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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
324/492

儕と瑞鳥

両鳳連飛20






知ってる?龍鳳楼あたりの事件。聞いたけどよくわかんない、中流階級(ここ)らへんじゃ珍しい感じのやつでしょ。何十人も死んだとか。怖!スラムじゃん!でも何にもなかったよ、現場。え?行ったの?古いクラブの跡地だった。管理人のお爺ちゃんボケてたかも。ただの噂なのかなぁ?そーいや、富裕層エリアの人攫い、もーなくなったって!マジ?じゃあまた遊び行けるじゃん!






「…って感じだった。みんなの話」


食肆(レストラン)、テーブルで楊枝甘露(ヨンジーガムロ)を飲みつつ大地(ダイチ)が報告。寺子屋で学友が騒ぎ立てていた‘街のウワサ’。例の騒動は(ちまた)でそれなりに広まっているものの、表向きにはどうやら何事も無しに収まった様子。


(こっち)は…九龍に来とったグループが壊滅して、大陸ん奴らシャッポ脱いだみたいやわ。(しばら)く城砦には手ぇ出さへんのとちゃうか」


(カムラ)亀苓膏(かめゼリー)をつつきながら経過を伝える。無法地帯でセコセコと金策をしていた連中が一網打尽になってしまい、警戒した中国本土の関係者はそそくさと巣へ逃げ帰りナリを潜めたようだ。スパッと尻尾を切り落とし‘裏社会となんて繋がっていませんよ’と綺麗な顔でニッコリ、よくあるケース。


あの(あと)、ビルの掃除はオーナー──ボケてはいない。演技派──の心配りと業者の迅速な対応により数時間もかからず終了。今度お礼に茶菓子を持っていくとのほほんと語る燈瑩(トウエイ)に‘密輸(・・)は上手く行ったか’と(マオ)が問えば、‘死体は密輸じゃないし’との返答。(カムラ)は問題はそこではないと思ったが黙っておいた。


(イン)に関しては、(くだん)の抗争の末に相討ちだったとの情報を流布。ストリートからチンピラ、半グレ、マフィア連中へ少しずつ話題を浸透させる。【十剣客】はもう存在しない、殺し屋家業これにて幕引き。めでたしめでたし。


…とまぁ、アッサリいけば御の字なのだが。(イン)の顔を知っている人間は界隈にまだいくらか存在する。このまま九龍をウロウロするのもどうかということで、兄妹(きょうだい)はさしあたり(ほとぼ)りが冷めるまで中国外れの片田舎に引っ込むことに。中国外れといっても香港に近い境目、寂しがる(ネイ)(レン)に考慮した形。


「そしたら俺らも漢方とか薬とかのやり取り出来るしね」

「僕も、山の食材が手に入ったら送って欲しいでしゅ!ちゃんと買い取りますから!」


普洱茶(ポーレイチャ)を淹れて笑う(アズマ)(レン)が‘宝珠(ホウジュ)ちゃんは狩りが得意なんでしょう!お肉の仕入れは任せました!’と目を輝かせる。宝珠(ホウジュ)は湯呑みを受け取り、照れたように目尻を下げた。


「期待されると恐縮ですが…出来る限り頑張ります。(レン)さんのお店が繁盛するように」

「俺にも珍しい薬草あったら教えてよ、大陸(そっち)側でしか手に入んないやつもあるし」

(おまえ)それ違法ちゃうやろな」


盛大に眉間へシワを寄せた(カムラ)に咎められ、(アズマ)は‘宝珠(ホウジュ)ちゃんには(・・)そんなことさせるわけないでしょ’と慌てて首を振る。誰にならばさせるのか。


「ほらぁ、車用意出来たよ?(チャン)が着いた!」


ワヤワヤやっていると、声と共に(スイ)が入り口の扉から姿を現した。後ろには(イツキ)、餞別の熊猫曲奇(パンダクッキー)を両手に大量に提げている。持ち切れなかった分を持たされている(タクミ)も待機、抱きかかえた菓子が壁となり顔が見えない。宝珠(ホウジュ)は並んで腰掛けていた(ネイ)の手を取り立ち上がった。お見送りのお願い。


荷物は先に配送済み。そもそもそんなに遠くへと引っ越すわけではなく、来ようと思えばいつでもすぐに来られる距離。だのにまるで今生(こんじょう)の別れかのような土産の山だが…単に(イツキ)が加減を知らないだけでもある。初日に(マオ)が‘(イツキ)は大食いだから土産の加減がわかってねぇ’と言っていたのを思い返す(イン)。あの時も確か、曲奇(クッキー)を貰った。


「ありがとう(イツキ)…みんなも。何から何まで世話になったな」


謝辞を述べる(イン)に、お菓子なら気にするなと(イツキ)。全くもって趣旨が違う。しかし多分───世話をした(・・・・・)などとはこれっぽっちも感じていないからだ。‘仲間’に手を貸すのは当然で、礼を言われることでもない。皆そう思っている。それを理解した(イン)が、承知の上で、もう1度‘ありがとう’と告げた。


