表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
神韻縹渺
333/492

夢見心地と白昼夢

神韻縹渺5






黃昏(こうこん)の魔窟。バイトの帰り道、すっかり行きつけとなった広場へ足を運ぶ(イツキ)


杏香楼にあるスイーツ屋で鳥結糖(ヌガー)のセールをしていた。(シイ)(ウェイ)、お子様達へ持って行ったら喜びそうなので──自分の土産も含まれるが──買い占めてやった。赤い‘囍’の文字が書かれた袋を両手に提げて城砦を跳ぶ。


屋上では麻薬栽培、地上では縄張り争い、路地にはジャンキーとその死体。今日もスラムは騒がしい。パパッと土産を渡し、夜になる前に皆を帰宅させてお(いとま)しよう。思いながら広場に到着し周囲を確認するも…無人。もう()に帰ってるのか?(イツキ)は教えてもらっていた生活拠点──古ぼけた廃ビル──へ向かう。




「あれ?(シイ)は?」


扉を開けると、入り口に座り込みスケッチブックを広げている(ウェイ)が居た。他の子供達は既に夢の中、遊び疲れたのだろうか。今日は天気も良かったしな…考えつつ(ウェイ)の隣にしゃがみ込む。(ウェイ)はお土産の袋を見てニコニコ笑い、ありがとうなのですと何度も何度も礼を言った。


(シイ)は、お仕事なのです。お絵描きを売りに行ったのです」


先程の(イツキ)の質問に答える(ウェイ)(シイ)は単身、どこかへ作品を売却しに行った模様。(ウェイ)と2人で売りに行くことより(シイ)が1人で商売をしに行くことのほうが多いと(ウェイ)は語る。


(シイ)は何でも出来るしとってもすごいのです。それに、(ウェイ)のお絵描きよりも、(シイ)のお絵描きのほうがたくさんお金になるのです」


呟いた(ウェイ)は唇を軽く内側に巻き込む。


作品の優劣ではなく───恐らく、購買層の問題。(シイ)の美麗なイラストはどちらかといえば年齢が高めの客に好まれ、(ウェイ)の可愛いイラストは年齢が低めの客に好まれるらしい。そうなると販売額に差が生まれてしまうのは必然だろう。


顔立ちや背格好が非常に良く似た2人だが…(シイ)のほうが、どことなく年上に見える。(イツキ)が述べると(ウェイ)は身を乗り出し‘それは(シイ)がすごいからなのです’と息を巻く。


(ウェイ)(シイ)が大好きで、髪型から服装からなにから真似をしているのだと。(シイ)もそれを喜んでくれており、お揃いでないものはズボンの裾の長さくらい。そこは2人でアレンジし、敢えて変えていると得意気な(ウェイ)


(ウェイ)(シイ)はずっと前から一緒に居るの?」


双子と言ってもそう疑わしくはないほどだ、長年の──といってもまだかなり幼いが──付き合いなのかと思ったけれど…(ウェイ)はフルフルと首を横に振る。不思議そうな表情の(イツキ)へ、自分の生い立ちを説明しはじめた。


「えっと、(ウェイ)爸爸(パパ)媽媽(ママ)は、仲良しではなかったのです。ケンカばかりしていて、(ウェイ)もたくさん叩かれてしまっていたのです。媽媽(ママ)は、あんまり(ウェイ)を好きではなくて。えっと、でも爸爸(パパ)は、(ウェイ)が絵を描けばご機嫌になってくれました」


小さな手をちょこちょこと動かし身振りを付け、懸命に解説。(イツキ)は質問は後回しにして、ただ静かに頷く。


「それで、えっと、媽媽(ママ)が…とっても怒った日があったのです。爸爸(パパ)がお金をたくさん使ってしまったと、怖い人たちがお家にやって来たのです。お家の物がたくさん持っていかれてしまいました。それで、(ウェイ)は、えっと…媽媽(ママ)を助けようと思って、でも…怒った媽媽(ママ)に言われたのです。(ウェイ)を売ってお金にすると。媽媽(ママ)は、媽媽(ママ)ではないからと」


だから媽媽(ママ)はいつも(ウェイ)を叩いていたのですね、と笑う。


この解説ではいまいち話を飲み込むのに時間を要するが───つまり、(ウェイ)はもともと父親の連れ子で、(ウェイ)自身はそれを知らなかった。父親は(ウェイ)の描く絵がそれなりに(さば)けて金になるのでとりあえず手元に置いていただけ。実母の消息はわからない。前妻の面影を持つ(ウェイ)を新妻は嫌っており…そして父親は裏社会の人間から多額の借金をしていた。


ある日そのカタ(・・)に家財道具は差し押さえられてしまい、帰宅した父親へ(ウェイ)を売り飛ばすと食ってかかる義母。


「その時…そのケンカの時、爸爸(パパ)媽媽(ママ)も、えっと…包丁とか、えっと、たくさん危ないものを使っていたのです。それで、2人ともおおケガで…」


そこで(ウェイ)は押し黙る。(イツキ)も聞き返しはせず、黙っていた。話の続きを待った。たっぷりと時間が経って、深呼吸の(のち)、口を開く。


「なので…爸爸(パパ)媽媽(ママ)はもう居ないのです。(ウェイ)はお外に逃げたのです、爸爸(パパ)が逃げろと言ったので。怖い人たちが(ウェイ)を捕まえにきてしまうので」


