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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
304/492

菊花茶と天壇大仏

両鳳連飛7






ことさらのんびりと日々は過ぎ。街では、独立記念日に売れ残ったお菓子がセールのカゴに並ぶ頃。




「これ、薬膳に使うやつ集めといたよん。宝珠(ホウジュ)ちゃんが‘良かった!’っていってた漢方も新しく組み合わせてみたから。調理法とか食材の栄養素に関しては(レン)に聞いた方がいいかな」

「ありがとうございます…でも、またこんなにたくさんいただいて良いんですか…?」


(アズマ)からボスッ!と渡された大きめのビニール袋、中にある様々な漢方類に宝珠(ホウジュ)が瞳をパチクリさせる。(てのひら)をパタつかせる(アズマ)


「逆、逆。(イン)がだいぶ払ってくれてるもん、もっとオマケしてもいーくらい」

「だいぶは大袈裟だろう」

(アズマ)くぅん、私にはぁ?」

(アンタ)はコレでも飲んでなさい」


異を唱える(イン)の脇、甘えた顔で強請(ねだ)ってくる(チャン)。その頬に(アズマ)はピシッと菊花茶(グッファーチャー)の小袋を貼り付けた。豊富なビタミンA。


薬学や医療関係の知識を増やしたいとの所望から、宝珠(ホウジュ)は連日【東風】へ訪れ(アズマ)(あと)をついて回っていた。誰かに教えてやれる程のもんじゃないと(アズマ)(いな)むも、言葉とは裏腹にその調合の腕や博識ぶりには目を見張るものがある。(アズマ)一挙一動(いっきょいちどう)宝珠(ホウジュ)があまりにも関心を示すので、(スイ)が‘アンタほんとはモサメガネ気に入ってんじゃないの’と揶揄(からか)ったが、‘それは全然ないかな’以外の返答がなされることは1度も無かった。


(イン)は【東風】へ宝珠(ホウジュ)を送り届けたのち(イツキ)と食べ歩きに出掛けるのがパターン化。意外な大食い仲間の出現に嬉々とする(イツキ)、たまに(カムラ)も加わって、何だかんだよろしくやっているお兄ちゃん組。


今日から社交街のスイーツ店が周年感謝祭を開くとの情報を入手した(イツキ)は、おやつどき、宝珠(ホウジュ)に付き添って【東風】へやってきた(イン)をさっそく捕まえる。寺子屋帰りの大地(ダイチ)を連れて来た(カムラ)も無論巻き添え。ズリズリ2人を引き摺り扉を出て行くグルメ──と今しがた漢方を売って(こしら)えたばかりの現金──を無言の笑顔で見送る違法薬師。‘(アズマ)さん天壇大仏みたいですね!’と笑う宝珠(ホウジュ)、平和な午後。






九龍(ここ)は活気と勢いのある街だな」

「何でもアリやねん。無法地帯やから」

「それはそうなんだが、そこではなくて」


スイーツ店を目指して城砦内の商店や家々を眺めつつ歩く(イン)は、(カムラ)の指摘にククッと声を漏らす。


「なんというか…人々から生命力を感じるよ。東洋の魔窟などと渾名(あだな)されようと、足を踏み入れてみれば違う景色が見えるだろう。こうして‘日々を暮らす’のは大切なことだ」


マフィアが蔓延(はびこ)り犯罪の温床であることは否定が出来ないけれどな、と付け足して破顔。爽やかな魔窟批評。

住人とて全員が全員悪事を働いているわけではない。家賃が安いから、住み心地が良いから、余所者も受け入れてくれるから…様々な普通(・・)の理由でここに腰を落ち着ける、普通(・・)の人間達も居る。(イツキ)(イン)を見上げた。


