麻と火龍果・前
両鳳連飛8
「じゃあ周年感謝祭のスイーツ、いい感じだったんだね」
「うん。今月中ずっとやってるみたいだから燈瑩も行こう」
「燈瑩ぁ買うだけで食わねぇじゃねぇか」
「買うが重要なのよ猫にゃん」
晴天、日中、青空市場。
【東風】は定休日──とはいえ誰かが来れば開けるのだがさしあたり来店予定が無かった──なので、スラム街近辺で度々開催されている屋上マーケットへ繰り出した面々。
青空市場などと何だか清涼な呼称をすれど、実態は違法合法ごった煮の雑多な半闇市。建ち並ぶプレハブ小屋、その隙間を縫って人々がゴザやシートを敷き、ヤル気なさげに商品を売っている。
物品カテゴリは日替わり週替り。今回は植物関連。生花、ドライフラワー、煙草に茶葉、果てはマリファナまでとラインナップの幅は広い。
言うまでもなくマリフ…漢方を入手しに出た東と花茶を物色するつもりの樹、パイプの葉を仕入れようかと足を向けた猫、適当に煙草を見に来た燈瑩の4人は、ダラダラとルーフトップを渡り歩いていた。
茶葉をあれこれ手に取りつつ樹は思案。殷にいつも食べ歩きを付き合ってもらっているし、お礼として工芸茶でも買っていこうか?宝珠もこういうのは好きなのだろうか。聞いたことはない、でも、彗にも好評なのだからきっと女子は好きなはず。多分。そのはず。うん。…念の為、猫と燈瑩にも意見を求めよう…。悩む鈍チン、見当のつかない女心。
とある露店の前で腰を落とし、植木鉢を凝視する東。樹も膝に手を付いて屈み緑色の葉を観察。大麻か。並んだ鉢はどれも同じにみえるけれど。何か差があるのか問う樹に、東は低い位置でヒソッと指をさす。
「あっちが洋麻で、そっちが大麻」
「え?そうなんだ。似てるね、混ざっちゃわないのかな」
「ワザとよワザと」
小首をかしげる樹へ‘素人に買わせたり当局の目を誤魔化したりするの’とニヤつく東。樹は鉢植えを見比べた。洋麻より大麻の方が葉がギザギザしていて、小葉裏の支脈も明瞭らしい。ピロッと葉っぱを裏返す。なるほど、こうしてみれば違いがわかる。
「この手前のが1番葉っぱが大きい」
「うん、でもこっちのほうが綺麗に開いてるから迷っちゃうわね」
「色とかそーゆーのは?」
「鮮やかなのがそりゃいいけど、まぁ大麻は葉っぱじゃなくてバッズ吸うもんだから」
「バッズってなに」
「花の部分みたいな。んで、雌株じゃないと駄目っグエッ」
説明中に突如としてパーカーのフードを後ろから引っ張る樹。首元が締まった東が、変テコに鳴いて尻餅をつきゴロンと転がる。
途端─────銃声と共に、目の前の植木鉢が弾け飛んだ。
樹は東の首根っこを掴まえたまま、その体をズリズリと手近な物陰まで引き摺る。続けざまに数発鉛弾が飛来、小さくコンクリートをえぐった。
シンと静まり返る屋上。一拍置いて、人々は蜘蛛の子を散らすように捌けていく。ボケッとしていた東が我に返り叫んだ。
「え!?襲撃!?」
「そうみたい、東なんかした?」
「なんもしてない!!てか樹よく気付いたねありがとう!!」
「たまたま。どういたしまして」
樹の質問を真っ向否定しつつ感謝を告げる東。なんもしてないとは裏社会の住人として言い切ることは難しいが、さしあたり思い当たる節が無い。
喫煙具の店先、しゃがみ込んでパイプの葉を揉んでいた猫が怪訝な表情で振り向く。すると、今度はその足元で弾が跳ねた。猫はメリ込んだ銃弾の角度を投げやりに見て、弾道を目線で辿る。新たにもう1発着弾。
「んだよ、東が的っつう訳じゃねぇのか」
「猫にゃん危ないから避けなさい!?」
「当たんねーよ、腕もねぇのに変な距離から撃ってきやがって」
「俺ギリギリだったけど!!」
「運が悪かっただけだろ。おいヤクザ」
喚く東は放っておいて、猫は燈瑩を呼んだ。日陰で一服つけていた燈瑩が銜え煙草でトコトコ歩いてくる。またしても被弾し割れる植木鉢。
「何これ?ターゲット誰でもいい感じ?」
「さぁ。倒しちまえ、ダリィから」
特定の人物狙いではないのかと首を捻る燈瑩に猫は顰めっ面をし、顎で方角を示した。何かしらの理由があって向こうも撃ってきているはずだが…まぁいいか。思いつつ燈瑩は猫の視線の先を見やり、懐から拳銃を抜き両手で構える。違法建築群を数秒眺め僅かに目を細めた。トリガーを引く。1発、軽い音があたりに響いた。
パタリと止む銃声。
「GOOD SHOT」
「どうも」
「当たったの?」
猫の雑な労いに雑に答える燈瑩、野次馬的に頭を出した東へ城主は嗤う。
「バカ東、脳天ブチ抜かせたら燈瑩の右に出る奴ぁいねーっつの」
「それもそれでなんかやだね」
「褒めてんだろが」
肩を竦めて笑む燈瑩の脛を叩く猫。瞬間、別の場所より複数の発砲音。新手か仲間か?かなり近い。燈瑩は手招きする樹へと歩み寄り、一旦物陰に身を潜めた。気怠そうについてきた猫がボヤく。
「これ俺らの客かよ?」
「どうかな。けどとりあえずここからは離れたほうがいいかも、人が多いし」
周囲を見渡し呟く燈瑩の科白は、一見巻き添えになる者を慮っているかのように映るも…騒動を起こした人間として顔を覚えられてしまうのが面倒だから、というだけに過ぎない。真意を察した猫が‘そういうとこだぞお前’と再び嗤った。
「俺が話聞いてこよっか?向こうも銃だし。みんな適当に下がっといて」
「おう、行け行け!面だけの男じゃねぇって証明してこい!」
「猫、燈瑩はご飯も奢ってくれる」
提案する燈瑩に軽口を叩く猫へ、樹がキリッとした表情で‘面だけじゃない’旨を主張。主張のし所がどうにもちょっと違うなと東は思ったが、懸命にフォローしていることは明白なので、黙っておいた。




