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九龍懐古  作者: カロン
神韻縹渺
329/492

具象と抽象・後

神韻縹渺3






1言でいうと─────カオス。


何が何やらわからない。(マオ)(シイ)(アズマ)(ウェイ)の4人を表現した物と推測されるが…まず人が四角い。目玉と(おぼ)しき部位は矢鱈(やたら)に大きく歯は剥き出し。顔の輪郭はてんでバラバラ。髪は…あることは、ある。線の集合体。眼鏡っぽい(なにがし)かを顳顬(こめかみ)から生やしているのが(アズマ)で、着物っぽい(なにがし)かから手足が生えているのが(マオ)だろう。添え物のようなチマッとした粒が(シイ)(ウェイ)。色は何かもう、赤黒い。ところどころ妙に青い。


諸々の解読に苦しむ(アズマ)(マオ)。チマッとした2粒が揃って口を開く。


「バスキアのようですね」

「そのようですね」


バスキアって何との(イツキ)の問いに、有名なグラフィティアーティストなのです!人気者なのです!と返答する粒々。判定の甘い保護者(アズマ)がなるほどと膝を叩き‘ウォーホルとかね’と付け足した。

(マオ)は薄目で(イツキ)のスケッチブックを見やる。その評価はさすがに贔屓目すぎやしないか?同系統とはいえ?まぁ、俺もゲルニカは好きだが。ピカソだけど。


突如開催された抽象画展にうっすらと店内が盛り上がるなか、入り口の扉を開けて燈瑩(トウエイ)が入ってきた。


「なにそれ、バスキア?」

「やはり!」

「なのです!」


(イツキ)の掲げる画用紙に目を留めた燈瑩(トウエイ)が開口一番(いちばん)発した台詞に、勢いよく同意する(シイ)(ウェイ)燈瑩(トウエイ)は2人に挨拶、賑やかだねと笑うと(マオ)の隣へ腰を下ろす。


「新しい友達の(シイ)(ウェイ)(レン)のデザート、食べさせてあげようかと思って」


小さな芸術家達を紹介する(イツキ)燈瑩(トウエイ)は頬を緩め、絵なら(マオ)に水墨画描いてもらえるよと提言。


「書画、上手いから。けど2人にはちょっと渋過ぎるかなぁ」

「なんっでそういう余計なこと言うんだ燈瑩(テメェ)は」


(マオ)が光速でグラスを投げつける。ゼロ距離。予想していた燈瑩(トウエイ)はスルッと身体を下へ滑らせ回避、眼前を過ぎたグラスはカウンターへ飛来し(アズマ)の横っ面にジャストミート。不運なフィギュア職人はスツールから転げ落ち、手から取りこぼされた彫りかけのマンドラゴラを(ウェイ)は慌ててキャッチした。


「お待たせしましたぁ!」


間髪入れず、元気な声と共に再び開く店の扉。スイーツを引っ提げた(レン)が顔を出しキョロキョロと店内(なか)を見渡す。


「あれ?(アズマ)さん居ないんでしゅ?」

「居る…居るよ…」


地べたから返事をする(アズマ)(レン)を見た(シイ)(ウェイ)がワァと瞳を丸くした。


「ワンちゃんです!」

「ネコちゃんとワンちゃんです!」


(レン)はパチクリとまばたき。ワンちゃん?は、僕だとして…ネコちゃんは…ソファで白目になる(マオ)が視界に入り、‘あぁ師範でしゅか’と手を叩く。デコに紙扇子が突き刺さった。


スツールに這い上がった(アズマ)は、デザートのお代で(レン)へとレジ金を渡す。(ひたい)(さす)りつつ釣りを返してくる(レン)に‘いらない’と断りかけ───その手元をジッと見詰めて、やっぱり受け取り、(さつ)を電灯に翳した。


「これ偽札じゃない?」

「へっ!?」


透かし(・・・)がねーよと表面を指さす。(レン)も慌てて(アズマ)に頬を寄せお札を注視。


「あっホントだ!!無い!!え、何でわかったんでしゅか!?」

「紙質?」


パパッと紙飛行機を折る(アズマ)、適当に放ると(シイ)の方向へ。こちら東風航空こちら東風航空。管制塔応答せよ、オーバー。(シイ)は機体をハッシと両手で捕らえる。着陸成功。


「はっ、やるじゃねぇか(レン)(アズマ)チョロまかそうなんざチャレンジャーだな」

「いやいやいや違いましゅよ!!」


(マオ)の悪魔的な笑い声に(レン)は首をもげそうなほど横に振る。


「最近けっこう出回ってるらしいね」


言いつつ口元に手を当て、燈瑩(トウエイ)は紙飛行機を広げる(シイ)へ視線を落とした。このニセモノ、出来栄えはそれなりに精巧。注意を払って触れば別だがパッと見で判断がつく紙質等では到底ない気がする。普通はわからないはず…役立つ詐欺師(イカサマ)スキル…詐欺師(・・・)と口に出してはいないのに、(アズマ)から‘賭場では贋札の見分け重要だから!’と弁解が入った。聞き流し、飛行機お土産にしていいです?と尋ねてくる(シイ)にどうぞと微笑む。


「もしかして、食肆(みせ)の売り上げにまだ偽物が混ざってるんでしゅかね…誰が使っていったんでしょう…」

「誰が、っつうのはどうかなぁ?使った奴も知らないで使ってるかもだから」

「わー!!特定不可能じゃないですか!!」


(アズマ)の推測に‘レジ金減っちゃう’と悲しげな吉娃娃(チワワ)。客や仕入先へ知らんぷりで流したりはしない、善良なワンコ。


「いーよ(レン)、他にも見つけたら俺んとこに持っといで。本物と交換したげる」

(おまえ)それ裏カジノでチップに換える気だろ」


(アズマ)の申し出に鼻を鳴らす(マオ)。別にイイじゃん、どーせ闇カジなんてキレイ(・・・)な奴ら居ないんだしと舌を出す詐欺師。なんならそもそもその界隈から流れて来ている可能性が十二分なのだ、元の場所に返すだけ。


皆が偽札談議をする(かたわ)らで、デザートをパクパク食べ始めた(ウェイ)(シイ)はご満悦。美味しい美味しいと拍手喝采。気に入ったのなら明日は他の子供達の分もテイクアウェイするかとの(イツキ)(げん)に大ハシャぎ。


「明日は(ウェイ)がネコを描くのです!」

「あぁ?何言ってんだ俺ぁ来ねーよ」

(シイ)(ウェイ)のネコちゃんが見てみたいのです!楽しみなのです!」

「勝手に決めんな、来ねぇっつの」

「じゃまた同じくらいの時間に集まろっか」

(イツキ)は耳に月餅でも詰まってんのか?」


無数のシワを眉間に(こさ)える(マオ)。アームレストに突っ伏し笑いを噛み殺す燈瑩(トウエイ)を横目に、(イツキ)は閻魔へ先程よりも数段階力強いサムズアップで応えた。

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