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九龍懐古  作者: カロン
神韻縹渺
344/492

ホールオブフェイムとマスターピース

神韻縹渺14






「どう?」

(いい)!とっても(いい)ね!明るいわね、すごく!すごく(いい)!」


壁に新しく飾った絵画を眺めて腕組みする(イツキ)へ、大袈裟に相槌を打つ(アズマ)。スペースをあけるために降ろされた足元のバスキア(・・・・)へチロリと視線を這わせた巨匠(イツキ)を見て、‘その絵が暗かったという意味ではない’、と即刻弁解。




(ウェイ)を引き連れ(シイ)を迎えに行った【東風】戦隊(レンジャー)は、その(のち)、マオマンの計らいにより2人を香港の保護施設──元【酔蝶】オーナーの所──へ送り届けた。九龍は言うまでもない治安の悪さだ、それだけでなく(シイ)が関わっていたチンピラ連中とのいざこざもある…1度城砦からは出て、安全な場所で生活したらどうかとの提案。(あいだ)を取り持った(マオ)へ2人がペコペコお辞儀をすると、城主は‘絵の礼だ’とぶっきらぼうな返事。


「でも、もう絵のお礼はしてもらったのです。一緒に(シイ)を助けてもらったのです」

「ありゃ(おまえ)への礼。(シイ)にはまだしてねーよ」


言い得て妙。なるほどと納得した(ウェイ)の横で申し訳無さげに眉を下げる(シイ)だったが、(ウェイ)の良かったですね!(シイ)!との笑顔にニパッと笑った。小さく‘ありがとう(マオ)’と口にする。


「ジジィんとこなら問題ねーだろ。ちっと暑苦しいけどな」

「香港がなのですか?」

「ジジィがだよ。泣き虫なんだわ」


口調を戻した(シイ)の問いへ煙──水蒸気です、無害無害──を真ん丸く吐き出す(マオ)。昔から涙脆いジジィ…預けるにあたり(シイ)(ウェイ)のバックグラウンドをいくらか説明した時点で早速ビィビィ泣いていた…まぁ、その人柄の良さを知っているからこそ安心して子供達を任せられるのだが。(マオ)の批評に(シイ)は破顔、(ウェイ)はポコポコ産まれるバニラフレーバーのケムリ玉(・・・・)を捕えようと両手をパタつかせた。




そうして2人が九龍(まち)を離れてからいくらかが経ち。本日、手紙と1枚の絵が【東風】へと届けられた。


手紙には最新ネット記事のプリントアウトが挟まっている。見出しは‘新星グラフィティアーティスト!’。名前の記載は無いものの、そこに写っている作品は紛れもなく(シイ)(ウェイ)の物だった。

以前、遠方から入った割の良い商談。あの時に絵を買った人物は界隈で名のあるコレクターだったらしい。香港に渡った後も意欲的に製作を続ける(シイ)(ウェイ)のデザインを目に留め特集を組んで紹介してくれたそうだ。2人の描くイラストは(ちまた)で段々人気を獲得しはじめているとのこと。(ウェイ)の丸っこい文字と(シイ)の少し大人びた文字で、そんなような近況が綴られていた。


「この絵もそのうちメチャクチャ価値が出るかもね」


(アズマ)の言葉に(イツキ)も同意。送られてきたキャンバスには、大きく(えが)かれた狐の窓、その向こうで和気あいあいと過ごしている【東風】の面々。カラフルな筆致でちょっと戦隊ヒーロー風にも見える…(レン)は犬にデフォルメされていたが。


手紙の最後には‘また皆で遊びたい’(むね)


「望遠鏡買わなきゃだ。香港にお出掛けして星座鑑賞といきますか」

「じゃあその時に俺の絵も持ってく?」

「お…ん…置くとこあるか聞いたほうがいいわね、先に」


約束通り望遠鏡を買いに行こうと腰を上げた(アズマ)へ、名案!とばかりに投げ掛ける(イツキ)(アズマ)はアバンギャルドな巨匠の絵画へ目線を落とし歯切れの悪い回答。(シイ)(ウェイ)の絵を飾る為に壁から外したはいいが、今度はこいつの行き場に困ってしまっていた。果たして児童施設にマッチするのだろうか、この恐ろしげな大作は?やたらと青いが?


