具象と抽象・後
神韻縹渺3
1言でいうと─────カオス。
何が何やらわからない。猫と十、東と尾の4人を表現した物と推測されるが…まず人が四角い。目玉と思しき部位は矢鱈に大きく歯は剥き出し。顔の輪郭はてんでバラバラ。髪は…あることは、ある。線の集合体。眼鏡っぽい某かを顳顬から生やしているのが東で、着物っぽい某かから手足が生えているのが猫だろう。添え物のようなチマッとした粒が十と尾。色は何かもう、赤黒い。ところどころ妙に青い。
諸々の解読に苦しむ東と猫。チマッとした2粒が揃って口を開く。
「バスキアのようですね」
「そのようですね」
バスキアって何との樹の問いに、有名なグラフィティアーティストなのです!人気者なのです!と返答する粒々。判定の甘い保護者がなるほどと膝を叩き‘ウォーホルとかね’と付け足した。
猫は薄目で樹のスケッチブックを見やる。その評価はさすがに贔屓目すぎやしないか?同系統とはいえ?まぁ、俺もゲルニカは好きだが。ピカソだけど。
突如開催された抽象画展にうっすらと店内が盛り上がるなか、入り口の扉を開けて燈瑩が入ってきた。
「なにそれ、バスキア?」
「やはり!」
「なのです!」
樹の掲げる画用紙に目を留めた燈瑩が開口一番発した台詞に、勢いよく同意する十と尾。燈瑩は2人に挨拶、賑やかだねと笑うと猫の隣へ腰を下ろす。
「新しい友達の十と尾。蓮のデザート、食べさせてあげようかと思って」
小さな芸術家達を紹介する樹に燈瑩は頬を緩め、絵なら猫に水墨画描いてもらえるよと提言。
「書画、上手いから。けど2人にはちょっと渋過ぎるかなぁ」
「なんっでそういう余計なこと言うんだ燈瑩は」
猫が光速でグラスを投げつける。ゼロ距離。予想していた燈瑩はスルッと身体を下へ滑らせ回避、眼前を過ぎたグラスはカウンターへ飛来し東の横っ面にジャストミート。不運なフィギュア職人はスツールから転げ落ち、手から取りこぼされた彫りかけのマンドラゴラを尾は慌ててキャッチした。
「お待たせしましたぁ!」
間髪入れず、元気な声と共に再び開く店の扉。スイーツを引っ提げた蓮が顔を出しキョロキョロと店内を見渡す。
「あれ?東さん居ないんでしゅ?」
「居る…居るよ…」
地べたから返事をする東。蓮を見た十と尾がワァと瞳を丸くした。
「ワンちゃんです!」
「ネコちゃんとワンちゃんです!」
蓮はパチクリとまばたき。ワンちゃん?は、僕だとして…ネコちゃんは…ソファで白目になる猫が視界に入り、‘あぁ師範でしゅか’と手を叩く。デコに紙扇子が突き刺さった。
スツールに這い上がった東は、デザートのお代で蓮へとレジ金を渡す。額を擦りつつ釣りを返してくる蓮に‘いらない’と断りかけ───その手元をジッと見詰めて、やっぱり受け取り、札を電灯に翳した。
「これ偽札じゃない?」
「へっ!?」
透かしがねーよと表面を指さす。蓮も慌てて東に頬を寄せお札を注視。
「あっホントだ!!無い!!え、何でわかったんでしゅか!?」
「紙質?」
パパッと紙飛行機を折る東、適当に放ると十の方向へ。こちら東風航空こちら東風航空。管制塔応答せよ、オーバー。十は機体をハッシと両手で捕らえる。着陸成功。
「はっ、やるじゃねぇか蓮?東チョロまかそうなんざチャレンジャーだな」
「いやいやいや違いましゅよ!!」
猫の悪魔的な笑い声に蓮は首をもげそうなほど横に振る。
「最近けっこう出回ってるらしいね」
言いつつ口元に手を当て、燈瑩は紙飛行機を広げる十へ視線を落とした。このニセモノ、出来栄えはそれなりに精巧。注意を払って触れば別だがパッと見で判断がつく紙質等では到底ない気がする。普通はわからないはず…役立つ詐欺師スキル…詐欺師と口に出してはいないのに、東から‘賭場では贋札の見分け重要だから!’と弁解が入った。聞き流し、飛行機お土産にしていいです?と尋ねてくる十にどうぞと微笑む。
「もしかして、食肆の売り上げにまだ偽物が混ざってるんでしゅかね…誰が使っていったんでしょう…」
「誰が、っつうのはどうかなぁ?使った奴も知らないで使ってるかもだから」
「わー!!特定不可能じゃないですか!!」
東の推測に‘レジ金減っちゃう’と悲しげな吉娃娃。客や仕入先へ知らんぷりで流したりはしない、善良なワンコ。
「いーよ蓮、他にも見つけたら俺んとこに持っといで。本物と交換したげる」
「東それ裏カジノでチップに換える気だろ」
東の申し出に鼻を鳴らす猫。別にイイじゃん、どーせ闇カジなんてキレイな奴ら居ないんだしと舌を出す詐欺師。なんならそもそもその界隈から流れて来ている可能性が十二分なのだ、元の場所に返すだけ。
皆が偽札談議をする傍らで、デザートをパクパク食べ始めた尾と十はご満悦。美味しい美味しいと拍手喝采。気に入ったのなら明日は他の子供達の分もテイクアウェイするかとの樹の言に大ハシャぎ。
「明日は尾がネコを描くのです!」
「あぁ?何言ってんだ俺ぁ来ねーよ」
「十も尾のネコちゃんが見てみたいのです!楽しみなのです!」
「勝手に決めんな、来ねぇっつの」
「じゃまた同じくらいの時間に集まろっか」
「樹は耳に月餅でも詰まってんのか?」
無数のシワを眉間に拵える猫。アームレストに突っ伏し笑いを噛み殺す燈瑩を横目に、樹は閻魔へ先程よりも数段階力強いサムズアップで応えた。




