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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
319/492

不撓と誰が為・後

両鳳連飛16






「え?今から?」

「せっ、せやねん、すまんっ!俺が、油断、しとった!」


【東風】店内。急な展開に驚く(イツキ)へ電話口の(カムラ)はゼェゼェ言いながら謝る。どうやら走っている様子。


話によると。(カムラ)は、例の会合は来週との説を聞いており…(イン)もそんな素振りを見せていたのでこの週末はノーマークだった。が───それはフェイク、襲撃やトラブル回避の為、あえて流されていた誤情報。

本当の日付は今日。(イン)の素振りもブラフ…皆が知ってしまえば手助けに来るのがわかっていたからだ。いつも通りに諜報活動がてらストリートを徘徊していた(カムラ)は、街の微細な動きにいち早く勘付き(イン)の周りを巡る噂を辿って関連性を確認。四方八方を探って現場の特定まで至った。


「龍鳳楼、とこの、ビルやって、集まるん。あっこ、だいぶ前っ、から、使われ、てへんねん」


中流階級側の富裕層地域寄り。襲撃事件よりこっち、なるべく中流階級(エリア)内に留まることにしていたのが幸いしかなり近くに居た(カムラ)は、そのまま指定場所へと急いで向かうことにしたらしい。

龍鳳楼か…【東風(ここ)】からだと若干遠いが…わかったと答え、頭の中で道順(ルート)を考える(イツキ)


「なるべく早く行く。でも(カムラ)平気なの?」

「平気かちゅー、たら、駄目やろけど。やけど、俺が、いっちゃん()よ着けるっ、し」


あがりきった息。喧嘩だって強くない。到着したところで()しになるのかは(カムラ)自身も(はなは)だ疑問ではあったが────それでも、力強く言った。


「俺も…信じたい、ねんな。護りたいって、想ったんは、嘘やないし…無駄やなかった、って。やから」


耳にした(イツキ)は、再び、拳を握り締める。


(イン)と話したあの時。自嘲する(イン)へ、宝珠(ホウジュ)を護りたい気持ちは打算的なものではないはずだと伝えた時。(イツキ)(シュウ)を思い出していたように(カムラ)もまた───(カズラ)を思い出していたのだ。


了解と頷き立ち上がった(イツキ)は、携帯を畳み帽子をかぶる。上着を羽織り玄関を出て行く背中へ(アズマ)が声を掛けた。


食肆(レストラン)で色々作って待っとくから。みんな(・・・)で帰っておいで」


その言葉にサムズアップしつつ入り口の扉を(くぐ)り、軽く数回屈伸をすると地を蹴って一気(いっき)に加速。看板や室外機、水道管を足掛かりにトントン壁面を登り屋上へ。エリアを跨いだ移動であれば基本的に、迷路よろしく入り組んだ下道(した)を抜けるよりも障害物のない屋上(うえ)を走ったほうが早い。(イツキ)はもう1度屈伸をして帽子をかぶり直す。足裏に力を込め、靴底を鳴らすと、九龍の重たく湿った空気を裂いて高く飛んだ。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「これ、絶対そうだったってば」


スマホの微信(チャット)、‘送信取消’の文字をメンバーに突き付け真剣な顔をする大地(ダイチ)(スイ)は眉根を寄せた。


「じゃあ何?誰かが今からそこ殴り込むってこと?」

「だよ!(カムラ)(イツキ)と送り間違えたみたい」


城砦壁際。(イン)宝珠(ホウジュ)の自宅。


(イン)が出掛けてしまって暇を持て余していた宝珠(ホウジュ)(スイ)が連絡、今回はこちらのお宅訪問をする運びに。

ダーツをしたり(レン)持参のスイーツを食べたりとワイワイやっていたが、大地(ダイチ)に届いた微信(チャット)によりムードは一変(いっぺん)。文章は一瞬(いっしゅん)だけ表示されすぐ消えてしまったものの、記載されていた地名とやけにパニクった感じの文面から推測するに…どうも仲間(うち)の人間がこれからその場所へ乗り込む模様。誰が誰を相手にカチコムのか各々(おのおの)予想をたてる中で───(レン)がこわごわ口を開く。


