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九龍懐古  作者: カロン
飽食終日
351/492

零食とデートプラン

飽食終日4





美味しい屋台飯の匂い、輝くネオンサイン、どこまでも続く人だかり。


普段の夜市プラス期間限定イベントが開催されている廟街(テンプルストリート)は、恐ろしいほどにごった返していた。佐敦道から南京街までズラリと立ち並ぶ、香港ローカルフードや世界各国の名物料理の出店たち。道路には端から端までカラフルなランタンや赤いランプが所狭しと飾られお祭りムード。


現地に到着するやいなやキョロキョロ周囲の露店を観察する(イツキ)。焼売や魚蛋(フィッシュボール)といったストリートスナックを始め、豪快な串焼き肉に多種多彩な海鮮グリル、香ばしいケバブ。あちらこちらへ目移りしてしまう。

悩む必要は無い。食べたい品は片っ端から全て食べてしまえばいい、先立つモノ(・・・・・)はある。キャンキャン跳ね回る(レン)の跡を、ポケットの中で身を縮めている東の財布(さきだつモノ)──持ち主は【宵城】にツケを返しに行ってます──と共にパタパタ追いかける。


「22時に集合やで!入り口ん門のとこ!」


人波に紛れていく背中へ(カムラ)が声を飛ばせば、目深に被ったバケットハットと大振りのサングラスで顔を隠している(ヨウ)(かたわ)らでクスクス笑った。


(カムラ)君、(イツキ)君にも過保護なんだ」

「え!?や、心配ないんはわかっててんけどな…いつもの(くせ)で…」


しどろもどろに答える(カムラ)をニヤリと見上げる大地(ダイチ)、目が合った(カムラ)は唇を尖らせ咳払い。


「お前は気ぃつけるんやぞ」

「大丈夫だよ!(タクミ)(スイ)と一緒に居るし、(ネイ)ともはぐれないようにするし!」


言うが早いか大地(ダイチ)(ネイ)の腕を取り、一足(ひとあし)先にフードを吟味していた(スイ)のもとへ。手を繋がれた(ネイ)は茹で八爪魚(ダコ)さながら赤くなった。




(ネイ)を夜市に誘った(レン)は、依頼通り(・・・・)大地(ダイチ)もご招待。加えて食べ物の祭りであれば大食漢(グルメ)は外せないということで(イツキ)を召集したところ、城外(とかい)に出るなら一緒に行くと(スイ)が騒ぎ立て、たまたま画伯(イツキ)へ次回のクラブイベントのフライヤー作りを依頼しに来た(タクミ)が巻き込まれ、ナイトマーケット、すなわち‘夜の繁華街’に繰り出すと聞きつけた心配性の(カムラ)もついてきた。


(ヨウ)に参加を打診するつもりはなかったけれど───先刻、偶然この近辺の油麻地(ヤウマーテイ)で撮影をしている(むね)微信(チャット)が届き、どうしようかとウンウン(うな)っていた(カムラ)(タクミ)が‘彼女サン呼べばいいじゃん’と言ったのだ。忙しい(ヨウ)の時間を取るのは気が引けて、こういった誘いは尻込みしてしまう…そんなことをモゴモゴ口籠(くちごも)(カムラ)に‘乗るか決めんのは向こうだろ’と(タクミ)はあっけらかん。

そうなんやけど。そうなんやけど…まぁ、そうか。近くに来とって何も言わんのも変か。夜市()るよってことだけ、それだけ伝えるか。邪魔やないやろそれなら。うん。


ということで、連絡したのだが。






「早目に終わって良かったぁ!リテイク全然無かったんだよ、凄いでしょう」


(カムラ)の鼻先をつつき、(ヨウ)はフフンと得意気な表情。(ネイ)に負けず劣らず茹で八爪魚(ダコ)さながら赤くなった(カムラ)は肩を竦める。


「そっ…そりゃ(ヨウ)なら当然やろ、デキる女やねんから」

「ふふ!ありがと!でもちょっと違うかな」


鼻をつついた指を口元に立てて悪戯な仕草をする(ヨウ)に、(カムラ)は疑問符。ちゃうんか?仕事がデキるからはよ終わったんやんな?不思議がる(カムラ)の頬をプニッとつまんで(ヨウ)は囁く。


「頑張ったのよ、早く会いたかったから♡」


八爪魚(タコ)が爆発する音がした。






「えぇ…(カムラ)の彼女、マジで(ヨウ)さんじゃん。信じらんない…」


煎釀三寶(ジンヤンサンボ)大地(ダイチ)(ネイ)に取り分けていた(スイ)は爆発を眺めてボヤいた。テレビで見掛ける顔が野暮(・・)な饅頭の隣に並んでいる、どうなってんの一体(いったい)蔥油餅(チャンヤウベン)を囓る(タクミ)が相槌。


「俺もビックリしたけど、(アイツ)いい奴だしアリよりのアリじゃね。いつも仲良さそうだし」

「へー…やるわねあの饅頭…ん?いつも?(アンタ)、前にも(ヨウ)さんと会ったことあんの」

「会ったっつーかみんなで遊園地行った」

「はぁ!?遊園地ぃ!?なにそれ聞いてない!!(スイ)も行きたい!!」


だって(おまえ)が九龍に来る前だもんと言いながら(タクミ)はスマホを開きアプリをタップ。画面に飛び出す城と老鼠(ネズミ)、テーマパークのチケット検索。営業カレンダーを表示し‘()いてる日に行こーぜ’と(スイ)に渡す。すぐさま液晶と睨めっこを始める(スイ)






