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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
315/492

羅漢果と花旗参

両鳳連飛14






兄様(あにさま)!お帰りなさい!」


玄関の扉を開くと明るい宝珠(ホウジュ)の声、部屋に漂う羅漢果(ローホングォ)茶の香り。テーブルに乗せられた多種多彩な食べ物を見て(イン)は笑みをこぼす。


「こんなに貰ったのか」

「はい。試作品や作り過ぎてしまった物まで全て持たされました」

小蓮(レン)偽言(ぎげん)だろう、それは」


食肆(レストラン)へと遊びに行っていた宝珠(ホウジュ)は、本日も(レン)ご自慢の様々な料理を渡されて帰宅。

ただ単におもたせ(・・・・)というと(イン)宝珠(ホウジュ)が遠慮するのは承知なため、(レン)は毎回、お土産を渡すのにあれこれ理由をつけてくる。‘沢山食べてもらえると嬉しいでしゅ!’とのことだ、(イツキ)の食べっぷりに嬉々として中華鍋を振るう姿を見ていると大食い客の相手は確かに廚師(コック)冥利に尽きるのだろうが…それにしても毎度、量が凄まじい。次回の支払いを倍にするかと思いつつ(イン)は食卓についた。


「前菜は金錢雞(BBQポーク)、副菜に鹹魚炒芥蘭(やさいいため)、主菜が鳳梨蝦球(エビマヨ)です。デザートは新作オリジナル杏仁雪糕(アンニンアイス)とおっしゃっていましたよ」

「また新作か。一体(いったい)どうしたらそんなに新作を生み出せるのかな」


含み笑いの(イン)羅漢果(ローホングォ)茶を一口(ひとくち)啜る。とどまるところを知らない吉娃娃(チワワ)の発想力。


「いかがでしたか?お仕事…の、ほうは」


鳳梨蝦球(エビマヨ)を取り分ける宝珠(ホウジュ)が控え目に問う。(イン)は小皿を受けとり、今日は(マオ)のところへ顔を出しただけだからと優しい声音。


宝珠(ホウジュ)はどうだった、食肆(レストラン)には皆集まっていたのか」

(タクミ)さんと(ネイ)ちゃんが居ました!お喋りをして、そのあと(スイ)ちゃんと(ネイ)ちゃんは大地(ダイチ)君と合流して…(ネイ)ちゃんが嬉しそうで私まで嬉しくなっちゃった。大地(ダイチ)君と上手くいくといいな!それで、私は帰りは(タクミ)さんに送ってもらって」


楽しげに1日の出来事を語る宝珠(ホウジュ)へ、(イン)悪戯(いたずら)な雰囲気で口を挟んだ。


「良かったじゃないか」

「はい、(ネイ)ちゃんは内気なので…(スイ)ちゃんが取り持ってくれてますから…」

「ではなくて。(タクミ)宝珠(ホウジュ)の気に入りだろう」

「え!?そちらですか!?」


とはいえ何があるという訳ではないと慌てる宝珠(ホウジュ)(イン)は愉快そうに破顔。しかし‘揶揄(からか)うと兄様(あにさま)が必殺技を練習してる動画、みんなに披露しますよ’と怒られスンとした面持ちで黙り込む。

そんなものいつ撮っていたというのか…全く気が付かなかった。教えていないのに高まる隠密スキル、天晴(あっぱれ)だ我が妹…。


「そういえば(ネイ)ちゃんの夢を聞いたんです!音楽関係のお仕事がしたいって」

「へぇ?そうか、いいな。うん。それはとてもいい。素敵だな」


声を弾ませる宝珠(ホウジュ)へ、妙に多くの相槌を打つ(イン)。透けて見える内心の動揺。例のムービーの存在に気を取られている様子の(イン)宝珠(ホウジュ)はニンマリし、兄様(あにさま)ちゃんとお話し聞いてくださってます?と口元に手を当てる。聞いてる聞いてると(イン)は焦ってコクコク首を振った。


「それで…私も打ち明けたんです。漢方や、お薬に関するお仕事に就きたいと」


はにかんで発する宝珠(ホウジュ)に、やや()をあけて、(イン)がまた‘素敵だな’と返した。今度は非常に嬉しそうなトーン。


「薬師を目指すのか。必ず成れるよ」

「皆様、そう励まして下さいましたけれど。恥ずかしいです…まだ経験も浅いのに…」

(アズマ)が居るじゃないか。奴は巫山戯(ふざけ)た側面が目立つが、その(じつ)とても良い師であるから」


そうですねと宝珠(ホウジュ)はクスクス笑う。知識と腕だけを見れば、(アズマ)はなかなか一流(いちりゅう)の薬師だ。知識と腕だけを見れば。


「明日もお出かけに?」

「ん、あぁ。野暮用だが」


湯呑みを傾けて尋ねる宝珠(ホウジュ)(イン)が頷けば、訪れる短い沈黙。


兄様(あにさま)…ご無理はなさらないで下さいね。私がお役に立てる事は多くありませんが、こうしてお茶の用意をして…お帰りをお待ちしておりますので」


憂いを(はら)んだ、不安気な宝珠(ホウジュ)の言葉。(イン)は意図せず手元に視線を落とす。



─────わずかに迷ってしまった。



とどのつまり、自分が元凶であるという懸念が拭えない。これから先も、噂を聞きつけた人間達から暗殺依頼が舞い込むだろう。結局は元の木阿弥。なにをどうしたとて根本的な解決に導くことは難しいのでは…そう思い、即座に返答が出来なかった。だが。


「わかった、無理はしない」


答えて微笑(わら)う。宝珠(ホウジュ)は唇を横に結んで、もうひとつ茶具を取り出すと器を温め新しく茶を淹れた。コトリと(イン)の前に置く。礼を述べ頂戴した(イン)がゴフッと咳込み、驚嘆。


「え?ず、随分と…にっ…苦いな?これは」

花旗参(ファーケイチャン)です。身体に良いですよ」


苦いというかもはや土の味。まるで田んぼをムシャリといったかのごとく。いや、田園を食べた試しは無いが…例えればそんな感じ…二口目(ふたくちめ)躊躇(ためら)(イン)を、‘わかっていらっしゃらない気がしたので’と疑いの(まなこ)で眺め入る宝珠(ホウジュ)。その雰囲気に気圧(けお)され、(イン)は無言で小さく顎を引くと、残りの茶をひと息で全て(あお)った。

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