「てゆーか宝珠(あんた)(タクミ)に何か言わなくていいの?気に入ってんでしょ」

「え?いや、別にそういうアレじゃなくて」


(スイ)にけしかけられ驚く宝珠(ホウジュ)(タクミ)が頭を傾け()から顔を覗かせた。


「そーなの?サンキュ、また遊び来てよ。待ってるから」


ヘラッと笑って声を掛ける(タクミ)宝珠(ホウジュ)も笑顔を返す。なんだ、気に入ってるって本当に言葉通りなんだ…好きなわけじゃないのか…2人を交互に見やる(スイ)。どうしてかハラハラしていた(カムラ)(ネイ)が赤くなっている。純情。宝珠(ホウジュ)(ネイ)にコソッと耳打ち。


大地(ダイチ)くんと上手く行くように祈ってるね」


ますます頬を赤くする(ネイ)に、近寄ってきた大地(ダイチ)が不思議そうな表情。具合悪いの?と額に手を当てた。ヒャァと悲鳴をあげる(ネイ)、茹でた大閘蟹(カニ)のような色。(スイ)が笑いを噛み殺す。




大通り。調達した車を管理してくれていた(チャン)が、運転席より降りて(イン)へと鍵を渡し、名残惜しそうな様子でミラーを(さす)った。

手頃な値段で入手したスタイリッシュなマセラティ──‘免許あるんか’との(カムラ)の質問に(イン)は‘ギリギリある’と胡乱(うろん)な回答──は、山盛りの菓子を後部座席に積んで走り出す。挨拶がわりのクラクションを数回鳴らす(イン)。城塞を離れていく車体の窓から身を乗り出して、宝珠(ホウジュ)はいつまでも手を振っていた。


(マオ)、来なかったね」

「そーね…けど、香港から(あれ)持ってきたの(マオ)だって聞いたわよ」


車が見えなくなり呟いた(イツキ)へ、(アズマ)がニヤリとする。手配したのは燈瑩(トウエイ)だが転がしてきたのは(マオ)らしい。同乗した燈瑩(トウエイ)(いわ)く、ピックアップした港から城砦に着くまでに何度もスピード違反で捕まりかけたものの、全部ブッちぎって逃げてきたと。暴君。(マオ)は3桁以下の速度では走らない、付き合いの長い人間なら誰もが知っている。


面倒くさがりなのによく運転したな…なんでわざわざ…首を捻る(イツキ)微信(チャット)が鳴った。(レン)からだ、そろそろ料理が出来上がるらしい。見送りを終えてしょんぼりしている(ネイ)の髪を撫でる(タクミ)と、肩を叩く(スイ)大地(ダイチ)が明るく腕を引いた。(カムラ)(アズマ)(チャン)はスポーツカーについての雑談を交わし、(イツキ)宝珠(ホウジュ)がこれから仕留めてくれるであろう山の幸に思いを馳せながら、食肆(レストラン)へと(きびす)を返す。暖かい陽光の射す何気ない午後。











「あ、無事に出発したみたい。(カムラ)から‘任務完了’ってきた」

「あっそぉ」


相変わらずの【宵城】最上階。カウチで寝煙草をふかす燈瑩(トウエイ)がメールを読み上げるも、興味なさげに新聞を広げる(マオ)。右から左…といった(てい)燈瑩(トウエイ)は口角を吊った。


(マオ)も行けばよかったのに」

「行くわきゃねーっつの、ダリィ。どうせまた遊びに来るんだろ」

「そうだけど。せっかくプレゼント(・・・・・)もあったんだから」


その為に九龍(ここ)まで運転したんじゃんと含み笑い。むしろ、だからこそ行かなかったのだとわかってはいるが。楽しそうな雰囲気の燈瑩(トウエイ)を睨みつけ(マオ)はコキコキ首を鳴らす。


プレゼントなどという仰々(ぎょうぎょう)しい物でも無ければ(かしこ)まって渡すような物でも無いので、一言(ひとこと)つけたメモを添えてダッシュボードへと雑に突っ込んだ。開ければすぐ気付くと思うが───と、(マオ)の携帯に(イン)から写真が届く。早いな?もう見付けたのか?添付画像を確認すると、2羽の鳳凰の浮彫り細工が施された小振りの短刀が写っていた。本文に‘多謝(ありがとう)’の文字。


老虎(ラオフー)一件(いっけん)の際、(あいつ)が短刀を使っているのを見た。それが若干刃毀(はこぼ)れしたのも。なので似たような品が祝いには適当かなと考えた。(つい)の鳳凰柄は、(イン)宝珠(ホウジュ)のこれからへ願を懸けた意味もある。


画面を眺めて静かに片頬をあげる(マオ)揶揄(からか)燈瑩(トウエイ)


(マオ)サマ優しいもんね」

「うるせぇなテメェは。もっかいマッカラン抜きてぇのか」

「うっそ、あれまだあるの?」


出してくるわと腰を浮かす(マオ)に、じゃあ売り上げ(ソラ)に乗っけてといつものやり取り。夕飯前には(イツキ)から‘みんないるよ’と食事のお誘いがくることだろう。






好天の九龍。朱塗りの露台の遥か向こうで、羽ばたいた鳥達が、雲を裂き───高く蒼穹へと舞い上がっていった。

皆様、今年はお世話になりました!来年もお手隙の際は九龍城砦で遊んで行って下さい!m(_ _)mペコリ


よければブクマや★★★もお待ちしております笑笑

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