「もしかして…(イン)しゃんでは…?」


全員の注目を浴びオロオロする吉娃娃(チワワ)は、先日(マオ)に連れられ(イン)一席(いっせき)(もう)けた夜のことをつっかえつっかえ説明。初耳な宝珠(ホウジュ)、及び大地(ダイチ)(ネイ)が目を見開き、ピンクカジノの件と照らし合わせてある程度の話が繋がった(スイ)は気怠げに首を回した。


「えっと…じゃあ、(イン)さんは…その人達の所に行ったということですか…?」

「と思います。数が多いから、んー、危ない(・・・)って師範は言ってたんでしゅけど」


おずおずと尋ねる(ネイ)へ、‘死ぬぜ’と口にしていたとは言えずオブラートに包んで濁す(レン)。ハッと何かを思い付いた様相の宝珠(ホウジュ)が慌てて押し入れを漁りにいく。ガサゴソガサゴソやったのち、青ざめた顔で唇を震わせた。


「無い…兄様(あにさま)の、双剣…」


普段腰に下げている物とは違う───特別な1対が持ち出されていた。(イン)がそれを使うのは大切な場面でのみ、ひいては、大きな仕事をするときだけだ。


決着(ケリ)をつける気か。


眉尻を下げ膝をついたままの宝珠(ホウジュ)(レン)(しばら)く小さな後ろ姿を成す(すべ)無く眺めていたが…ふいに決意を固めた様子で近付くとその肩を掴み振り向かせた。


「行きましょう、僕達も」



思いがけない発言。



見ていた(スイ)の口角が上がる。こいつ、いつもキャンキャン鳴いてるだけの吉娃娃(チワワ)の癖に…やるときゃぁやるじゃん…?ニヤリとすると人差し指を立てた。


(アンタ)、ウチらに話しただけでも(マオ)に怒られそーなのに焚き付けちゃっていいわけぇ?」

「そっ、そんなのはいいんです!怒られればいいんですよ!行きましょう宝珠(ホウジュ)ちゃん」


説教などは食らえばいいのだ。やりたければやってしまえ、小言は後々(のちのち)の自分に散々聞いてもらおう。(レン)の返答に(スイ)はケラケラ笑って腰を上げたが、宝珠(ホウジュ)はいかんせん、固まったまま瞼を伏せた。


「でも…私が行っても、邪魔になるから…」


服の裾を握りボソボソこぼす。


兄様(あにさま)が話さないなら、‘来るな’、ってことでしょう。私は…帰りを待ってたらいいの…いつも通り、に」


平然を装って発したつもりが、語尾が揺れてしまった。いつも通り(・・・・・)、とはいかない自分が胸中で暴れていた。


────正直に願いを吐露すれば。護られてばかりではないと…私も兄様(あにさま)を護りたい、護れるのだと…力になれると、証明したい。この九龍(まち)の暮らしで芽生えたそんな想いが、心を動かしていた。


(スイ)宝珠(ホウジュ)に歩み寄る。傍にしゃがみ込み、その両頬に指を添えて、(ひたい)(ひたい)をくっつけ瞳を見詰めた。宝珠(ホウジュ)(スイ)の瞳を見返す。瞬間、(スイ)の頭がパッと後ろに振れ、そして。



ゴンッ。



「────っ痛ぁぁあ!?」


不意打ちの頭突き、クリティカル・ヒット。叫んだ宝珠(ホウジュ)がデコを両手で押さえ丸まった。かました(スイ)はハンッと鼻を鳴らす。


「ウっジウジやってんじゃないわよ。宝珠(アンタ)はどうしたいの?(イン)のとこ行きたいの?」


仁王立ちになり、腕組みして宝珠(ホウジュ)を見下ろした。宝珠(ホウジュ)は潤んだ目で(スイ)を見上げ、逡巡し、か細く発する。


「…行きたい…」

「行くよ!だったら!」


不敵に笑った(スイ)が伸ばしてきた腕を、キュッと唇を結んだ宝珠(ホウジュ)が掴んだ。立ち上がって視線を合わせ頷く。鍵!との(スイ)の指示に(レン)食肆(レストラン)の鍵を出し、(スイ)はそれを大地(ダイチ)(ほう)る。


