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九龍懐古  作者: カロン
神韻縹渺
334/492

拝謝と胸懐

神韻縹渺6






「けっこう勝ったね」


【東風】店内、カジノで勝ち逃げし入手した香港ドルを計数機さながらのスピードで弾く(アズマ)を見やり(イツキ)が呟く。眼鏡は口角を上げてあくどい表情。


「当然、当然。ワタクシに啤牌(トランプ)での負けはあり得ませんよ」

イカサマ(・・・・)啤牌(トランプ)な」

「それも含めて技術ですから!闇カジ(むこう)だって違法でしょ!」


(マオ)のツッコミへ即座に反論する詐欺師。ついでにいえば種銭は(レン)から流れてきた偽札である、グルグル回る裏社会の洗濯機(・・・)


それにしてもこの男、紙幣を数えるのがまぁデタラメに速い。もはや一種(いっしゅ)の手品のようなパフォーマンスに(シイ)(ウェイ)も釘付け。何百枚もあった紙をものの数分で全て確認して束にし終えると、ピッと(マオ)に渡した。


「釣りはいらないぜ?」

「ツケじゃねぇか、そもそも。利子とったら足出んぞ」

「ゴメンナサイチョウシニノリマシタ」


即座に利息計算を始める閻魔へ詐欺師はすぐさま平謝り。(シイ)(ウェイ)が‘ノリマシタ!’と真似して口を揃える。


「ところでよ。お前らがくれた絵の礼はどーしたらいいんだ?」


札束を(ふところ)に仕舞いかけた(マオ)が、ふと手を止めてオチビちゃん達に問う。回収したばかりの金を(いく)らかお代(・・)として分け与えようとし…迷っている様子。何となく現金を──しかも生身で──握らせるのは躊躇われるようだ。

確かに絵面が何とも言えないな…考えつつ頬杖をつく(イツキ)は、お菓子とか買ってあげればと提案。


「菓子は(おめー)がいつも買ってるだろ」

「じゃあ食材」

「料理すんのかこいつら?」

「家に簡易コンロはある」

「あそぉ、じゃ街市(いちば)行く?(レン)のとこで飯頼んだほうが(はえ)ぇか」

「いいのです!なにもいらないのです!」

「そうなのです!(シイ)(ウェイ)が描きたくて描いたのです!」


会話へ慌てて割り込むアーティスト達。(マオ)に近寄り両手と頭をフルフルさせ、いらない!いらない!と繰り返す。(マオ)一旦(いったん)金を着物の胸元に入れ、騒ぐ2人の髪をワシャワシャ撫でた。


「駄目だ。なんかしら礼はする」

「でも…申し訳ないのです…」

「お礼が欲しかったのではないのです…」


モニュモニュと口籠る(シイ)(ウェイ)を見て、フッと表情を崩す(マオ)


「そりゃわかってるって。やりたくてやってくれたんだろ」


やおらに()んで、2人の頭をもう1度優しく撫でる。(アズマ)が小さく‘えっそんな顔することあるの’と言った。


「俺も、してぇからやるんだよ。おめーらと同じっつうこと。だから受け取れ、な?」


何がいいか考えとくとの(マオ)(げん)に、わかったと了承する2人。だが、次いだ‘欲しいもんあったら教えろ’の台詞にまた悩みだす。


「欲しいもの…うーん、欲しいもの…(シイ)は無いのです…」

(ウェイ)も無いのです…(シイ)が居てくれたらいいのです…」


ブツブツ悩みながら手を握り合う可愛らしい芸術家。再び表情を崩す(マオ)を見て、(アズマ)は‘ずっとあのカオしててくれたら(マオ)にゃんも可愛くていいのにねぇ’と(イツキ)へ耳打ちし、それが絶対本人に聞こえているとわかっていた(イツキ)は、(アズマ)が後で可愛い(・・・)閻魔にボコボコにされないことをうっすら祈った。






夕方近く。土産の木彫り人形──本日のラインナップは宇宙人に河童そしてミミック──も出来上がり食肆(レストラン)からのテイクアウェイも届いた頃、(シイ)(ウェイ)は帰り支度を整える。夜になる前に棲家へと戻り、他の仲間へオヤツを分けるのだと上機嫌。スイーツを渡しながら、年長の2人が居ない(あいだ)の子供達を心配する素振りの(レン)(シイ)(ウェイ)はニコニコ笑う。


「大丈夫です、みんなしっかり者なのです」

「お家には悪い人も来ないのですよ、心配ご無用なのです」


えっへんと腰に手を当てる2人を見やり(イツキ)は思案。どうしてか、あの辺り───スラムにしては治安が良い。そこかしこで抗争が頻繁し死体が転がる街区であるのに、(シイ)(ウェイ)のグループは半グレ連中とも人拐い集団とも遭遇せず、安穏なものだ。平均年齢がずば抜けて低いにも(かか)わらず。


「今週はお絵描きを売りに行く予定がいくつもあるのです。このオヤツを持ってお出掛けするのです」

「あれ、じゃあもっと日持ちしそうなやつがよかったでしゅかね?」

「大丈夫なのです!(イツキ)がくれた曲奇(クッキー)もあるのです!」


(シイ)の発言へ首を傾げる吉娃娃(チワワ)をすかさず(ウェイ)がフォローし、たどたどしく説明を加える。


「えっと、行くのは(シイ)だけなのですよ。(ウェイ)も行くのはたまになのです。えっと、(ウェイ)のお絵描きより、(シイ)のお絵描きのほうがたくさんお金になるので。(ウェイ)はお家をけいび(・・・)する係なのです、だからオヤツは1人分でいいのです」


(ウェイ)は唇を軽く内側に巻き込む。この前にも見た素振り、そう(イツキ)が思う(そば)から(ウェイ)はポツリと(こぼ)す。


(シイ)は、すごいのです。(ウェイ)も、(シイ)のように…すごくなりたいのです…」


滲み出る、わずかな‘悔しさ’。もっと力になりたい。みんなを助けたい。口に出さずとも伝わる(ウェイ)の想いを感じた(シイ)は薄く唇を開き───しかしまた閉じて何か言葉を飲み込んだ。それから目を伏せ、すぐに上げ、朗らかな笑顔を作る。


(ウェイ)はとてもすごいのですよ。(シイ)(ウェイ)の絵が大好きなのです」


その科白(せりふ)(ウェイ)は照れて身体を縮こませ、(シイ)のほうがすごいのですと答える。(シイ)が再度、(ウェイ)のほうがすごいと返した。そのまま褒め合いのラリーになり、(シイ)のほうがすごい!(ウェイ)のほうがすごい!と争っている。平和なシビル・ウォー。視線を交互に動かしていた(イツキ)が‘両方すごいよ’と発すると、2人は(イツキ)へ顔を向けニパッと笑った。


「「ありがとうなのです!」」


弾んだ声がピッタリ重なる。






───裏腹に。重なった2人の(てのひら)にこもる力は、少しだけ、異なっていた。

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