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九龍懐古  作者: カロン
神韻縹渺
342/492

スニッチとトレモロ・中

神韻縹渺12






チンピラ連中が一斉(いっせい)に首を向ける。入り口に立っている眼鏡はキョトンとし、‘予想外に居るわね’と、これまた緊張感の無い所懐を述べた。


「アズ…」


マ、と言いかけて途中で飲み込んだ(シイ)に気付き(アズマ)はニヤリとすると、ポケットから出した偽札をパサパサ振った。


「これ換金所ココで合ってますぅ?闇カジに持ってってもいいんだけど、あんまりやると怒られちゃうからさぁ」

「ぁんだお前?どこの人間(やつ)だよ」


ヘラヘラした態度の(アズマ)へ男が1人がなった。冷え込む空気。意に介さず、(アズマ)は相変わらず飄々とした構えで口元に札束をあてる。


「どこだっていいじゃない。てかぁ、本物と換えてくれなくてもいーよ?絵画(・・)とか譲ってくれても」


ピクッと(シイ)の肩が動き、場は静まり返った。(アズマ)(シイ)を見やる。


「随分可愛いアーティストさんだね。そんな子供を無理矢理働かせちゃって、労基違反でしょ。当局のガサ入りますよ」


入るわけない、ここは悪名高い九龍なのだから。とはいえ問題はそこではないし、これは只の煽りの無駄話。愉快そうな(アズマ)の声音に半グレ共は苛立ち警戒を強める。


「テメェ、失せるか死ぬか選べよ」

「気が短いねぇお兄さん!2択?3択目無いの?お絵描き(・・・・)の商談しにきたのかもしれないじゃん」


お絵描き(・・・・)…要は贋作。どこから嗅ぎつけたんだとチンピラはボヤくも、偽札相手じゃ売れねぇと返答。(アズマ)自体はこの上なく胡散臭くはあるが、男は‘商談’の単語に若干の興味を持った様子。(アズマ)が笑顔で首を傾ける。


「フツーのお金もありますよん。こう見えてワタクシ結構稼ぐんで」

「何が買いてぇんだよ」

「絵だってば」

「だから、どの?」

「全部」


(アズマ)の要望に眉を(ひそ)める男。男の肩越し、奥でキャンバスに向かう(シイ)を顎で示す(アズマ)


「あの子ごとちょーだい」


その台詞に男は人身売買(トバシ)の相談かと溜め息、(アズマ)は唇を尖らせた。


「違いますぅ!ブラック企業からいたいけな幼子(おさなご)を助けるだけですぅ!」

「は?このガキは居たくてここに居んだよ」

「居たくてぇ?アンタらの都合でしょーが。(シイ)が居たいって言ったことあんの?」


名前を口にした為に、輪をかけて妙な雰囲気になった。何で知り合いだってバレるようなこと言うんだ(アイツ)…焦る(シイ)。けれど当の(アズマ)は穏やかに()んで、ことさら、優しく尋ねた。


(シイ)。もし来たいんなら、こっちにおいで。俺らは迷惑じゃないから。(ウェイ)も待ってるよ、ちゃんと好きな方選びな?」



───(シイ)(ウェイ)を、わざと突き放したんじゃないのかな。



(イツキ)が口にしていた疑問。(シイ)の返答を、(アズマ)は待った。


そんなことを言われても…困る。(シイ)は眉間にシワを寄せた。今更そっち側に行けやしないだろう、虫がよすぎる。こいつらが‘はいそうですか’と私を手放すか?私が本当は誰を嫌いで、誰を好きでも、仕方が無いんだ。力も無いし守れやしない。上手いやり方だって出来やしない。全部、全部しょうがないんだ────その時。ドアから頭を出した小さな人影が、(シイ)の意識を(さら)った。


(ウェイ)!!」


今度は途中で飲み込めず、呼んでしまった。目を見開く(シイ)(ウェイ)はオズオズと見詰める。


「何してんだよ!?つきまとうなって…嫌いだって言っただろ!?」


慌てて声が上擦った。どうして来たんだ!?逃がした意味が無いじゃないか。怒鳴る(シイ)(ウェイ)はかすかに臆したものの、1度グッと唇を引き結び、決意を込めて叫んだ。


「嫌いでも!!」



無力で。何の力も無くて。上手いやりかたもわからなくて。



─────それでも。




(シイ)が、(ウェイ)を大嫌いでも!!(ウェイ)はっ…(シイ)が、大好きなのです!!」




同時に、(アズマ)は手に持っていた札束を全て空中高くへと撒いた。全員がそれに気を取られる中、反して地を這い滑り込んだ(イツキ)(シイ)の傍まで瞬時に移動し周りの輩を素早くなぎ倒す。


(シイ)


名前を呼んで、視線で訊いた。誰と一緒に居たいのか。(シイ)はわずかに逡巡すると、立ち上がり、(ウェイ)のもとへと真っ直ぐ駆け出す。走り寄る(シイ)を受けとめる(ウェイ)(シイ)はその肩口へ顔を埋めた。


「嫌いだって…言ったのに…」

(ウェイ)は、大好きなのですよ」

「私が嫌いでも?」


(シイ)の質問に(ウェイ)はまごつき、しかしハッキリと、‘嫌いでもなのです’と答えた。(シイ)はキュッと(ウェイ)を抱き締める。


「嘘だよ。嫌いなんて嘘。ごめんね…私も、大好き…」


言葉じりが震えた。泣いてしまっていた。(ウェイ)の服が自分の涙で濡れるのをバツが悪く思っていたら、(ウェイ)もすっかりベソベソ泣いていて、(シイ)のシャツの方が先に派手に湿った。


(シイ)には…(ウェイ)が、いるのですよ…」


ベソベソやりつつ(ウェイ)が呟く。お揃いの服。同じ色の髪。(シイ)は泣きながら少し笑って、(ウェイ)の頬と自分の頬をくっつけた。


───あの時。必死に作った狐の窓は、(ウェイ)のことを見てみたかったからだ。人ならざるものが視えるとすれば、もしかしたら…()でも映るのではないかと思ったから。何もかもつまらなくてくだらないと、不貞腐れて無為に過ごしていた私の為に現れてくれた、天使だったりするのかも知れないなんて…そんな馬鹿げた事を。

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