大地(アンタ)(ネイ)連れて食肆(レストラン)行っといて。留守番任せたわよ。カノジョ(・・・・)食肆(みせ)、しっかり守んなさい」


何も気付かず‘オッケー!’と親指を上げる大地(ダイチ)の横で、(ネイ)が頭から湯気をのぼらせる。鈍チンなカレシ(・・・)

食肆(レストラン)へと向かう2人を見送り、(スイ)宝珠(ホウジュ)、プラス吉娃娃(チワワ)は、城砦の路地裏を足早に駆け出した。
















「で?オメェはなにしてんだ」


【宵城】最上階、渋面(じゅうめん)(マオ)へカウチで仰向けに体を伸ばす燈瑩(トウエイ)が首をむける。この(ヤクザ)…相変わらずどうでもいい理由をつけて部屋へと来訪、まったりしだしては動かない。


「なにって、のんびりしてる」

「暇なら参戦してこい」

(イツキ)が行ってるじゃん」


だから俺は欠席(・・)して平気だよと(カムラ)のメールを読みつつニコニコ煙草をふかす燈瑩(トウエイ)に、(マオ)は射殺せそうなほどのガンを飛ばす。‘怖ぁ’と肩を竦める燈瑩(トウエイ)、絶対微塵(みじん)も思っていない。ゴロリと寝返りをうって(マオ)へ向き直った。


「ほんとは(マオ)も行きたいくせに」

「あぁ?アホぬかせ。んな訳ねーだろ」


舌打ちしつつ答えてパイプに火をいれる(マオ)、ユルユル流れる白煙が部屋を満たしていく。燈瑩(トウエイ)も黙って紙巻きを吸い込んだ。2本3本と燃え尽きる間に、(マオ)もパイプの灰を捨ててまた新しい葉を詰め直す。そよぐ(ぬる)い風が、開け放たれた窓を抜け頬を撫でた。

そうして特に会話も無くだいぶ経ってから、(マオ)は溜め息と共に呆れた声を(しぼ)る。


「いつまでダラダラすんだ」

「あとちょっと、【宵城(みせ)】の開店時間まで。それくらいに丁度大地(ダイチ)食肆(レストラン)着くみたい。微信(チャット)きてた」

「なら今から食肆(そっち)向かっときゃいいだろが」

「だって(マオ)()でしょ?」


垂れ目の(はじ)を下げて、(ゆる)く微笑む。()とは…もちろん言葉通りの意味ではない。(マオ)燈瑩(トウエイ)を見た。



────本当に、燈瑩(コイツ)は。こういうところがムカつくのだ。



「好きにしろよ」


ぶっきらぼうに吐き捨てた(マオ)の口元が(ほころ)んでいるのを認め、燈瑩(トウエイ)は‘それまで何か呑んじゃおっか’と更に目尻を下げて(マオ)を誘う。


「あっそぉ。じゃマッカランのMデキャンタ開けようぜ」

「えっ?けっこうヤバいの選んでくるね」

「オーダーする奴いねんだわ、(うめ)ぇのに。これ伝票な」

「味じゃなくて値段の問題だからじゃない…うわ請求額エグっ」


大した事ねーだろとケタケタ(わら)(マオ)に大した事あるよと返しつつ燈瑩(トウエイ)も笑い、‘売り上げ(ソラ)に乗っけといて’とリクエスト。そろそろホールに飾る(ソラ)のパネルを作るかと思いながら、(マオ)はボトルを取り出し、勢いよく栓を抜いた。

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