ホールオブフェイムとマスターピース
神韻縹渺14
「どう?」
「好!とっても好ね!明るいわね、すごく!すごく好!」
壁に新しく飾った絵画を眺めて腕組みする樹へ、大袈裟に相槌を打つ東。スペースをあけるために降ろされた足元のバスキアへチロリと視線を這わせた巨匠を見て、‘その絵が暗かったという意味ではない’、と即刻弁解。
尾を引き連れ十を迎えに行った【東風】戦隊は、その後、マオマンの計らいにより2人を香港の保護施設──元【酔蝶】オーナーの所──へ送り届けた。九龍は言うまでもない治安の悪さだ、それだけでなく十が関わっていたチンピラ連中とのいざこざもある…1度城砦からは出て、安全な場所で生活したらどうかとの提案。間を取り持った猫へ2人がペコペコお辞儀をすると、城主は‘絵の礼だ’とぶっきらぼうな返事。
「でも、もう絵のお礼はしてもらったのです。一緒に十を助けてもらったのです」
「ありゃ尾への礼。十にはまだしてねーよ」
言い得て妙。なるほどと納得した尾の横で申し訳無さげに眉を下げる十だったが、尾の良かったですね!十!との笑顔にニパッと笑った。小さく‘ありがとう猫’と口にする。
「ジジィんとこなら問題ねーだろ。ちっと暑苦しいけどな」
「香港がなのですか?」
「ジジィがだよ。泣き虫なんだわ」
口調を戻した十の問いへ煙──水蒸気です、無害無害──を真ん丸く吐き出す猫。昔から涙脆いジジィ…預けるにあたり十と尾のバックグラウンドをいくらか説明した時点で早速ビィビィ泣いていた…まぁ、その人柄の良さを知っているからこそ安心して子供達を任せられるのだが。猫の批評に十は破顔、尾はポコポコ産まれるバニラフレーバーのケムリ玉を捕えようと両手をパタつかせた。
そうして2人が九龍を離れてからいくらかが経ち。本日、手紙と1枚の絵が【東風】へと届けられた。
手紙には最新ネット記事のプリントアウトが挟まっている。見出しは‘新星グラフィティアーティスト!’。名前の記載は無いものの、そこに写っている作品は紛れもなく十と尾の物だった。
以前、遠方から入った割の良い商談。あの時に絵を買った人物は界隈で名のあるコレクターだったらしい。香港に渡った後も意欲的に製作を続ける十と尾のデザインを目に留め特集を組んで紹介してくれたそうだ。2人の描くイラストは巷で段々人気を獲得しはじめているとのこと。尾の丸っこい文字と十の少し大人びた文字で、そんなような近況が綴られていた。
「この絵もそのうちメチャクチャ価値が出るかもね」
東の言葉に樹も同意。送られてきたキャンバスには、大きく描かれた狐の窓、その向こうで和気あいあいと過ごしている【東風】の面々。カラフルな筆致でちょっと戦隊ヒーロー風にも見える…蓮は犬にデフォルメされていたが。
手紙の最後には‘また皆で遊びたい’旨。
「望遠鏡買わなきゃだ。香港にお出掛けして星座鑑賞といきますか」
「じゃあその時に俺の絵も持ってく?」
「お…ん…置くとこあるか聞いたほうがいいわね、先に」
約束通り望遠鏡を買いに行こうと腰を上げた東へ、名案!とばかりに投げ掛ける樹。東はアバンギャルドな巨匠の絵画へ目線を落とし歯切れの悪い回答。十と尾の絵を飾る為に壁から外したはいいが、今度はこいつの行き場に困ってしまっていた。果たして児童施設にマッチするのだろうか、この恐ろしげな大作は?やたらと青いが?
「おはよみんな…わっビックリした怖っ!!これ飾るのやめたの?下に置いてあるともっと怖いね」
ガチャリと扉を開けて入ってきた大地が床に転がる傑作を見て軽く慄いた。後ろから顔を出した寧の喉がヒョッと鳴る。
怖い、否、もっと怖い発言に面食らった画伯だが…寧の反応も加わり、どうやら子供向きではなかったのかも知れないとようやくうっすら勘づいた。そういえば蓮もギャウンと鳴いていた気がする。壁に目を向けた大地は‘あ、絵ぇ替えたからかぁ!こっちはめっちゃ綺麗!’と素直な感想。悪意のなさが余計に刺さってちょっぴりショモショモする樹、話題を変えようと東が手を叩いた。
「いいところに来たじゃない、大地に寧!望遠鏡買いにオモチャ屋さん…」
「うわビビった!!何で下に置いてんの」
続けてドアを潜ってきた匠が床に転がる傑作を見て軽く慄いた。やめてぇ匠ちゃん!?話を引き戻すのは!?慌てる東の耳に、しかし飛び込んだのは意外な言葉。
「降ろしちゃったんだ?もったいねーな、俺これ超好きなんだけど」
大作の横にしゃがみ込む匠。隣へ、賛辞を賜りホクホクした様子の樹が屈む。
そっか匠、DJだもんな…バスキアとかそういうグラフィティが好きなのか、ストリート系の…服装もしかり…いやDJが関係あるかは不明だが。イメージだけかも知れないが。とにかくセーフ───東は胸を撫で下ろす。
置き場が無いのかとの匠の疑問へ【東風】にはもう寝室くらいしか空きが無いと悩む樹。匠はふぅんと下顎に親指を当て、打診。
「したら俺がどっかのクラブに飾ろっか」
「え、どうしよう東」
「匠…お前が神か…」
「なんで?」
振り返った樹に頷き、おもむろに拍手を送る東へ匠はクエスチョンマーク。
どうしたら画伯をショゲさせずに事を運べるか窮していたのだ、まさに渡りに船。素晴らしい引き取り先が決まって本当に良かった…寝室がお化け屋敷にならなくて本当に良かった…心底ホッとした東は拍手のみならず未開封の煙草のカートンも匠へと送る。受け取った匠は‘多謝’と言いつつも、頭上のクエスチョンマークを更に増やした。
楽しそうなお出掛けの計画にハシャぐ大地。
「香港行くなら彗とか蓮も誘おうよ!蓮は食肆忙しいかなぁ?」
「食肆は東に任せたらいいじゃん。俺、猫と燈瑩に声掛けとく」
「待って樹、それだと俺が1人ぼっちで食肆で留守番になっちゃう」
「なら上呼べば?」
「そういうことじゃ無いのよ」
東の嘆きに首を傾げ、樹はまた匠との会話に意識を戻した。どのハコに飾ろっか?美學大楼辺りだとよくサブカル好きが集まるからいいんじゃね。今度イベント組むからフライヤーにも使おっかな!絵の題名何?ウェイシイマンと仲間達。などなど盛り上がりを見せる両者の眼中には既に東は入っていない。乾いた笑みをたたえる天壇大仏。寧が大仏へソロソロ近寄り、‘食肆の休業日に全員で行きましょう’と気を遣った。
いつも通りに騒がしい【東風】店内。その壁1面に新しくかけられたキャンバス。小さなアーティスト達の偉大なる作品は、カラフルで豊かな光を放ち、何気ない日常をキラキラと華やかに彩っていた。