えぇ…なんやねん、誘いかたスマートか(アイツ)?それデートって呼ばん…?(ヨウ)のリクエストで士多啤梨(イチゴ)糖葫蘆(タンフール)を注文していた(カムラ)は様子を眺めて胸中でボヤいた。

せやけど2人で行くわけちゃうんか。大地(ダイチ)も横から予定表ガン見しとるわ、ガン見し過ぎで指に力入ってもうて(ネイ)がドンドン赤なっとるわ。ちゅうか俺まだ香水買っとらんな、買お思てからだいぶ経っとんのに。どれがええんかサッパリわからへんねんな。いっそ、(アイツ)と同じのんにしたろかな。似合う似合わんあるやろか───。


「どうしたの(カムラ)君」


(ヨウ)の声でハッと意識を引き戻した(カムラ)は‘すまん’と謝り再度肩を竦める。糖葫蘆(タンフール)を手渡せば(ヨウ)は早速口に運んで1粒パクリ、なんとも可愛らしい。(カムラ)も串に刺さった葡萄をパクつくも、サマ(・・)になる度合いは天地の差。饅頭と女神。果実を覆う水飴をパリパリ噛み砕き呟く(カムラ)


「えと…今日…ホンマは迷っててん、(ヨウ)微信(チャット)送るの。鬱陶しいかな、て。やけど近く()って送らんのも変やし」


ほんなら(タクミ)が‘送れ’()うてくれてん、なんやあいつスマートやな(おも)て今も見とった。(カムラ)が頬を掻いて気恥ずかしそうに告げると、(ヨウ)はプッと吹き出した。


(カムラ)君って本当に正直!飾らないよね!」


飾りたい気持ちは山々やけど…香水とか…ま、そういう話ちゃうか。大輪の華が咲く、という表現がまさにピッタリな(ヨウ)の明るい笑顔に(カムラ)もクスリとし、再びポツポツ言葉を紡いだ。


「俺らもまたどっか行こか。(ヨウ)が暇ん時に…いや、暇ないんはわかっとるんやけど。休みん時に…いや、休みは休みたいんはわかっとるんやけど。のんびり出来そうなとことか、連れてけたらなって、思う」


あまり上手い具合には言えなかった。が、(ヨウ)飾らない(・・・・)姿に満足したらしく、ならば郊外のショッピングモールへ行こうと提案。


「ご飯食べて、お買い物して。(カムラ)君に似合いそうな香水も選んであげる」

「ん!?なんで香水探しとるん知ってん」

「さっきブツブツ言ってたじゃない」

(うせ)やん!?」


固まる(カムラ)にお構い無しで、(ヨウ)は楽しそうに目尻を下げる。


「ゆっくりドライブしようよ、どう?私あの桑塔納(サンタナ)けっこう好きなんだぁ」

「え?おん、桑塔納(サンタナ)な…せやな…」


ダダ漏れした心の声はどうにか忘れて返事をする(カムラ)、しかし今度は‘桑塔納(サンタナ)’に中途半端な反応。


桑塔納(サンタナ)は先日、不可抗力とはいえ霊柩車(・・・)にしてしまった…神宝の事件の時に…。その()香港(そと)での足に利用することはあれど(ヨウ)を乗せてはいなかった。なんとなくこう、デートに使うのはどうなんだろう。


考え込む(カムラ)(ヨウ)はまばたき。


「ナンバーでも引っ掛かっちゃった?」

「あ、ナンバーは新宝()んとき偽装してんから多分引っ掛からん」


(ヨウ)の疑問は‘誰の所有車かわからない’に関してだったけれど、慌てた(カムラ)は余計な情報を口走った。新宝()んとき偽装したってなぁに?と小悪魔の笑みで小首を(かたむ)けられ、瞼を閉じ天を仰ぐ饅頭。なぜ俺はすぐ()らんことを───。平安饅頭(ラッキーバンズ)は黙っとれ───。






「アワアワしてるわね(アイツ)


(カムラ)を見やり煎釀三寶(ジンヤンサンボ)を頬張る(スイ)。その手からスマホを借りて、大地(ダイチ)はアプリの混雑予想チェックに(いそ)しむ。


(カムラ)は毎回ああだから…てか、遊園地行くなら全員で行こうよ!前みたいにさぁ!」

「アンタたち、前は何人で行ったのよ」

「9人?かな?」

「ヤバ、多っ」

(レン)だけ居なかった」

「ハブじゃん」


(スイ)大地(ダイチ)のラリーの最中、折りよく戻ってきた(レン)が‘何の話でしゅか?’と尻尾を振った。後ろには頬袋をパンパンに膨らませた(イツキ)、もちろん両手にも大量のストリートフード。


(アンタ)がハブだって話」

「えぇえんっ!?」

「今度は一緒に行こ!ね!」

「どこへ!?」


内容を掴めていない吉娃娃(チワワ)は、(タクミ)の‘遊園地だよ’との返答にポンと手を叩く。(イツキ)は肉増しケバブをズモズモ吸い込みながら、テーマパークへ行くなら前回買った猫耳をまた(マオ)に付けてもらおう、と思った。











───‘猫耳(それ)はどこかへ仕舞い込んでしまった’と言い張って手ブラで待ち合わせに来た(マオ)が、酷く落胆したオーラの(イツキ)を見兼ねて一段(いちだん)と派手な猫耳を追加購入する羽目になるのは、もう少し先の出来事だ。

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