大福と大脱走・前
両鳳連飛5
「………エッッロそうな店ね」
「まぁ、かも、知れない」
唇を曲げ、イーッと下の歯を出す彗。大地がスンとした表情で同意。
花街へと赴いた面々が路地裏から覗いているのは、ピンクのネオンが点ったセクシーな看板の店舗。一応、‘クラブ’と表記されてはいるものの。
此度の依頼はクラスメイトのペットの奪還だ。散歩の途中ではぐれてしまった小型犬…クラスメイトは大層焦り、食べられていない事を祈りつつ──香港においては違法な食犬も九龍城砦ではお構い無しなので──方々を探し回ったあげく、この店のキャストが件の犬を抱きかかえて裏口から入って行くのを目撃。どうやら拾われた後そのまま店内で飼われてしまっているらしい、食い出がなく愛らしい吉娃娃なことが幸いしたか。店の人間に掛け合ってみたが‘ガキは帰れ’と入店すらさせてもらえず、無論、犬も戻ってこない。途方に暮れて、過去に見事ペットを捕獲した実績を持つ──些か状況が違ううえに、寧の功績でもあるが──大地へと相談してきたという成り行き。‘吉娃娃’の単語に蓮が尻尾を反応させる。
彗は店の入り口の上から下まで視線を動かした。1人よりは2人で行ったほう良さそうだが、どうみてもお子様お断り。18…いや16才くらいでも見かけによっては何とかなるか?隣の大地に顔を向ける。THE、童顔。
「大地ここ入れんの?難しくない?」
「ね。無理っぽい気はする」
「ね、じゃないわよ。だったら燈瑩とか匠に仲介したら良かったじゃない」
「そうなんだけど、俺達で解決出来たらな!って思ってさ」
せっかくチームも結成したしと上目遣いの大地、童顔に拍車。彗は共にしゃがみ込むメンバーの形を見る。寧はもちろん駄目だ、もっと幼い。宝珠も歳が足りてない───となると。
「しょうがないわね。蓮、一緒に行くよ」
「えぇえんっ!?」
「アンタしか居ないでしょ!試しにカッコつけた顔してみなさい」
「こ…こうでしゅか…」
「はぁ?フザケてんの?」
ギュンと眉根を寄せる蓮の鼻先を叩く彗。溜め息まじりにパーカーを脱げば、現れた黒のヘルシーなタンクトップに、胸元で揺れる大振りなシルバーアクセ。上着の袖をデニム生地のホットパンツの腰へ巻いて三節棍を隠し、ポニーテールをほどくと髪を軽くかきあげた。無造作なロングヘアと露出度の高い服装が相まって一気に‘夜遊び好きの辣妹感’を醸し出す。はたかれた鼻を擦りながらオロオロする蓮。
「正面から行くんです?う、裏からコッソリという手は…」
「セキュリティーが立ってるじゃん、ブッ飛ばしてったら騒ぎになるわよ。フツーに客として入るの。蓮ちょっとこっち向いて」
言うが早いか大地の手から瓶可樂を奪った彗は中身で指先を濡らし、ガッと蓮の前髪を持ち上げる。キャンキャン鳴く吉娃娃。ついでにふたつほどシャツのボタンを開けてやった。蓮の服飾センス自体はもともと悪くない、これで多少格好がついただろう。
「飼い犬が見付かったら連絡する。奪還出来たとして、表玄関からじゃ連れて出らんないわね…その時はどうにか非常口のヤツらどけてくれる?」
「オッケ!やってみる!」
手振りをつけて説明する彗に大地はサムズアップ、寧と宝珠も‘了解’と口を揃えた。
‘シャキッとしろ’と喝をいれ、蓮の腕を取り歩き出す彗を呼び止める大地。
「彗」
「なに?」
「あとでちゃんと報酬払うね」
「いらないわよ、お菓子でしょ?それに」
みんなでチームなんだから。そう言って笑う彗へ、大地はもう1度力強く親指を立てた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「どどどどどどこに居るんでしゅかね、ワンちゃん…」
「ロッカールームじゃない?てゆーか、落ち着いてよ蓮。挙動不審過ぎ」
