羅漢果と花旗参
両鳳連飛14
「兄様!お帰りなさい!」
玄関の扉を開くと明るい宝珠の声、部屋に漂う羅漢果茶の香り。テーブルに乗せられた多種多彩な食べ物を見て殷は笑みをこぼす。
「こんなに貰ったのか」
「はい。試作品や作り過ぎてしまった物まで全て持たされました」
「小蓮の偽言だろう、それは」
食肆へと遊びに行っていた宝珠は、本日も蓮ご自慢の様々な料理を渡されて帰宅。
ただ単におもたせというと殷や宝珠が遠慮するのは承知なため、蓮は毎回、お土産を渡すのにあれこれ理由をつけてくる。‘沢山食べてもらえると嬉しいでしゅ!’とのことだ、樹の食べっぷりに嬉々として中華鍋を振るう姿を見ていると大食い客の相手は確かに廚師冥利に尽きるのだろうが…それにしても毎度、量が凄まじい。次回の支払いを倍にするかと思いつつ殷は食卓についた。
「前菜は金錢雞、副菜に鹹魚炒芥蘭、主菜が鳳梨蝦球です。デザートは新作オリジナル杏仁雪糕とおっしゃっていましたよ」
「また新作か。一体どうしたらそんなに新作を生み出せるのかな」
含み笑いの殷は羅漢果茶を一口啜る。とどまるところを知らない吉娃娃の発想力。
「いかがでしたか?お仕事…の、ほうは」
鳳梨蝦球を取り分ける宝珠が控え目に問う。殷は小皿を受けとり、今日は猫のところへ顔を出しただけだからと優しい声音。
「宝珠はどうだった、食肆には皆集まっていたのか」
「匠さんと寧ちゃんが居ました!お喋りをして、そのあと彗ちゃんと寧ちゃんは大地君と合流して…寧ちゃんが嬉しそうで私まで嬉しくなっちゃった。大地君と上手くいくといいな!それで、私は帰りは匠さんに送ってもらって」
楽しげに1日の出来事を語る宝珠へ、殷は悪戯な雰囲気で口を挟んだ。
「良かったじゃないか」
「はい、寧ちゃんは内気なので…彗ちゃんが取り持ってくれてますから…」
「ではなくて。匠は宝珠の気に入りだろう」
「え!?そちらですか!?」
とはいえ何があるという訳ではないと慌てる宝珠に殷は愉快そうに破顔。しかし‘揶揄うと兄様が必殺技を練習してる動画、みんなに披露しますよ’と怒られスンとした面持ちで黙り込む。
そんなものいつ撮っていたというのか…全く気が付かなかった。教えていないのに高まる隠密スキル、天晴だ我が妹…。
「そういえば寧ちゃんの夢を聞いたんです!音楽関係のお仕事がしたいって」
「へぇ?そうか、いいな。うん。それはとてもいい。素敵だな」
声を弾ませる宝珠へ、妙に多くの相槌を打つ殷。透けて見える内心の動揺。例のムービーの存在に気を取られている様子の殷に宝珠はニンマリし、兄様ちゃんとお話し聞いてくださってます?と口元に手を当てる。聞いてる聞いてると殷は焦ってコクコク首を振った。
「それで…私も打ち明けたんです。漢方や、お薬に関するお仕事に就きたいと」
はにかんで発する宝珠に、やや間をあけて、殷がまた‘素敵だな’と返した。今度は非常に嬉しそうなトーン。
「薬師を目指すのか。必ず成れるよ」
「皆様、そう励まして下さいましたけれど。恥ずかしいです…まだ経験も浅いのに…」
「東が居るじゃないか。奴は巫山戯た側面が目立つが、その実とても良い師であるから」
そうですねと宝珠はクスクス笑う。知識と腕だけを見れば、東はなかなか一流の薬師だ。知識と腕だけを見れば。
「明日もお出かけに?」
「ん、あぁ。野暮用だが」
湯呑みを傾けて尋ねる宝珠へ殷が頷けば、訪れる短い沈黙。
「兄様…ご無理はなさらないで下さいね。私がお役に立てる事は多くありませんが、こうしてお茶の用意をして…お帰りをお待ちしておりますので」
憂いを孕んだ、不安気な宝珠の言葉。殷は意図せず手元に視線を落とす。
─────わずかに迷ってしまった。
とどのつまり、自分が元凶であるという懸念が拭えない。これから先も、噂を聞きつけた人間達から暗殺依頼が舞い込むだろう。結局は元の木阿弥。なにをどうしたとて根本的な解決に導くことは難しいのでは…そう思い、即座に返答が出来なかった。だが。
「わかった、無理はしない」
答えて微笑う。宝珠は唇を横に結んで、もうひとつ茶具を取り出すと器を温め新しく茶を淹れた。コトリと殷の前に置く。礼を述べ頂戴した殷がゴフッと咳込み、驚嘆。
「え?ず、随分と…にっ…苦いな?これは」
「花旗参です。身体に良いですよ」
苦いというかもはや土の味。まるで田んぼをムシャリといったかのごとく。いや、田園を食べた試しは無いが…例えればそんな感じ…二口目を躊躇う殷を、‘わかっていらっしゃらない気がしたので’と疑いの眼で眺め入る宝珠。その雰囲気に気圧され、殷は無言で小さく顎を引くと、残りの茶をひと息で全て呷った。




