飛天と両鳳・後
両鳳連飛19
男の横腹に1本の細長い棒が生える。
矢だ。飛来した方向へ顔をむける殷。入り口付近、暗がり、開け放たれた扉の傍に───彗、そして短弓を引いている宝珠が居た。
殷は矢が刺さり膝をつく男へ瞬時に詰め寄り首元に刃を這わせる。息絶える直前に男の指先がプルプル震えていたのが視認できた。
おそらく、毒矢。考えている間に続々とマフィア連中に矢が生えていく。混乱する軍勢、パニックに乗じ、殷は宝珠が射った人間から優先的にとどめを刺して回る。宝珠に気付いた半グレ数人が入り口へ向かうも、次々に彗の三節棍の餌食になった。
マジか、宝珠ちゃん来てしもた!!絶対俺が送り間違えた微信のせいやん!!まさか大地も来よってんか…!?上は慌てて周りを見回す。と、再び目前に刃物を振りかぶった男。マズい…これは、防御が間に合わない。刺さる───負傷の軽減だけでもと頭の上に手をかざした瞬間、男と上の間合いに滑り込んだ影。
影は漢剣でナイフを受け止め、素早く刀身を返し相手の腹を一文字に斬りつけた。フワフワと揺れる犬のような茶髪に上は喫驚。
「蓮!?お前も来たんか!?」
「ははははい!!すすすいません殷しゃん、刀勝手に借りました!!」
噛み噛みの蓮が無断使用を謝罪。とはいえ漢剣は不得手、相手の傷は浅く、斬撃を浴びた男はよろけながらも依然臨戦態勢。剣を握り直す蓮。再度両者が激突───する前に、上方から降ってきた誰かが男を踏み潰した。ゴキンと骨の折れる音、180度回る首。
「上、蓮。下がって」
見慣れた服と人民帽。樹!と上が声をあげた時には樹は手近な1人の膝裏を踏み付け隣の1人の顎を蹴りつけ、2人を転がすと、同じく両方の首をクルリンと180度回していた。ものの数秒。あっという間。
いやいやいや…どういうこっちゃこの早業?俺あんなに苦戦したのに…上はまたも遠い目をしつつ、蓮を連れて離れた場所へ。文字通りのバトンタッチ。
さしあたり上側の敵が居なくなったことを確認し、樹は殷へと駆ける。ハイ・ジャンプして半グレ達の頭上を飛び越すと中央に立つ殷の隣に着地、トンッと背中を合わせた。
「ごめん。遅くなった」
「貴様が謝る道理は無いだろう?自分の所為なのだから」
言いながら殷は宝珠を見やる。樹もその視線をなぞった。フワリと揺れる中華服の裾を握り締め、涙目でこちらを見据えている宝珠。横に居た彗が茶化すように笑って舌を出し、樹はコクンと頷いた。お互い上の連絡を受けてたまたま途中で合流しやってきたのだが…詳細を説明している暇はない。ただ、一言だけ。
────誰だって誰かの選択に口を出すことなどできない。だけど。
「一緒に居られるなら…居たほうが、いい」
樹の言葉に殷は眉をあげ、そして、少し微笑った。
その眼前へと敵の凶刃が迫っていたが、殷はそちらへ目を向けもせず刃を受け流し二刀で頸動脈を裂く。ノールック。死体を盾にして別方向からの銃弾を防ぐ。
発砲してきた男へ跳んだ樹がミドルキックで拳銃を叩き落とし、そのまま回転して側頭部へと連打のハイキック、前のめりに下がった頭を掴んで捻った。捩れた首が床につくより早く他方の男の懐へ。
飛び道具に対しては、臆さず逆に密着すれば隙が生まれる。片一方の手で相手の腕を抑え込み銃を無力化し、もう片一方で顎に掌底をブチ込んだ。倒れ込む男の背を足場にして、後ろの輩へ肩車よろしく乗っかると顔に掌を添え素早く視界の上下を入れ替える。景色がアベコベになった理由もわからず突っ伏す死体は捨て置き、今度は隣。身構える男と鼻がぶつかりそうな距離まで一気に近付きフッと姿を消す樹。フェイント、下。足を払えば傾ぐ体、その陰に身を隠すと向かい側より飛んできた鉛玉が男にバスバスめり込む。撃ったらしき人物を防御壁の脇からチラリと覗くと赤い血飛沫。丁度殷が噴水にしているところだった。