無事に審査を掻い潜り、いざ足を踏み入れた店舗内。ギラギラ光るミラーボールとレーザー光線、際どい服装の女性スタッフも多数…クラブと飲み屋とハプニングバーが合体したような店とでも言えばいいだろうか。彗とてこういった場所での経験値は低い、けれど、素人丸出しな動きをしては雰囲気に溶け込めない。蓮の襟を掴み体を寄せた。
「アンタ澳門でキャバクラやってたんじゃないの?なんでキョドってんのよ」
「ぼ…僕のお店はセクシーではこれほどまでありませんのでした…」
態度のみならず口調も怪しくなっている蓮をフロアの端へと引き摺り、壁に背をもたれて指示。
「このへんでいっか。彗のこと壁ドンして」
「はい!?」
「早く!」
「はい!!」
剣幕に圧されて、ペタンと壁に手を付く蓮。この体勢なら他人の瞳にはイチャついているカップルに映る────彗は蓮の肩越しにじっくり周囲を見回しはじめた。
割と広くてキレイめな箱。こっちはトイレ…あっちはドリンクのカウンター…そこがDJブース…あれがVIPルーム…ん?更衣室に繋がる道が無いな?DJブースの奥か───違う、VIPの向こうだ。今キャストが出てきた。裏口から出勤してロッカーで着替えをし、VIPの横の細い小路を通ってフロアに来る流れ。VIPルームの作りどうなってんのかしら?あと、バックヤードに人が居るかどうかも───…
「ちょっと、アンタなに目ぇ瞑ってんのよ」
思考を巡らせていた彗は、顔を突き合わせている蓮が瞼を固く閉じシワクチャな面をしていることにふと気が付いた。ゴニョゴニョと言うシワクチャ。
「あ…あけているのが申し訳なくて…」
「はぁ?」
距離のせいか。踵をあげた彗がゴンッとデコに頭突きをいれれば、吉娃娃は再びキャンキャン鳴く。まったく仕方がない───彗は蓮の首に両腕を回し、手近なウェイトレスに話し掛けた。振り返る女性、揺れるドレスのフリル。
「ねぇ、今日の出勤って今フロアに居る娘で全部?この男が超ヘタレでさぁ…度胸つけさせてやろーと思って連れてきたんだけど。イイ感じのキャストさんとか居たら紹介してくれない」
「んっと…ベテランのってこと?今日はもうこれで全員かな…この中なら、あの人とかがオクテなお客さんの扱い上手だよ」
気さくに答えるスタッフの視線を辿った先にはグラマーなキャスト。スパンコールが散りばめられたマイクロビキニ、色気たっぷりな接客、胸の谷間に挟まるチップ。
「ヤバっ。こいつシャイだけど大丈夫かな?他の人から見えちゃうし」
蓮の頬を引っ張る彗に、女性は‘VIPならカーテンがあるし外から見えないよ。別料金かかっちゃうけど使う人多いんだ’と笑う。なるほど。彗は相槌を打ちつつ、頬をつまむ指をおもむろに離して、彼女のドレスの肩口をパパッと払い言った。
「あれ?肩、なんかついてるよ。動物の毛?っぽいの」
「えっほんと?ありがと」
大福のだ、ロッカールーム掃除しなきゃ。
女性のその呟きを聞き逃さなかった蓮と彗は一瞬目配せをする。‘VIP予約したい時はまた話し掛けて’と手を振って去っていくスタッフに彗も笑顔を返し、蓮に耳打ち。
「居るわね、例の飼い犬。変な名前つけられてるけど」
「白い吉娃娃でしゅもんね。お姉さんにくっついてたの犬の毛でした?」
「なんもついてなかったわよ」
「えっ!?」
「確かめるための嘘!いいからほら、GOGO!」
「どこへ!?」
「ロッカールームに決まってんでしょ!全員出勤してフロアに出てるなら控え室は空じゃない。VIPはカーテンあるってゆってたしササッと横抜けて奥行くわよ」
人波に紛れVIPルーム方面へ。簡素な扉で隔離された短い通路を辿ると、ほどなくして豪奢なカーテンがかかった部屋が目に入る。ガラス窓を透り廊下へ漏れる明かり、中では幾人かが会話をしている模様。通路はまだ続いていた、ここを過ぎた先が更衣室…姿勢を低くすればギリギリ見付からずに進めそう。
口元に人差し指を当てる彗。蓮もゴクリと唾を飲み、腰を落として素早く移動していた途中────ふいに室内の会話に知っている声が混じった。
「あまり、気乗りしないな。それは」
殷だ。