爸爸(パパ)が最後に少しだけ、(ウェイ)を庇ってくれたのが嬉しかった。俯いてそうはにかむ(ウェイ)。喜ぶハードルがだいぶ下がってしまっている感はあるものの…今重要なのはそこではない。(イツキ)はまた耳を傾ける。


「たくさん走って…それで、知らないところにきて…(ウェイ)は、ずっとメソメソしていたのです。寒くって、お腹も空いて…でも、ひとりぼっちで、座っていたのです。だけど、(シイ)(ウェイ)を見つけてくれて」


辿り着いた廃墟。古ぼけたビル。何日も何日も同じ場所で、独り、背を丸めていた(ウェイ)に…声を掛けたのが(シイ)だった。


(シイ)は、えっと、(ウェイ)ととっても良く似たお顔だったのです。(ウェイ)はとってもビックリして、でも(シイ)もとってもビックリして」


ビックリ!と驚いたリアクションを再現してみせる(ウェイ)に、俺もビックリしたと同意する(イツキ)(ウェイ)は嬉しそうに目尻を下げる。


(ウェイ)は自分のお顔が嫌いだったのです。媽媽(ママ)が嫌いと言っていたので、(ウェイ)も嫌いだったのです。でも、えっと、(シイ)がおんなじお顔だったから、(ウェイ)は嬉しかったのです」


(シイ)が年上に見えるのは、(ウェイ)(たたず)まいのせいもあるのだと(イツキ)は気が付いた。たどたどしい喋り方は成長する機会を(いっ)してしまっていたからだろう。ここまで聞いていた中で唯一の関わりだった両親も、ろくすっぽ(ウェイ)の相手をしていない。過剰なまでの‘ですます調’は、人と接するにあたりそれが1番無難だった為…この背景で流暢に会話する(すべ)を学べというほうが酷である。


(ウェイ)(シイ)に会ってから、自分のお顔が好きになったのです。髪の毛も、おんなじ色にしてもらって…お洋服もお揃いで…」


(ウェイ)は両の(てのひら)を顔の前で合わせ瞳を閉じる。夢見るような仕草。


(シイ)(ウェイ)とお絵描きもしてくれました。(ウェイ)の絵が好きって、いっぱいほめてくれて」


それからそっと瞼を開き、(イツキ)を見るとニパッと笑う。


(ウェイ)は、(シイ)を…ここに居るみんなを、守りたいのです」









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






(イツキ)?どうして居るのですか?」


時計の針が天辺を越えた頃。帰宅した(シイ)が、留守番(・・・)をしている(イツキ)に目を丸くする。


「お土産持ってきたんだけど、(ウェイ)が寝ちゃったから…俺がかわりに(シイ)のこと待ってようかと思って」


(イツキ)はボリュームを下げ、隣で寝息をたてる(ウェイ)を指差した。(シイ)も控え目に‘ありがとうなのです’と囁く。


皆を起こさないようすぐさま退散しかけた(イツキ)の袖を(シイ)は引き、お茶でも飲んで行かないかと誘う。有り難く1杯だけいただくことにし、合間にポツポツと立ち話をした。

慣れた手つきで簡易コンロに火を点して普洱茶(ポーレイチャ)を淹れる(シイ)は、やはり(ウェイ)よりお姉さん(・・・・)(ぜん)としている。(ウェイ)って(シイ)にすごい懐いてるねとの(イツキ)の言葉へ、(シイ)は声を弾ませた。


(ウェイ)はいつも(シイ)についてきてくれるのです」


過去のエピソードをいくらか(ウェイ)から聞いたと頷く(イツキ)(シイ)も頷く。


(シイ)(ウェイ)とお友達になれてとっても嬉しかったのです。(シイ)はずっとずっと1人でお絵描きをしていたので…(ウェイ)とお友達になれた(シイ)は、本当に幸せ者なのです」


(シイ)の両親も不仲だったようだ。こちらは多くは語らなかったが、様々なトラブルがあり、例に漏れず早くに死んでしまっていることが伺えた。

続く他愛もないお喋りの最中(さなか)(ウェイ)を見詰める(シイ)の目線を(イツキ)も追う。その周りでスヤスヤと眠る子供達、平和な光景。独り言のように(シイ)が零した。


(ウェイ)と出会えて、みんなと出会えて…私は居場所を見付けたから。まだ一緒に居る時間は短いけど、そういうのって多分、時間の長さじゃないから」


(イツキ)(ウェイ)から視線を離し(シイ)を見る。口調が、変わった気がした。心なしか雰囲気も。

けれど目が合った(シイ)はいつもの(シイ)で、ニパッと明るく屈託のない笑顔。


(シイ)は、(ウェイ)を…ここに居るみんなを、守りたいのです」


(イツキ)も仲間なのですよ!いつでも遊びに来て下さいなのです!’と小指を出す。(イツキ)は再度頷き、立てられた小さな指に自分の指を柔らかく絡めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