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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
313/492

冀望と心緒・前

両鳳連飛12






「だからぁ、(スイ)は別にアニメとか好きなわけじゃなくて可愛いのが好きなだけだってば」

天仔(てんちゃん)とか?」

「そ!でも痩せてるほうは微妙ね」

天仔(てんちゃん)はポッチャリ派なの?(カムラ)さんのポッチャリは駄目なのに」

(カムラ)はマスコットキャラじゃないでしょ!宝珠(アンタ)(マオ)(タクミ)がいいってゆってたじゃん」

「ふふっ」


とある午後、かしましくお喋りしながら小路を進む女子───(イン)が出掛けてしまい暇そうにしていた宝珠(ホウジュ)と、それを誘った(スイ)だ。今日も今日とて食肆(たまりば)でランチの予定、特に他のメンバーに声を掛けてはいないが何も言わずとも勝手に集まってくるだろう。ビバ九龍城ライフ。

ここの(ところ)(イン)はあまり食肆(レストラン)へ顔を出さず宝珠(ホウジュ)は独り手持ち無沙汰に過ごしていることが多い。理由を尋ねる(スイ)へトーンを落とす。


兄様(あにさま)は最近忙しいみたい。お仕事…の、関係で」


‘仕事’という単語を控え目に発する。


これまで(イン)の仕事は様々な人物の暗殺が主だった。宝珠(ホウジュ)へ細かに内容を伝えはしないものの、‘耳にしてないからわからない’などと言えるほど彼女とて子供ではない。


「でも兄様(あにさま)、‘もう昔みたいにはしない’って言ってたから…(マオ)さんとの事があってからは。だからね、あんまり心配し過ぎないようにしてるんだ」


【十剣客】が解散したのち(イン)はそういった稼業から手を引き、のんびりとした日々を暮らしていたという。(イン)一悶着(ひともんちゃく)あった割に宝珠(ホウジュ)の‘タイプな人’へと(マオ)が名を連ねたのはそこにも理由があったようで、【十剣客】の壊滅は宝珠(ホウジュ)にとって正直喜ばしく、偶然ではあるがきっかけを作った(マオ)を気に入っているのだと(スイ)はちらほら聞いていた。‘斬った斬られたはお互い様だもん’と(イン)と同じ台詞で悪戯な表情の宝珠(ホウジュ)(マオ)がつけた傷も実際は非常に軽症だった様子。

そーゆーとこが、余裕(・・)!って感じで腹立つのよね…あの猫目(ネコめ)(スイ)はへの字口を作る。


兄様(あにさま)が自分のお仕事を心良(こころよ)く思ってなかったのは知ってるの。けど…私、お手伝い出来ることもなくて…いつもお茶を淹れて兄様(あにさま)の帰りを待ってて」


瞼を伏せポツポツと宝珠(ホウジュ)は語る。山間の雪深い地域に住んでいた頃の話。漢方の勉強をして、身体が温まる飲み物を用意して…私も病気がちだしそれくらいしか役に立てなかったしと眉を下げた。雪かぁ、とこぼした(スイ)科白(せりふ)を拾いポンと手を叩く。


「香港はいつも暖かいよね」

「そーね、雪降らないんだってポッチャリが言ってた」

「…それは(カムラ)さん?」

「しか居ないでしょ、天仔(てんちゃん)は喋んないし」


香港に雪が降ったのは観測史上5回だけ。12月、1月、2月のいわゆる冬の時期でも最高気温20℃前後とひたすら温暖。なのになんで(あいつ)いつもストール巻いてんのかしらと首を捻りつつボヤく(スイ)


「上海もあんま降んなかったけど、たまには雪もイイよね。みんなで雪合戦とかして?」

「あははっ!(アズマ)さんとかすごい弱そう!」

「モサメガネは最弱に決まってんじゃん!あー、ドサドサ降ってくれたら超楽しいのに」


(スイ)はさっそく腕をブンブン振って(アズマ)に雪玉を投げつける予行練習。華麗なフォーム。笑って肯く宝珠(ホウジュ)は、けれど、ふと目を細めた。


「あんまり見られないから綺麗なのかも」


呟いて手の平を見詰める。


「触ったらすぐ溶けちゃうし…当たり前とか幸せも、見てるぶんには綺麗だけど…掴むと儚いよね」


雪と一緒。(ほとん)ど聴き取れないくらいの声量でひとりごち、寂しそうに(うつむ)く。


今の生活についてのことだろうか?この日々も流れて無くなってしまうと?【十剣客】が消滅し、九龍城(ここ)へとやってきて訪れた平穏な日常に再び影が差したせいか───(スイ)は、ふぅんと唇を突き出した。


