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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
312/492

ハングアウトとナイトオウル・後

両鳳連飛11






あれ以降。それなりに警戒し慎重に動いてはいるが、さしあたって新たな襲撃者は無く。比較的──(マオ)の部屋がうっすらと【東風】がわりになっていることを除けば──平穏に流れる日々。






「明日も皆さん食べに来ますかね」

「さーな。(イツキ)は来るんじゃねぇか」


夜更けの【宵城】最上階。客用の茶請け菓子を食肆(レストラン)から運んできた(レン)に答えつつ、露台でパイプの煙を()(マオ)


(せん)ごろ行った日本式カフェは子供達に好評だったようで、それ以外にも娯楽豊富な中流階級エリアで皆が遊ぶことは多くなっていたが…どうしても【宵城(ここ)】へ転がり込んできてしまう旧知(・・)の面々を(レン)の店へと追いやる作業に、(マオ)は連日(おお)わらわ。

溜まり場回避に(いそ)しむ(マオ)へ1番協力的なのは(タクミ)で、隙あらば顔を出そうとする(イツキ)を毎回食肆(レストラン)まで引っ張って行ってくれ非常に有り難い。もちろん(アズマ)もオマケでくっついていき一石二鳥。反対に、1番非協力的なのが燈瑩(トウエイ)だ。なんやかんやと理由をつけて部屋に居座ってくる───(マオ)がゲンナリするのが楽しいらしい。

あの野郎(ヤクザ)、こと俺に関してはどうも揶揄(からか)い癖がある…無駄に実力が拮抗しているため腕ずくで追い出せもしない。されど現状、奴は(カムラ)担当(・・)しているから時間になればキチンと仕事(・・)に向かうので放っておく。部屋に居たとて邪魔ではないし…ムカつくが。(マオ)は舌を打ち、煙をポポッと輪っかにした。


「新しい薬膳のメニューも作ったんですよ!宝珠(ホウジュ)ちゃん、喜んでくれるでしょうか」

「あそぉ…お前、マジでよくそんな次々料理思いつくな…」


尻尾を振る吉娃娃(チワワ)に目を細める(マオ)。それはそれとして、宝珠(ホウジュ)───というより。



(イン)のことが引っ掛かっていた。



燈瑩(トウエイ)(カムラ)と共に行動する(おり)大地(ダイチ)(スイ)宝珠(ホウジュ)といったメンバーも(まと)めて面倒を見ているようだ。が、宝珠(ホウジュ)にはそもそも(イン)が居るので、本来燈瑩(トウエイ)が付いてやる必要は無いはずである。


けれど。


(イン)ってやっぱあんま飯食いにこねぇの?」

「そうですね、最近は…でもお土産は宝珠(ホウジュ)ちゃんがたくさん持って帰りますよ」


(レン)の返答に(マオ)は思案。


正直おかしい話だ。ターゲットから燈瑩(トウエイ)(タクミ)が抜けているなら‘直近で【東風】に入り浸っていた人間’という線は納得がいくし、恐らく正しい。だが、それだけであれば(イン)もリストアップされていてしかるべき…そしてどちらかといえば俺は入ってなくてもいい。どうして(アイツ)がリストに居なくて俺が居る?


浮かぶ仮説──────(イン)が、もうひとつのファクターなのでは。


となると予想されるパターンは主に2種類。1、(イン)に何かしら‘要求’をしたい者の仕業。周りにちょっかいをかけて遠回しな警告(・・)を出している。2、(イン)自身の仕業。【黑龍】か【黃刀】か理由はわからないけれどアイツが黒幕。

いや、しかし、2はどうだ?そんなわかりやすく自分に疑いが向くようなことをするか?きっとそれはあの燈瑩(ヤクザ)もわかっている、今頃チョロチョロ裏で調べているはず。


とにかく。(イン)食肆(みせ)に来ないのには(かんば)しくない理由がある。


「師範、どうかしました?」


黙り込む(マオ)におずおず問いかける吉娃娃(チワワ)。不必要な動揺を広げない為に内々(うちうち)で処理しようと思っていたが…コイツは【十剣客】や【黃刀】の付き合いもある。多少話しておくか。そう考え、(マオ)はあらましをかいつまんで説明。ついでに自分の私見もサッと述べた。


やけに神妙な面持ちで聞いたあと、(レン)が再度おずおず口を開く。


「いっ、(イン)しゃんは…皆様を狙っているとか情報を流したとか…そういうことではないと思いましゅ」

「ん?なんでわかんだよ?」


眉を上げる(マオ)(レン)は視線を宙空に泳がせ、唇を内側に巻き込み(しば)し考えてから、覚悟を決めた声音。


「あの…僕…聞いたんです。この前、花街のバーで。盗み聞きですし、内容も内容なので、人に言うのもどうかと…でも(イン)しゃんが疑われるのは…」


(カムラ)しゃんとかには秘密にして下さい──大地(ダイチ)への配慮であろう──と前置きし、例のハプニングバーでの件をたどたどしく話す。噛みながらモニュモニュ説明する(レン)に向き直る(マオ)