沈んでいくマフィア連中を遠巻きに見ながら宝珠がこぼす。
「樹さん、とっても強いね」
「当然!彗の爸爸、すごいもん!けど兄様だって強いじゃん」
得意気に三節棍をヒュンヒュン回す彗。爸爸のくだりに宝珠は疑問符を浮かべたが、続いた殷への賛辞にはにかむ。
「うん。兄様はね…私の誇りなの…」
先ほど宝珠が放った一撃。殷を守れはしたものの、毒矢だと気付いた殷はすぐさま男の首を落としにいった。毒で死なせない為、あくまで、‘殺したのは自分’だとする為に。そのあとに射った者も全員、事切れる前に殷がとどめを刺していた。
護られている。昔からずっと。けれど、その想いや覚悟を…共に背負っていきたいのだ。誰が何を言おうとも、殷自身がどう思っていようとも、兄は私の誇りだ。1人で抱えている物を分けて欲しい────私達は、2人の兄妹なのだから。
あらかた敵の軍勢が片付き、もはや運の悪い生き残りの首を職人がポキポキ折って回るだけとなった頃。
宝珠は殷に走り寄り胸元に顔を埋める。殷が返り血を気にし‘汚れるぞ’と困ったように笑んでその髪を撫でた。構いませんと答え、宝珠は殷に向き直りハッキリと紡ぐ。
「兄様、宝珠は兄様の足を引っ張るばかりで…今までどれだけご迷惑をお掛けしたか、そしてこれからもお掛けしてしまうか…」
一旦区切り、少し下唇を噛んだ。しかし眼差しにこもった決意は揺るがない。
「それでも、お役に立てるように努めて参ります。どうか宝珠を頼って下さい」
───宝珠やって、守られてばっかりとちゃう。見えんとこで成長しとんねん。一緒に歩いて行こ思て、頑張っとるはずやねん。ほんならそこには殷が居おらんと駄目なんよ。
今しがた、上に言われたばかりの台詞。殷が視線を寄越せば饅頭と吉娃娃は仲良く並んでオーケーサイン。傍で満足そうに腕組みしている彗がクイッと顎をあげた。殷は眉尻を下げ、微笑んで宝珠の瞳を見詰める。
「自分が…気付けていなかったのだな。礼を言うよ上。宝珠、許してくれるか?」
「許す許さないの問題ではありません!」
可愛らしく頬を膨らませる宝珠に殷は破顔。上はうっすら目頭を熱くさせた、涙もろい饅頭。BGMは職人の奏でるマフィア連中の断末魔だったが。
全てを片付けトコトコ戻ってきた職人が肩を竦める。
「やったことはやったけど。どうする?死体」
「控え目に言って大惨事ね」
「あっ、それな。大地から連絡きててん、龍鳳楼ならほっといてええて燈瑩さんが言うとるって」
彗の大惨事発言に上も肩を竦めつつ、スマホの画面を表示。どうやらこのビルオーナーが知り合いの様子。‘あ!あのお爺ちゃん?’と指を立てる彗、住居を紹介してくれた茶飲み友達。お片付けや隠蔽工作の口裏を合わせてくれるとのことで、後始末の心配はしなくていいらしい。
ならばとっととズラかるが吉。上と蓮は殷を促し、彗は宝珠の手を取った。東に微信を送信する樹。
〈一齊返屋企〉
〈得啦〉
即レス、料理の写真付き。場所は食肆だ。燈瑩の手が写ってる…あれ、そしたら俺微信しなくてもよかったか?上が連絡してたし…まぁいいか。樹は絵文字のスタンプを返すと、用意されているであろう様々なご馳走に思いを巡らせながら、携帯をたたみ皆の跡を追った。