「詩人ね宝珠(あんた)。でもさぁ、別に消える訳じゃないでしょ?水に変わっても残ってるし、水が無くなったって想い出は残るんだし。形が変わってもそこにはあるじゃん」


瞳を覗き込んで、宝珠(ホウジュ)の手の平へ自分の手の平を重ねる。


「大丈夫よ。みんなも居るんだから」


ニッと口角を吊る(スイ)宝珠(ホウジュ)はわずかに目を見開き、それから頬を綻ばせた。顔を見合わせクスクス笑う。(スイ)が握った指を宝珠(ホウジュ)も握り返し、そのまま手を繋ぐと、2人は軽い足取りで食肆(レストラン)へと向かった。








店の前に着くとドアを開ける前から漏れ聞こえてくるギターの音色。やたらと下手。(スイ)は溜め息を吐き、勢いよく扉を引く。


(レン)!アンタまだ上達しないわけぇ!?」


急な怒鳴り声に肩を震わせ、ギターを抱えてゴニョゴニョ言い訳をする吉娃娃(チワワ)。テーブルでパソコンをいじる(タクミ)(ネイ)が顔をあげた。


「下手は下手だけど。これでも上手くなったよ、ちっとは」

「そそそそその(はず)なのでしゅが…」

「なってます、ほんのちょこっと!とてもわかりづらいですが!」

「へぁっ…」


相次ぐ何とも言えないフォローへしどろもどろに頷く(レン)(スイ)はそのデコをピンッと指で(はじ)いた。キャウンと鳴く吉娃娃(チワワ)を押しのけラップトップのスクリーンに目を向ける。


「この曲、もう作り終わったの?」

「えと…あとちょっとです。最後のアレンジに迷ってて…」

「ほとんど完成なんだ!すごいね(ネイ)ちゃん!」

「や、あの、(タクミ)さんのおかげだから…」

「俺は何もしてねぇって」


小さく拍手を送る宝珠(ホウジュ)。首を横に振る(ネイ)の頭を(タクミ)がポンポン撫でた。


(ネイ)が頑張ったんだろ。な?」

「そーよ、音楽の仕事やりたいんでしょ。超おっきな1歩じゃん」


ピッと指を立てる(スイ)にオロオロしながらも、(ネイ)は口を結んで頷く。


(ネイ)ちゃんは音楽のお仕事がしたいんだ」

「うん…出来れば、だけど…」

「出来るよ(ネイ)ちゃんなら!」


可愛らしくガッツポーズを作って激励する宝珠(ホウジュ)(ネイ)は照れながら笑い、‘宝珠(ホウジュ)ちゃんは何のお仕事がしたいの?’と話を振る。宝珠(ホウジュ)はガッツポーズの体勢で数秒固まり、考え、両手で口元を隠すと内緒話のように囁いた。


「私は…お薬とか漢方とかのお仕事がしたいかな。今は全然知識も経験も足りないから、宣言するのは気が引けるんだけど」


回答に(ネイ)はワァッと歓声をあげ、宝珠(ホウジュ)ちゃんなら出来るよと応援を返す。(タクミ)が口笛を鳴らした。


「いいじゃん。俺も、宝珠(ホウジュ)なら良い薬師になると思う」

「モサメガネより100倍すごくなるわね」

「100倍なんて…言い過ぎだよ…恥ずかしいなぁ、まだ誰にも伝えてなかったし」

「夢とかそーゆーのは、どんどん口に出して言ったらいいの!そのほうが叶う!」


グッと拳を掲げる(スイ)宝珠(ホウジュ)もコツンと拳を合わせる。横から元気よく‘僕も九龍(いち)廚師(コック)になりたいでしゅ!’と口を挟んだ(レン)は、‘じゃ早くご飯用意してきて’と(スイ)(すご)まれキャンキャン厨房へ引っ込んでいった。

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