「ふーん…なるほどね…」


この出来事を基盤とすればやはり1、半グレ連中が周囲にちょっかいをかけてきたという成り行きか?まさか返り討ちにあい全滅するとは向こうも予想していなかっただろうが。まぁ、どの道、ここでゴチャゴチャやってても詳細はわからねぇな───(マオ)はパイプを置いて煙草を(くわ)え、適当に上着を羽織り(レン)へと顎をしゃくる。


「行こうぜ。寝ちまうにゃまだ早いだろ」


どこにと慌てる(レン)へ、(イン)のとこだとぶっきらぼうに返す。


(あに)サマをお話(・・)に誘うんだよ。誰から聞いたかは伏せとくから安心しとけ」

「し、信じてくれるんでしゅか!?」

「オメェは余計な(こた)ぁ言うが嘘は言わねぇからな」

師範(しはぁん)!!」


喜び勇んで飛び付こうとした吉娃娃(チワワ)は、行動を読んでいた(マオ)に避けられたうえ脳天に手刀をくらい、キャンと鳴きながら虎柄のマットに沈んだ。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「珍しいな、貴様が誘ってくるなど」


グラスを揺らして(イン)が問う。繁華街の外れ、城塞の壁際、(イン)の家から程近(ほどちか)いこぢんまりとした飲み屋。丑三つ時でも人の往来はチラホラ、明るい街区。干杯(かんぱい)をして早々(マオ)は本題へ斬り込んだ。


(わり)ぃ。ちっと聞いちまった」


(イン)は特に訊き返さず、少しウィスキーを啜る。‘いいよ呑まなくて’と(マオ)が口角を上げれば‘そういう気分だから’と(イン)()んだ、呼び出された理由にある程度の予想はついていた居住まい。軽く息を吐いて言葉を紡ぐ。


「いや、謝罪をするのは此方(こちら)の側だ。(アズマ)は‘迷惑をかけないようにする’などと言ってくれたが…逆だよ。迷惑をかけているのは、(けだ)し自分なんだ」


襲撃の話を耳にしてすぐ、(イン)は関わりのあった裏社会の連中をあたってみたらしい。先日花街で揉めたグループや周りの小グループ…顔見知りの輩…それぞれにそれとなく探りを入れるも、向こうもなかなか尻尾を出さず。誰が仕掛けてきたのかが掴みきれないので、当座、敵対をやめてもう1歩(ふところ)に潜り込む方向性に切り替えた。


「【東風(みせ)】や食肆(レストラン)に顔を出して、人的被害が拡大しては不芳(ふほう)だろう。貴様らに付け入る隙が無いのは重々承知だが。すまなかったな小蓮(レン)


心配かけたかと眉尻を下げる(イン)吉娃娃(チワワ)は曖昧な面持(おもも)ち。(イン)はその髪をクシャクシャ撫でる。

こちらがガードを固くした事に加えて(イン)が協力的な姿勢を見せたため、とりあえず襲撃は()んだという事か…煙草に火を点ける(マオ)


「そもそもの原因は何なんだよ」

「仕事の方向性の違いだな」


(イン)は頭を(かたむ)けた。裏社会とは関わりの無い人物を金の為に片付けて(・・・・)くれ、との依頼を断ったと。

ならば襲撃者はそのグループの人間かというと、そう単純な話でもなく。燈瑩(トウエイ)が捕まえた連中はスラムの有象無象だった。向こうもそれなりに周到、簡単には足が付かないよう(あいだ)にいくつかクッションを挟んでいる。


「依頼っつーのはガキ(・・)の殺しか?」

「いや、具体的な標的までは訊いていない。心当たりがあるのか?」


完全な心当たりとまではいかないものの、(カムラ)が話題を出していた。富裕層地域で相次ぐ子供の殺害…大元(おおもと)の組織は繋がっているのかも。もう燈瑩(トウエイ)がある程度調べていそうだ、あとは饅頭(カムラ)に任せるとして───思いつつ(マオ)は質問を投げた。


「今九龍(ここ)流行(はや)ってる上流階級(アッパー)の事件あんだろ?そっちと繋がってっかもな。そーすっと後ろの組織がかなりデケェぜ、どうする」


別に答えを求めた台詞ではなかったが。ややあって、(イン)(かたむ)けていた頭を戻し、事も無げにポツリ。


「全員(ほふ)るか」



矯激(きょうげき)



「お前、思ったより大胆だな」

「自分が()いた種だから。貴様達にも厄介をかけたし」

「流石に数が多いんじゃねぇか?死ぬぜ」

「かもな。だが、自分の命ひとつで決まりがつくなら低廉(ていれん)なものだ」


ストレートな(マオ)の言葉へ、にこやかに頷く(イン)。アタフタしだす(レン)の髪をもう1度クシャクシャ撫でた。


「冗談だよ小蓮(レン)、案ずるな」

「そういうジョークは駄目でしゅ!!」


プンプン(ふく)れる(レン)(なだ)める。(マオ)は酒を(あお)り、ハンッと鼻を鳴らした。


「まー…ちっと俺らも手ぇ回しとくからよ。また今度1杯付き合えや、(あに)サマ」


空いたグラスでゴンッとテーブルを叩く。(イン)もグラスを掲げ、‘勿論(もちろん)いつでも’と柔らかく微笑んだ。

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