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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
322/492

飛天と両鳳・後

両鳳連飛19






男の横腹に1本の細長い棒が生える。




矢だ。飛来した方向へ顔をむける(イン)。入り口付近、暗がり、開け放たれた扉の傍に───(スイ)、そして短弓を引いている宝珠(ホウジュ)が居た。


(イン)は矢が刺さり膝をつく男へ瞬時に詰め寄り首元に刃を這わせる。息絶える直前に男の指先がプルプル震えていたのが視認できた。

おそらく、毒矢。考えている()に続々とマフィア連中に矢が生えていく。混乱する軍勢、パニックに乗じ、(イン)宝珠(ホウジュ)()った人間から優先的にとどめを刺して回る。宝珠(ホウジュ)に気付いた半グレ数人が入り口へ向かうも、次々に(スイ)の三節棍の餌食になった。


マジか、宝珠(ホウジュ)ちゃん来てしもた!!絶対俺が送り間違えた微信(メッセ)のせいやん!!まさか大地(ダイチ)も来よってんか…!?(カムラ)は慌てて周りを見回す。と、再び目前に刃物を振りかぶった男。マズい…これは、防御が間に合わない。刺さる───負傷の軽減だけでもと頭の上に手をかざした瞬間、男と(カムラ)の間合いに滑り込んだ影。

影は漢剣でナイフを受け止め、素早く刀身を返し相手の腹を一文字(いちもんじ)に斬りつけた。フワフワと揺れる犬のような茶髪に(カムラ)は喫驚。


(レン)!?お前も来たんか!?」

「ははははい!!すすすいません(イン)しゃん、(これ)勝手に借りました!!」


噛み噛みの(レン)が無断使用を謝罪。とはいえ漢剣は不得手、相手の傷は浅く、斬撃を浴びた男はよろけながらも依然臨戦態勢。剣を握り直す(レン)。再度両者が激突───する前に、上方から降ってきた誰かが男を踏み潰した。ゴキンと骨の折れる音、180度回る首。


(カムラ)(レン)。下がって」


見慣れた服と人民帽。(イツキ)!と(カムラ)が声をあげた時には(イツキ)は手近な1人の膝裏を踏み付け隣の1人の顎を蹴りつけ、2人を転がすと、同じく両方の首をクルリンと180度回していた。ものの数秒。あっという間。

いやいやいや…どういうこっちゃこの早業?俺あんなに苦戦したのに…(カムラ)はまたも遠い目をしつつ、(レン)を連れて離れた場所へ。文字通りのバトンタッチ。


さしあたり(カムラ)側の敵が居なくなったことを確認し、(イツキ)(イン)へと駆ける。ハイ・ジャンプして半グレ達の頭上を飛び越すと中央に立つ(イン)の隣に着地、トンッと背中を合わせた。


「ごめん。遅くなった」

「貴様が謝る道理は無いだろう?自分の所為(せい)なのだから」


言いながら(イン)宝珠(ホウジュ)を見やる。(イツキ)もその視線をなぞった。フワリと揺れる中華服の裾を握り締め、涙目でこちらを見据えている宝珠(ホウジュ)。横に居た(スイ)が茶化すように笑って舌を出し、(イツキ)はコクンと頷いた。お互い(カムラ)の連絡を受けてたまたま途中で合流しやってきたのだが…詳細を説明している暇はない。ただ、一言(ひとこと)だけ。


────誰だって誰かの選択に口を出すことなどできない。だけど。


「一緒に居られるなら…居たほうが、いい」


(イツキ)の言葉に(イン)は眉をあげ、そして、少し微笑(わら)った。


その眼前へと敵の凶刃が迫っていたが、(イン)はそちらへ目を向けもせず刃を受け流し二刀で頸動脈を裂く。ノールック。死体を盾にして別方向からの銃弾を防ぐ。

発砲してきた男へ()んだ(イツキ)がミドルキックで拳銃を叩き落とし、そのまま回転して側頭部へと連打のハイキック、前のめりに下がった頭を掴んで(ひね)った。(ねじ)れた首が床につくより早く他方の男の(ふところ)へ。

飛び道具に対しては、臆さず逆に密着すれば隙が生まれる。片一方(かたいっぽう)の手で相手の腕を抑え込み銃を無力化し、もう片一方(かたいっぽう)で顎に掌底をブチ込んだ。倒れ込む男の背を足場にして、後ろの輩へ肩車よろしく乗っかると顔に(てのひら)を添え素早く視界(・・)の上下を入れ替える。景色がアベコベになった理由もわからず突っ伏す死体は捨て置き、今度は隣。身構える男と鼻がぶつかりそうな距離まで一気(いっき)に近付きフッと姿を消す(イツキ)。フェイント、下。足を払えば(かし)ぐ体、その陰に身を隠すと向かい側より飛んできた鉛玉(なまりだま)が男にバスバスめり込む。撃ったらしき人物を防御壁(・・・)の脇からチラリと覗くと赤い血飛沫。丁度(イン)噴水(・・)にしているところだった。


