しなかった。


クアッズもストレートもフラッシュも、賭け金を上げる為にディーラーが意図的に配ったもの。だからショーダウンで明らかになった全員のハンドにおかしな顔をした。けれど、手役を開いてしまったらゲームは終了───その場に出ている役が全てだ。客側の不正の追及をしたら店側の不正もバレてしまう。




「つーかお前イカサマしないのかと思った」

(アズマ)ずいぶんフツウに遊んでたね」


(タクミ)の発言に燈瑩(トウエイ)も同意。(アズマ)はまたぞろ喉を鳴らした。


「だってさぁ、なんかウキウキしちゃって!俺けっこう裏カジはピンばっかだから!」


結局、みんなで遊ぶのは単純に楽しいのだ。加えてラストゲームでは、あんなに雑な無茶振りをしたのに2人とも即応してくれた。燈瑩(トウエイ)のナンバーと(タクミ)のスートはちょっぴり賭けではあったが───もとよりギャンブルなのだからご愛嬌。こういう勝負をその場のノリでいい加減に試した時は特に面白い。(アズマ)はニコニコと札束を3等分し燈瑩(トウエイ)(タクミ)に渡す。


「10倍はいかなくてごめんなさいね、1人1束どーぞ」

「充分でしょ。ていうか俺には分けなくていいから、みんなで(マオ)のとこで飲もっか」

「俺もいい。もともと種銭払ってねぇし」

「ヤダァ…イケメン…」


首を振る2人に(アズマ)一旦(いったん)紙幣を引っ込め、今度は2等分にして出した。


「余計に渡したくなっちゃう」

「なんでよ」

「嬉しいから」

「貢ぎ(グセ)かよ」


肩を竦める燈瑩(トウエイ)、新解釈を繰り出す(タクミ)


えっ貢ぎ(グセ)!?貢ぎ(グセ)なのか、これは…!?でも思い当たるフシが無くもないな…(アズマ)は今までの自分の金遣いを回想。


「てかさぁ」


ビールを啜る(タクミ)が矢庭にトーンを落とした。


「いつまで()けてくんの」

「ね。長いこと追っかけてきてるなぁ」


燈瑩(トウエイ)も白煙を吹く。


カジノからここまで───誰かに()けられている。店を出てからすぐ気配には気が付いた、とりあえず遠回りするかということで【東風(いえ)】とは反対方面へ足を向けたが…いくら歩いてもついてくる。

従業員か?勝ち金狙いの客か?はたまた界隈のジャンキーか?今のところ、襲ってきてはいないけれど。


()こうか。揉めても面倒だし」

「んじゃ、次のカド曲がったら走る?(ひだり)(みぎ)(ひだり)(みぎ)でいこーぜ」

「俺めっちゃ足遅いんデスガ」


燈瑩(トウエイ)の提案へと頷く(タクミ)(アズマ)は口を横一文字(いちもんじ)に結んだ。差し掛かった(ティー)字路で左へ曲がるやいなや、靴音を忍ばせて走り出す。次は右。次は左。そうして5、6回折れて振り返ると、もう居なかった─────(アズマ)が。


「え?(アズマ)居ねぇけど」

「あれ、ほんとだ」


立ち止まる(タクミ)燈瑩(トウエイ)も来た道を見やる。(アズマ)は来ない。(タクミ)が足首を回し、ビールを飲んだ。燈瑩(トウエイ)は燃え尽きかけた紙巻きを捨て靴底で消して、腕組みをする。(アズマ)は来ない。2人で曲がり角を覗く。ようやくひとつ向こうの路地に出てきた姿…右と左をキョロキョロ見ている。(タクミ)が‘こっち!’とブンブン手招き。


「マジかよお前、足おっそ」

「言ったじゃない!!途中で左右わかんなくなっちゃったし!!」


デカい迷子。追い付くのに必死だった模様。ピィピィ鳴く(アズマ)だが(カムラ)のような息切れは無し、体力不足ということではなく本当にただ遅いだけ。聞こえてくる複数人の足音、(アズマ)の速度のせいで全然撒けていない。じゃあどっか隠れてやり過ごすかとの(タクミ)の再提案により3人は人気(ひとけ)のない廃ビルへ。


奥まった部屋で一服(いっぷく)つけ、追手が諦めるまでコッソリ待機。壁に貼られたポスターや打ち捨てられたショーケース、元は薬局か。(アズマ)は棚をガサゴソやりだした、変わった(クスリ)でも置いていないかとほんのり期待している雰囲気。‘期限ヤバいんじゃない’とカウンターの砂埃を払う燈瑩(トウエイ)、廃墟になって以降、かなり長い期間が経過していると窺える。


部屋の隅にはボロボロに破けた逆さ福の字が貼り付いた扉がもう1枚。(タクミ)がドアノブへと手をかけると、キチンと閉まっていなかったらしく触れただけで開いた。ただの小部屋。暗い。数歩踏み込んで、つま先が何だか変な触感のモノに当たり、(タクミ)は視線を下げる。


「うわ」

「なに、ダーリンまたビールこぼしたの?」

「いや」


(からか)(アズマ)に返しつつスマホのライトを起動。照らす前から薄ぼんやりと見えてはいたが…改めて足元の物体を確認し、一言(ひとこと)




「生首ある」

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