儕と瑞鳥
両鳳連飛20
知ってる?龍鳳楼あたりの事件。聞いたけどよくわかんない、中流階級らへんじゃ珍しい感じのやつでしょ。何十人も死んだとか。怖!スラムじゃん!でも何にもなかったよ、現場。え?行ったの?古いクラブの跡地だった。管理人のお爺ちゃんボケてたかも。ただの噂なのかなぁ?そーいや、富裕層エリアの人攫い、もーなくなったって!マジ?じゃあまた遊び行けるじゃん!
「…って感じだった。みんなの話」
食肆、テーブルで楊枝甘露を飲みつつ大地が報告。寺子屋で学友が騒ぎ立てていた‘街のウワサ’。例の騒動は巷でそれなりに広まっているものの、表向きにはどうやら何事も無しに収まった様子。
「裏は…九龍に来とったグループが壊滅して、大陸ん奴らシャッポ脱いだみたいやわ。暫く城砦には手ぇ出さへんのとちゃうか」
上も亀苓膏をつつきながら経過を伝える。無法地帯でセコセコと金策をしていた連中が一網打尽になってしまい、警戒した中国本土の関係者はそそくさと巣へ逃げ帰りナリを潜めたようだ。スパッと尻尾を切り落とし‘裏社会となんて繋がっていませんよ’と綺麗な顔でニッコリ、よくあるケース。
あの後、ビルの掃除はオーナー──ボケてはいない。演技派──の心配りと業者の迅速な対応により数時間もかからず終了。今度お礼に茶菓子を持っていくとのほほんと語る燈瑩に‘密輸は上手く行ったか’と猫が問えば、‘死体は密輸じゃないし’との返答。上は問題はそこではないと思ったが黙っておいた。
殷に関しては、件の抗争の末に相討ちだったとの情報を流布。ストリートからチンピラ、半グレ、マフィア連中へ少しずつ話題を浸透させる。【十剣客】はもう存在しない、殺し屋家業これにて幕引き。めでたしめでたし。
…とまぁ、アッサリいけば御の字なのだが。殷の顔を知っている人間は界隈にまだいくらか存在する。このまま九龍をウロウロするのもどうかということで、兄妹はさしあたり熱りが冷めるまで中国外れの片田舎に引っ込むことに。中国外れといっても香港に近い境目、寂しがる寧や蓮に考慮した形。
「そしたら俺らも漢方とか薬とかのやり取り出来るしね」
「僕も、山の食材が手に入ったら送って欲しいでしゅ!ちゃんと買い取りますから!」
普洱茶を淹れて笑う東、蓮が‘宝珠ちゃんは狩りが得意なんでしょう!お肉の仕入れは任せました!’と目を輝かせる。宝珠は湯呑みを受け取り、照れたように目尻を下げた。
「期待されると恐縮ですが…出来る限り頑張ります。蓮さんのお店が繁盛するように」
「俺にも珍しい薬草あったら教えてよ、大陸側でしか手に入んないやつもあるし」
「東それ違法ちゃうやろな」
盛大に眉間へシワを寄せた上に咎められ、東は‘宝珠ちゃんにはそんなことさせるわけないでしょ’と慌てて首を振る。誰にならばさせるのか。
「ほらぁ、車用意出来たよ?陳が着いた!」
ワヤワヤやっていると、声と共に彗が入り口の扉から姿を現した。後ろには樹、餞別の熊猫曲奇を両手に大量に提げている。持ち切れなかった分を持たされている匠も待機、抱きかかえた菓子が壁となり顔が見えない。宝珠は並んで腰掛けていた寧の手を取り立ち上がった。お見送りのお願い。
荷物は先に配送済み。そもそもそんなに遠くへと引っ越すわけではなく、来ようと思えばいつでもすぐに来られる距離。だのにまるで今生の別れかのような土産の山だが…単に樹が加減を知らないだけでもある。初日に猫が‘樹は大食いだから土産の加減がわかってねぇ’と言っていたのを思い返す殷。あの時も確か、曲奇を貰った。
「ありがとう樹…みんなも。何から何まで世話になったな」
謝辞を述べる殷に、お菓子なら気にするなと樹。全くもって趣旨が違う。しかし多分───世話をしたなどとはこれっぽっちも感じていないからだ。‘仲間’に手を貸すのは当然で、礼を言われることでもない。皆そう思っている。それを理解した殷が、承知の上で、もう1度‘ありがとう’と告げた。
「てゆーか宝珠、匠に何か言わなくていいの?気に入ってんでしょ」