沈んでいくマフィア連中を遠巻きに見ながら宝珠(ホウジュ)がこぼす。


(イツキ)さん、とっても強いね」

「当然!(スイ)爸爸(パパ)、すごいもん!けど兄様(あにさま)だって強いじゃん」


得意気に三節棍をヒュンヒュン回す(スイ)爸爸(パパ)のくだりに宝珠(ホウジュ)は疑問符を浮かべたが、続いた(イン)への賛辞にはにかむ。


「うん。兄様(あにさま)はね…私の誇りなの…」


先ほど宝珠(ホウジュ)が放った一撃(いちげき)(イン)を守れはしたものの、毒矢だと気付いた(イン)はすぐさま男の首を落としにいった。毒で死なせない為、あくまで、‘殺したのは自分(・・)’だとする為に。そのあとに()った者も全員、事切れる前に(イン)がとどめを刺していた。

護られている。昔からずっと。けれど、その想いや覚悟を…共に背負っていきたいのだ。誰が何を言おうとも、(イン)自身がどう思っていようとも、兄は私の誇りだ。1人で抱えている物を分けて欲しい────私達は、2人の兄妹(きょうだい)なのだから。



あらかた敵の軍勢が片付き、もはや運の悪い生き残りの首を職人(・・)がポキポキ折って回るだけとなった頃。

宝珠(ホウジュ)(イン)に走り寄り胸元に顔を埋める。(イン)が返り血を気にし‘汚れるぞ’と困ったように()んでその髪を撫でた。構いませんと答え、宝珠(ホウジュ)(イン)に向き直りハッキリと紡ぐ。


兄様(あにさま)宝珠(ホウジュ)兄様(あにさま)の足を引っ張るばかりで…今までどれだけご迷惑をお掛けしたか、そしてこれからもお掛けしてしまうか…」


一旦(いったん)区切り、少し下唇を噛んだ。しかし眼差しにこもった決意は揺るがない。


「それでも、お役に立てるように努めて参ります。どうか宝珠(ホウジュ)を頼って下さい」


───宝珠(あのこ)やって、守られてばっかりとちゃう。見えんとこで成長しとんねん。一緒に歩いて行こ思て、頑張っとるはずやねん。ほんならそこには(イン)が居おらんと駄目なんよ。


今しがた、(カムラ)に言われたばかりの台詞。(イン)が視線を寄越せば饅頭と吉娃娃(チワワ)は仲良く並んでオーケーサイン。(そば)で満足そうに腕組みしている(スイ)がクイッと顎をあげた。(イン)は眉尻を下げ、微笑んで宝珠(ホウジュ)の瞳を見詰める。


「自分が…気付けていなかったのだな。礼を言うよ(カムラ)宝珠(ホウジュ)、許してくれるか?」

「許す許さないの問題ではありません!」


可愛らしく頬を膨らませる宝珠(ホウジュ)(イン)は破顔。(カムラ)はうっすら目頭を熱くさせた、涙もろい饅頭。BGMは職人の奏でるマフィア連中の断末魔だったが。


全てを片付けトコトコ戻ってきた職人(イツキ)が肩を竦める。


やった(・・・)ことはやった(・・・)けど。どうする?死体(これ)

「控え目に言って大惨事ね」

「あっ、それな。大地(ダイチ)から連絡きててん、龍鳳楼ならほっといてええて燈瑩(トウエイ)さんが()うとるって」


(スイ)の大惨事発言に(カムラ)も肩を竦めつつ、スマホの画面を表示。どうやらこのビルオーナーが知り合いの様子。‘あ!あのお爺ちゃん?’と指を立てる(スイ)、住居を紹介してくれた茶飲み友達。お片付けや隠蔽工作の口裏を合わせてくれるとのことで、後始末の心配はしなくていいらしい。

ならばとっととズラかるが(きち)(カムラ)(レン)(イン)を促し、(スイ)宝珠(ホウジュ)の手を取った。(アズマ)微信(チャット)を送信する(イツキ)


一齊返屋企(いっしょにかえる)

得啦(オッケー)


即レス、料理の写真付き。場所は食肆(レストラン)だ。燈瑩(トウエイ)の手が写ってる…あれ、そしたら俺微信(チャット)しなくてもよかったか?(カムラ)が連絡してたし…まぁいいか。(イツキ)は絵文字のスタンプを返すと、用意されているであろう様々なご馳走に思いを巡らせながら、携帯をたたみ皆の跡を追った。

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