(イン)って山のほうに住んでたんだっけ」

「片田舎を転々と。(イツキ)は九龍の出身か?」

「香港。(カムラ)九龍(そう)だけど」

「香港か。いいな。宝珠(ホウジュ)はあまり都会へ出たことがないから、連れて行ったら喜ぶかな」

「そしたら月末みんなで行く?(カムラ)ちょうどデートだし」

「え!?何で知っとん!?」


突然降って湧いた話題に目をかっぴらく(カムラ)は、‘大地(ダイチ)が今月は(カムラ)あんまりご飯食べない宣言したってゆってた’と返す(イツキ)に‘さよか’と呟いた。付け焼き刃のダイエット。


「成る程、(カムラ)は香港に居るその恋人に相応しい男になろうとしているのだな。手始めの減量か」


素敵じゃないかと頷く(イン)(かぶり)を振り、ハァと天を仰ぐ(カムラ)


「その場しのぎやし。やらんよりはマシやろけど…どっちみちカッコつかへんねんから、こないプーさんやと。ホンマに…釣り()うとらんやんな。諸々」


自虐的な物言い。(イン)はやおら腕組みをし、それから片手で顎をさすってゆったりと口を開いた。


「それは違うぞ(カムラ)。選ばれたのは貴様なのだ、もっと自信を持て。でないと彼女の審美眼に難があるということになってしまう」


(カムラ)は天を仰いだ体勢のまま首を回し、(イン)に顔を向けた。(ほう)けた表情で思案。

そんな風に考えた事はなかった、が…言われてみれば一理(いちり)ある。(ヨウ)が‘好きだ’と肯定してくれるのならば、あまり自分を貶めるような態度をとっては(ヨウ)がロクでもないものを好きなのかという話になりかねない。


「足りないと案じ、努力と研鑽を重ねる姿勢は素晴らしいよ。(おのれ)を卑下する必要は無い。悠然と構えろ、内側も外側も貴様はなかなか良い男なのだから」


微笑む(イン)のストレートな措辞(そじ)に当惑し、(カムラ)は先程と同じく‘さよか’と呟いた。内側も外側も良い男などとは流石に褒め過ぎなものの───ネガティブにしていても仕方がない。謙虚と弱気は全く異なる事柄だ。


まごつきながら本題に戻す(カムラ)


「えっと、やなくて…香港やんな?ほんならみんなで行こか。香港(むこう)では別行動やろけど、往復で桑塔納(サンタナ)乗ってったらええし。(イン)はなんや仕事の予定とかあるん?」

「ん?うん、仕事は…そうだな…」


(イン)(わず)かに答えに詰まり、腰に両腕を当てる。背面に()げている2本の短刀へと触れた風にも見えた。‘倭刀では街歩きの際に邪魔だろう’との(げん)を思い出す(イツキ)、ついでに‘二刀流カッコいい!アニメとかゲームでも動きがメチャクチャ()えるよね!’と大地(ダイチ)がハシャいでいた(さま)も脳裏に(よみがえ)る。どことなく嬉しそうにはにかんだ(イン)の横で生温かい()みを(たた)えていた宝珠(ホウジュ)兄様(あにさま)はヲタク気質。



───仕事、とは。何を指すのだろう。



【十剣客】の主立(おもだ)った生業(なりわい)が暗殺等なのはわかっている。そしてそれを、(イン)があまり(こころよ)く感じていなかったことも。倭刀を持たない理由は街歩きに邪魔なばかりにあらず、そも、思い入れが無いからだ。【十剣客】の様式に合わせて使っていただけで自分は元来双剣術だからと(イン)はこぼしていた。

けれど【十剣客】が無くなった今、じゃあ、仕事(・・)って…?迷って、尋ねてみようかと(イツキ)が唇を開いた矢先、(イン)が柔和な声で発した。


「もし自分が行けずとも、宝珠(ホウジュ)を連れて行って、案内してやってくれよ。貴様らを好いているようだし」


妹が喜ぶなら自分も幸甚(こうじん)だから。そう言い添える(イン)に‘大事にしとるな’と(カムラ)。ブラコン振りは人のことをいえないが、しかれど、今では(イツキ)もそれなりに気持ちを理解出来る。


───訊かなくてもいいか。仕事(それ)は。


宜しく頼むと笑う(イン)に、(イツキ)は開きかけた唇を閉じて、コクリと首を縦に振った。

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