「え?いや、別にそういうアレじゃなくて」
彗にけしかけられ驚く宝珠、匠が頭を傾け壁から顔を覗かせた。
「そーなの?サンキュ、また遊び来てよ。待ってるから」
ヘラッと笑って声を掛ける匠に宝珠も笑顔を返す。なんだ、気に入ってるって本当に言葉通りなんだ…好きなわけじゃないのか…2人を交互に見やる彗。どうしてかハラハラしていた上と寧が赤くなっている。純情。宝珠は寧にコソッと耳打ち。
「大地くんと上手く行くように祈ってるね」
ますます頬を赤くする寧に、近寄ってきた大地が不思議そうな表情。具合悪いの?と額に手を当てた。ヒャァと悲鳴をあげる寧、茹でた大閘蟹のような色。彗が笑いを噛み殺す。
大通り。調達した車を管理してくれていた陳が、運転席より降りて殷へと鍵を渡し、名残惜しそうな様子でミラーを擦った。
手頃な値段で入手したスタイリッシュなマセラティ──‘免許あるんか’との上の質問に殷は‘ギリギリある’と胡乱な回答──は、山盛りの菓子を後部座席に積んで走り出す。挨拶がわりのクラクションを数回鳴らす殷。城塞を離れていく車体の窓から身を乗り出して、宝珠はいつまでも手を振っていた。
「猫、来なかったね」
「そーね…けど、香港から車持ってきたの猫だって聞いたわよ」
車が見えなくなり呟いた樹へ、東がニヤリとする。手配したのは燈瑩だが転がしてきたのは猫らしい。同乗した燈瑩曰く、ピックアップした港から城砦に着くまでに何度もスピード違反で捕まりかけたものの、全部ブッちぎって逃げてきたと。暴君。猫は3桁以下の速度では走らない、付き合いの長い人間なら誰もが知っている。
面倒くさがりなのによく運転したな…なんでわざわざ…首を捻る樹の微信が鳴った。蓮からだ、そろそろ料理が出来上がるらしい。見送りを終えてしょんぼりしている寧の髪を撫でる匠と、肩を叩く彗。大地が明るく腕を引いた。上と東、陳はスポーツカーについての雑談を交わし、樹は宝珠がこれから仕留めてくれるであろう山の幸に思いを馳せながら、食肆へと踵を返す。暖かい陽光の射す何気ない午後。
「あ、無事に出発したみたい。上から‘任務完了’ってきた」
「あっそぉ」
相変わらずの【宵城】最上階。カウチで寝煙草をふかす燈瑩がメールを読み上げるも、興味なさげに新聞を広げる猫。右から左…といった体。燈瑩は口角を吊った。
「猫も行けばよかったのに」
「行くわきゃねーっつの、ダリィ。どうせまた遊びに来るんだろ」
「そうだけど。せっかくプレゼントもあったんだから」
その為に九龍まで運転したんじゃんと含み笑い。むしろ、だからこそ行かなかったのだとわかってはいるが。楽しそうな雰囲気の燈瑩を睨みつけ猫はコキコキ首を鳴らす。
プレゼントなどという仰々しい物でも無ければ畏まって渡すような物でも無いので、一言つけたメモを添えてダッシュボードへと雑に突っ込んだ。開ければすぐ気付くと思うが───と、猫の携帯に殷から写真が届く。早いな?もう見付けたのか?添付画像を確認すると、2羽の鳳凰の浮彫り細工が施された小振りの短刀が写っていた。本文に‘多謝’の文字。
老虎の一件の際、殷が短刀を使っているのを見た。それが若干刃毀れしたのも。なので似たような品が祝いには適当かなと考えた。対の鳳凰柄は、殷と宝珠のこれからへ願を懸けた意味もある。
画面を眺めて静かに片頬をあげる猫を揶揄う燈瑩。
「猫サマ優しいもんね」
「うるせぇなテメェは。もっかいマッカラン抜きてぇのか」
「うっそ、あれまだあるの?」
出してくるわと腰を浮かす猫に、じゃあ売り上げ空に乗っけてといつものやり取り。夕飯前には樹から‘みんないるよ’と食事のお誘いがくることだろう。
好天の九龍。朱塗りの露台の遥か向こうで、羽ばたいた鳥達が、雲を裂き───高く蒼穹へと舞い上がっていった。
皆様、今年はお世話になりました!来年もお手隙の際は九龍城砦で遊んで行って下さい!m(_ _)mペコリ
よければブクマや★★★もお待ちしております笑笑




