具象と抽象・前
神韻縹渺2
あくる日。
幸運曲奇を大量に抱えて再び広場を訪れた樹は、これまた大量の子供達にモミクチャにされていた。人気なのは菓子だけかと思ったが、どうやら‘新しい遊び相手’と認識されてしまった万屋はあっちこっちから腕を引っ張られ服を引っ張られてんてこ舞い。テロテロに伸びていくティーシャツ。
十と尾が慌てて樹から子供達を引き剥がす。
「みんな!樹は1人しかいないのです!」
「一時には駄目なのです!順番こです!」
「いや…伏匿匿とか老鷹捉小鶏なら全員で出来るけど…」
俺が鬼やるからとの樹の提案が投げられるやいなや、ハシャぐ少年少女は一斉に四方へ散らばった。これは…どっちだ?キョロキョロする樹に‘見ちゃ駄目!’と誰かが叫ぶ。伏匿匿か。両手で顔を覆う樹、まだ足元に立っている十と尾を指の間から覗く。
「2人も隠れて。じゅ…に…30数える」
「遊んでくれるのですか」
「うん」
「大変ではありませんか」
「うん。ほら、隠れて」
促すと、オロオロしていた2人は嬉しそうに手を取り合いどこかへ走っていく。樹はゆっくり30秒カウントしはじめた。
───十と尾は、ここ一帯に住んでいるストリートチルドレンを取り纏めているらしい。まだ2人とて年端もいかないが、他のメンバーはそれよりもっと幼い子供ばかり。誰も彼も親に捨てられたり家族を失くした者達だ…九龍において特に珍しい話ではないけれど。
暮らしの拠点は古ぼけた廃墟。生活費の出処は十と尾が描くイラストや似顔絵を売った稼ぎとのこと。確かに2人の作品にはそれなりの価値がつくはず、樹自身もその魅力に惹かれて足を止めた1人である。
話を聞き、ならば皆の分の菓子を持って再度遊びに来ると約束して翌日…要は今日。広場を訪れた樹は、待ち伏せしていたミニマムな仲間達に取り囲まれ奇襲をかけられることと相成った。
30秒。よし。
顔を上げ、伸びをひとつ。あまり遠くには行かないようにと十及び尾が呼び掛けていた、皆ここから見える範囲の建物内のどこかに居るだろう。正面手前から確認開始。
伏匿匿か。この前やったな、船で。子供の頃にやった記憶は無いな、友達居なかったし…って言い方するとなんか寂しいヤツみたい…あっ誰かみっけ。
「見つけた」
階段の横、膝を抱える少年とその隣の少女の額をトンと突っつく。楽しそうに笑って広場中央へ戻っていく後ろ姿を見送り捜索再開。
扉の裏、部屋の隅、柱の陰。ほんのわずかなスペースに隠れているお子様達。1メートル前後の小さな身体はどんな隙間にだって入り込めてしまう。それなりに苦労をしつつ、しかし非常に手早く発見していく樹。伏匿匿が得意という訳ではなく、単に移動スピードが尋常じゃないので速やかな‘ローラー作戦’を行うことが可能な為だ。もしも老鷹捉小鶏を選択されていたら、ハンデとしては早歩きくらいが妥当だっただろうか。次回ねだられたらそうしてみようか。でも老鷹捉小鶏じゃなくて點指兵兵がいいかな?俺、警察とは1番程遠い人間だけど…。あれやこれやと考えつつテキパキ皆を回収。
ところが、十と尾だけなかなか見つからない。樹は全員を集めた広場で首を傾げる。
「全部の建物確認したのに」
子供達はクスクス笑い、十と尾は隠れるのがとっても上手いのだと囃し立てた。普段の伏匿匿でも2人を見つけ出すのは至難の業らしく、だいたいは鬼が降参して決着がつくのだとか。
そのうちに、その場に居る全ての者が2人を探しはじめる。ワイワイガヤガヤと大捜査…しかし、どこを暴いたとて、影も形もない。改めて広場中央に集まる小鬼達は樹の服を引っ張りたい放題引っ張っている。もうすぐ日が暮れてしまうし服も破れてしまう…服はいいけど日没はよくない、魔窟が本領発揮する前に皆を帰さねば。
「降参しよっかな」
ポソッと樹が漏らせば、待ってました!!とばかりに背後のドラム缶の蓋が外れた。
「降参なのですね、樹!」
「十と尾の勝ちなのです!」
「え、嘘?ずっとそこに居たの?」
ビックリ箱さながら現れた十と尾に、振り返った樹が目を見張る。いつの間に潜り込んだのか?全然わからなかった…丈八燈臺照遠不照近…。得意気に胸を張る2人。樹は膝に手を付いて屈むと、帽子を脱いで敗北宣言。
「俺の負け。またみんなに曲奇持ってくる」
言いながら蓮の食肆のスイーツもいいなと礑と思う。【東風】にも曲奇以外のお菓子もたくさん常備してあるし───ん?明日って【東風】休業日だっけ?ワァワァ喜ぶ2人を眺め、勘案。
それからひとつ、面白そうな企画を立てた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「だからよ…そーいう事になってんなら先に言えっつの…」
昼下がり、【東風】ソファでジュースを呷る猫が顰め面。背凭れに寄り掛かるその膝の上では十がお絵描きをしており、スケッチブックには着物を羽織った金色のネコが着々と描きあがっていた。
「しょーがないじゃない、俺も知らなかったんだから」
カウンターから声を飛ばす東は、彫刻刀をセカセカ動かしている。横で尾がジッとその手元を凝視。
「東は知らなくても樹は知ってただろ、連れてきた張本人じゃねーか」
「言ったら猫が来ないと思って」
「へぇ?よくわかってんなぁ」
不穏な笑顔を樹に寄越す猫。向かいの椅子でこれまたスケッチブックを広げていた樹がサムズアップで応えれば、‘褒めてねぇよ’と閻魔は舌打ち。
「でも猫子供好きじゃん」
「どこをどう見たらその発想になんだ樹は」
あっけらかんと放たれた樹の言に、猫は大きく溜め息。とはいえ子供が嫌いな訳では無い───放っておけないから嫌なのだ。怪訝な表情でグラスのドリンクを飲み干すと、喉が渇いているのではないかと勘違いした十に‘どうぞ!’とまた波々ジュースを注がれてしまった。絞り出す‘多謝’。
「ほら、出来たよ魚人」
「わぁ!!魚人さん可愛いのです!!」
「あと何だっけ?マンドラゴラ?」
「はい!!お願いしたいのです!!」
東が掘り終えた人形を渡して次のリクエストを確認すれば、嬉々として肯く尾。小さな手に握られているのはやたらとムキムキした木彫りの魚人。クオリティは高いが、高いがゆえに鱗や筋肉が妙にリアルで、可愛いのかどうか甚だ疑問である。そしてこれから制作されるのはマンドラゴラ。モンスター好き…という解釈でいいのだろうか、果たして。
「十の絵ももうすぐ完成するのですよ、完成したら猫にあげるのです」
「そりゃどーも。つうか十、なかなかいい絵ぇ描くな」
身体を起こして十の頭に顎を乗せると上からスケッチブックを覗き込む猫。構図、色彩、筆致…どれもこれも優れている。この年齢の子供とは到底思えない出来栄え。
「俺ももうすぐ描きあがる」
サカサカとペンを動かす樹が宣言。うん、と1度顎を引いて、クルリと画用紙を回し、自信満々に画面を猫と東へ向けた。全員の視線が集まる。