「おはよみんな…わっビックリした怖っ!!これ飾るのやめたの?下に置いてあるともっと怖いね」


ガチャリと扉を開けて入ってきた大地(ダイチ)が床に転がる傑作を見て軽く(おのの)いた。後ろから顔を出した(ネイ)の喉がヒョッと鳴る。

怖い、否、もっと怖い(・・・・・)発言に面食らった画伯(イツキ)だが…(ネイ)の反応も加わり、どうやら子供向きではなかったのかも知れないとようやくうっすら勘づいた。そういえば(レン)もギャウンと鳴いていた気がする。壁に目を向けた大地(ダイチ)は‘あ、絵ぇ替えたからかぁ!こっちはめっちゃ綺麗!’と素直な感想。悪意のなさが余計に刺さってちょっぴりショモショモする(イツキ)、話題を変えようと(アズマ)が手を叩いた。


「いいところに来たじゃない、大地(ダイチ)(ネイ)!望遠鏡買いにオモチャ屋さん…」

「うわビビった!!何で下に置いてんの」


続けてドアを(くぐ)ってきた(タクミ)が床に転がる傑作を見て軽く(おのの)いた。やめてぇ(タク)ちゃん!?話を引き戻すのは!?慌てる(アズマ)の耳に、しかし飛び込んだのは意外な言葉。


「降ろしちゃったんだ?もったいねーな、俺これ超好きなんだけど」


大作の横にしゃがみ込む(タクミ)。隣へ、賛辞を(たまわ)りホクホクした様子の(イツキ)が屈む。

そっか(こいつ)、DJだもんな…バスキアとかそういうグラフィティが好きなのか、ストリート系の…服装もしかり…いやDJが関係あるかは不明だが。イメージだけかも知れないが。とにかくセーフ───(アズマ)は胸を撫で下ろす。

置き場が無いのかとの(タクミ)の疑問へ【東風(ここ)】にはもう寝室くらいしか空きが無いと悩む(イツキ)(タクミ)はふぅんと下顎に親指を当て、打診。


「したら俺がどっかのクラブ(ハコ)に飾ろっか」

「え、どうしよう(アズマ)

(タクミ)…お前が神か…」

「なんで?」


振り返った(イツキ)に頷き、おもむろに拍手を送る(アズマ)(タクミ)はクエスチョンマーク。

どうしたら画伯(イツキ)をショゲさせずに事を運べるか窮していたのだ、まさに渡りに船。素晴らしい引き取り先が決まって本当に良かった…寝室がお化け屋敷にならなくて本当に良かった…心底ホッとした(アズマ)は拍手のみならず未開封の煙草のカートンも(タクミ)へと送る。受け取った(タクミ)は‘多謝(ありがとう)’と言いつつも、頭上のクエスチョンマークを更に増やした。


楽しそうなお出掛けの計画にハシャぐ大地(ダイチ)


「香港行くなら(スイ)とか(レン)も誘おうよ!(レン)食肆(おみせ)忙しいかなぁ?」

食肆(レストラン)(アズマ)に任せたらいいじゃん。俺、(マオ)燈瑩(トウエイ)に声掛けとく」

「待って(イツキ)、それだと俺が1人ぼっちで食肆(レストラン)で留守番になっちゃう」

「なら(カムラ)呼べば?」

「そういうことじゃ無いのよ」


(アズマ)の嘆きに首を傾げ、(イツキ)はまた(タクミ)との会話に意識を戻した。どのハコに飾ろっか?美學大楼辺りだとよくサブカル好きが集まるからいいんじゃね。今度イベント組むからフライヤーにも使おっかな!絵の題名(タイトル)何?ウェイシイマンと仲間達。などなど盛り上がりを見せる両者の眼中には既に(アズマ)は入っていない。乾いた()みをたたえる天壇大仏(アズマ)(ネイ)大仏(アズマ)へソロソロ近寄り、‘食肆(おみせ)の休業日に全員で行きましょう’と気を遣った。




いつも通りに騒がしい【東風】店内。その壁1面に新しくかけられたキャンバス。小さなアーティスト達の偉大なる作品は、カラフルで豊かな光を放ち、何気ない日常をキラキラと華やかに彩っていた。

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