飛天と両鳳・中
両鳳連飛18
全員が呆気にとられる中、殷は上の襟首を掴むとソファの後方へ飛び退き身体を隠す。倒れ込む噴水から銃を拝借し上へパス。
「持っておけ。なるべく貴様には被害が及ばないように努めるが」
「もう闘るんか!?いや、そりゃしゃーないけど!!」
樹を待ちたかったとオタオタする上に殷は破顔、案ずるなと肩へ手を乗せる。
「この程度が如何にも出来ないようでは猫に申し訳が立たないだろう?彼奴の評価に恥じぬ働きをしないとな」
言うなり、身を翻してソファを乗り越え群勢の前に立った。向けられる銃口。しかし次の瞬間───まばたきの間に距離を詰めた殷の二刀は、10メートルほど離れた正面に構えていた男を斬り伏せていた。まるでフィルムのコマをスキップしたかのような、目にも止まらぬ速度。
場はシンと静まり返るも、刀身の血を払う殷が辺りを一瞥し薄く笑むと止まっていた時は流れ出し、ある者は発砲しある者は武器を携え殴りかかってきた。殷は顔色ひとつ変えずにその首元をスルスルと刃先で撫でていく。相手の得物が拳銃だろうが鉄パイプだろうが対応は全て同じ、左の刀で受けて、右の刀で斬る。それだけ。
背を反らせて躱し、武器を弾いて、斜めに踏み込んで斬る。体勢を低くして避け、攻撃を捌いて、立ち上がりざまに斬る。パターンとしては単調な繰り返し。けれど単調が故に、一切の無駄がない。演舞にも似た動き。
上はソファから顔を覗かせ様子を窺う。猫のカタに嵌まらない戦い方とは真逆の様式…あっちはあっちで派手やけど、こっちはこっちで流麗やな…。虚空に絵を描くかのごとく躍る刀身の軌跡。けれどやはり、どうしても敵側の数が多い。何とか俺も手助け出来ひんかな?思いつつ眺めていると顎で何かを差し示す殷と目が合った。ん?何や、後ろか?───後ろ!?振り返った上の眼前に迫る男と大ぶりのナイフ。
「うぉぁ!?」
叫びながら咄嗟に身体を下方へ滑らせると、振りおろされたナイフは上の頭上を過ぎてソファのバックレストにブッ刺さった。殊のほか深く刃が食い込んだようですぐには引き抜けず、男の2撃目がワンテンポ遅れる。隙を見逃さずに上はピストルを構えた。狙いは、ええと…右腕らへん!この距離ならミスはない、はず!引き金を絞る。発射された弾丸は肩へ命中、よろめき崩折れる男。その脇からもう1人が鉄パイプを横薙ぎにスイング、上は再度、肩口に狙いを定めてトリガーを引くも…まさかの弾が出ない。
えっジャムったん!?ここで!?嘘やん!!マズいマズいマズい────あぁもう!!
上はピストルを相手の顔面に向けてブン投げた。鉄の塊はゴインと鼻っ柱にぶつかり、男が屈む。間髪いれずボディブローを叩き込んだ。予想外に見事にキマり床へと這いつくばる男、呻く2人を見下ろす上。
やった!!宣言通り、2人!!ってアホか…少なすぎるわ、喜んでいる場合では…脳内で忙しなく独りごちる間にまた新手が向かってきた。3人目、エクストラステージ。キッと相手を睨みつける。お前は素手か?素手やんな?刃物とか隠し持ってへんよな?な?よし来い!!
顔面に向けて放たれた拳を両手でガード。かなり腕がジンジンしたが、構わず相手の服を掴み鼻頭にヘッドバッドをいれる。男は後退るもすぐに再度ストレートを繰り出してきた。膝を曲げ間一髪で回避、立ち上がりつつ勢い任せにタックル。地べたにゴロゴロ転がり泥仕合にもつれこむ。パンチを防御出来たり出来なかったり、殴り殴られ、なんやかんやと粘る上に男は舌打ち。
「なんだこのデブ、ちょこまかと…」
「誰がデブじゃ!!」
上は素早くストールを外し、男に向けて放った。フワッと舞って視界を奪う大判の布。一瞬の目眩まし…ちゅうかこのやりとり、憶えがあるな?魔鬼山炮台やったか。あん時は東のハーブバッグ投げて、陽んこと守ろうとして…。
───選ばれたのは貴様なのだ、もっと自信を持て。でないと彼女の審美眼に難があるということになってしまう。
唇を引き結ぶ上。デブちんだろうが何だろうが、俺やって前に進んどんねん。もう自分を下げるようなことはよう言わん。もっとイイ男になる、こっからや、当たり前やろ?陽が選んだ男なんやから!
「いうてな、デブ舐めとったらアカンで!?やるときゃやんねんぞ!!」
上は纏わり付くストールを取り払おうとしている男の上をとる。仰向けでガラ空きの胸元、今だエルボー!!そこそこ──かなりそこそこ──ヘビーな全体重をかけた肘鉄が鳩尾に刺さり悶絶する男。
K.O.3人目。快挙。ヨロヨロと上半身を起こすデブちん。
殷はそれを見やり頬を弛めたが、後方の輩が1人、まだ体勢を立て直していない上へ照準を定めんとするのを視界の端に捉えた。即座に射線…男と上との間へ身体を入れる。銃を持ちあげた男と視線が重なり、気付いたらしき上が、名前を呼んだように聞こえた。
この銃弾は────去なせない。殷が思うと同時に、ドスッと、くぐもった鈍い音が空気を震わせた。




