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九龍懐古  作者: カロン
青松落色
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闇夜と燒鵝

青松落色10






すっかり夜になり、昼間ですら怪しげな街は闇の中ではますます怪しく、いよいよ魔窟の本領を発揮しはじめる九龍城砦───その灯りの少ない道を(カムラ)燈瑩(トウエイ)は歩く。


花街はネオンや看板がひしめきあい一日中明るく、人の往来が絶えない。けれど貧困街やスラムはどの道も薄暗く人影も(まば)ら、すれ違うのは麻薬の密売人ばかりだ。


暗がりを進み九龍灣を目指していると、ふと2人の向かいから1匹の犬が姿をあらわした。

口に何かくわえている。よく見るとどうやら肉の塊のようだった。

どこかの肉屋からくすねてきたのだろうか?やけに新しそうなその肉からは血がしたたっており、犬の口周りも真っ赤に染まっていた。

犬が歩いてきた方角には点々と血痕の道筋ができ、その先は暗い路地へと消えている。


…肉屋がありそうには見えない路地だ。


(カムラ)は嫌な予感がしたが、燈瑩(トウエイ)が血の道筋を辿り始めたので慌ててついていく。


ひとつ角を曲がり、ふたつめを曲がってすぐ。


「うわっ…」


現れた光景に(カムラ)が思わず口元をふさぐ。




街なかで売られている燒鵝(ローストグース)さながら、肉の塊と化した男が通路の上からぶら下げられていた。




服はズタズタに破れ、元の色がわからないほど深紅に染まっている。ピンク色の肉が裂けダランと垂れ下がり、下から骨がのぞいている部分もあった。

腹からは色々なものがハミ出している。血液と粘液にまみれたそれは、微かな灯りを受けて闇夜にテラテラと赤黒く光っていた。


どうみても既に事切れている。殺された後でここに吊られたのか、吊られてから殺されたのか。

どちらにせよ先ほどの犬がくわえていたのはこの男の内蔵らしい。


(わず)かの動揺も見せず近付いた燈瑩(トウエイ)が、男の顔を確認する。


(マオ)にサングラス斬られた奴だね、こいつ」

「え?あっ…ほんまや…」


もはや馴染みのある顔と鼻背(びはい)の傷。こんなに凄惨な最期を迎えるなんて…いくらか見知った人間である為になんとも言えない胸中になる(カムラ)

いや、こいつの自業自得ではあるのだが──それにしてもどうしてこうなったというんだ。


「……【天狼】かな」


少し考えて燈瑩(トウエイ)が口にした名前は、スラムを中心に活動している、九龍でも過激なマフィアグループ。


【天狼】の過激さは犯罪内容というより報復の仕方にある。自分たちのシマを荒らす他所者に対しての罰し方に、一切の慈悲が無いのだ。

この死体もただ殺すだけでなく吊るし上げたあげく犬の餌にしているあたり、【天狼】の仕業だと見てほぼ間違いない。見せしめといった意味合いもあるのだろう。


富裕層地域での話といい昼間の誘拐未遂といいこのサングラスの男、どうも行動が軽率だ。今回も無駄に目立つような事をしていたら【天狼】のメンバーと鉢合わせ、消されてしまったということか。


「ちょっともう…手遅れかもね」


死体の指を見た燈瑩(トウエイ)が小さくこぼした。


ほとんど全部の爪が剥がされている。拷問を受けて情報を聞き出されたのだろう。

どこまで話してしまったのかはわからないが、この男のグループが一連の失踪事件の犯人であり、かつそれが露呈(ろてい)してしまっていた場合…事態は最悪だ。

被害者の多くはスラムの住人なので、縄張りを引っ掻き回された【天狼】の胸中が穏やかであるはずは絶対にない。


必ず報復に出る。それも、迅速に。



おもったより事態は急速に動いていたようだった。2人は口数少なく港へ足早に向かう。

(カムラ)は、(はや)る気持ちを必死に落ち着かせていた。息が上がり足が(もつ)れる。普段の運動不足を呪った。


路地を急ぎ街を抜け、九龍灣まではあと少し。そのあと少しが果てしなく長く感じられ、永遠にたどりつかないような気さえする。


そんな(カムラ)の思考を、闇夜に響き渡る何発もの銃声が唐突に遮った。




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