表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
301/492

大福と大脱走・前

両鳳連飛5






「………エッッロそうな店ね」

「まぁ、かも、知れない」


唇を曲げ、イーッと下の歯を出す(スイ)大地(ダイチ)がスンとした表情で同意。


花街へと(おもむ)いた面々が路地裏から覗いているのは、ピンクのネオンが(とも)ったセクシーな看板の店舗。一応、‘クラブ’と表記されてはいるものの。


此度(こたび)の依頼はクラスメイトのペットの奪還(・・)だ。散歩の途中ではぐれてしまった小型犬…クラスメイトは大層(たいそう)焦り、食べられていない事を祈りつつ──香港においては違法な食犬も九龍城砦ではお構い無しなので──方々を探し回ったあげく、この店のキャストが(くだん)の犬を抱きかかえて裏口から入って行くのを目撃。どうやら拾われた(のち)そのまま店内で飼われてしまっているらしい、食い出(・・・)がなく愛らしい吉娃娃(チワワ)なことが幸いしたか。店の人間に掛け合ってみたが‘ガキは帰れ’と入店すらさせてもらえず、無論、犬も戻ってこない。途方に暮れて、過去に見事ペットを捕獲した実績を持つ──(いささ)か状況が違ううえに、(ネイ)の功績でもあるが──大地(ダイチ)へと相談してきたという成り行き。‘吉娃娃(チワワ)’の単語に(レン)が尻尾を反応させる。


(スイ)は店の入り口の上から下まで視線を動かした。1人(ピン)よりは2人(ペア)で行ったほう良さそうだが、どうみてもお子様お断り。18…いや16才くらいでも見かけによっては何とかなるか?隣の大地(ダイチ)に顔を向ける。THE、童顔。


大地(アンタ)ここ入れんの?難しくない?」

「ね。無理っぽい気はする」

「ね、じゃないわよ。だったら燈瑩(トウエイ)とか(タクミ)に仲介したら良かったじゃない」

「そうなんだけど、俺達で解決出来たらな!って思ってさ」


せっかくチームも結成したしと上目遣いの大地(ダイチ)、童顔に拍車。(スイ)は共にしゃがみ込むメンバーの(なり)を見る。(ネイ)はもちろん駄目だ、もっと幼い。宝珠(ホウジュ)も歳が足りてない───となると。


「しょうがないわね。(レン)、一緒に行くよ」

「えぇえんっ!?」

「アンタしか居ないでしょ!試しにカッコつけた顔してみなさい」

「こ…こうでしゅか…」

「はぁ?フザケてんの?」


ギュンと眉根を寄せる(レン)の鼻先を叩く(スイ)。溜め息まじりにパーカーを脱げば、現れた黒のヘルシーなタンクトップに、胸元で揺れる大振りなシルバーアクセ。上着の袖をデニム生地のホットパンツの腰へ巻いて三節棍を隠し、ポニーテールをほどくと髪を軽くかきあげた。無造作なロングヘアと露出度の高い服装が相まって一気(いっき)に‘夜遊び好きの辣妹(ギャル)感’を(かも)し出す。はたかれた鼻を(さす)りながらオロオロする(レン)


「正面から行くんです?う、裏からコッソリという手は…」

「セキュリティーが立ってるじゃん、ブッ飛ばしてったら騒ぎになるわよ。フツーに客として入るの。(アンタ)ちょっとこっち向いて」


言うが早いか大地(ダイチ)の手から(びん)可樂(コーラ)を奪った(スイ)は中身で指先を濡らし、ガッと(レン)の前髪を持ち上げる。キャンキャン鳴く吉娃娃(チワワ)。ついでにふたつほどシャツのボタンを開けてやった。(レン)の服飾センス自体はもともと悪くない、これで多少格好がついただろう。


「飼い犬が見付かったら連絡する。奪還出来たとして、表玄関からじゃ連れて出らんないわね…その時はどうにか非常口のヤツらどけてくれる?」

「オッケ!やってみる!」


手振りをつけて説明する(スイ)大地(ダイチ)はサムズアップ、(ネイ)宝珠(ホウジュ)も‘了解’と口を揃えた。

‘シャキッとしろ’と喝をいれ、(レン)の腕を取り歩き出す(スイ)を呼び止める大地(ダイチ)


(スイ)

「なに?」

「あとでちゃんと報酬払うね」

「いらないわよ、お菓子でしょ?それに」


みんなでチームなんだから。そう言って笑う(スイ)へ、大地(ダイチ)はもう1度力強く親指を立てた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「どどどどどどこに居るんでしゅかね、ワンちゃん…」

「ロッカールームじゃない?てゆーか、落ち着いてよ(レン)。挙動不審過ぎ」


無事に審査(・・)()(くぐ)り、いざ足を踏み入れた店舗内。ギラギラ光るミラーボールとレーザー光線、際どい服装の女性スタッフも多数…クラブと飲み屋とハプニングバーが合体したような店とでも言えばいいだろうか。(スイ)とてこういった場所での経験値は低い、けれど、素人丸出しな動きをしては雰囲気に溶け込めない。(レン)の襟を掴み体を寄せた。


「アンタ澳門(マカオ)でキャバクラやってたんじゃないの?なんでキョドってんのよ」

「ぼ…僕のお店はセクシーではこれほどまでありませんのでした…」


態度のみならず口調も怪しくなっている(レン)をフロアの端へと引き摺り、壁に背をもたれて指示。


「このへんでいっか。(スイ)のこと壁ドン(・・・)して」

「はい!?」

「早く!」

「はい!!」


剣幕に()されて、ペタンと壁に手を付く(レン)。この体勢なら他人の瞳にはイチャついているカップルに映る────(スイ)(レン)の肩越しにじっくり周囲を見回しはじめた。


割と広くてキレイめな箱。こっちはトイレ…あっちはドリンクのカウンター…そこがDJブース…あれがVIPルーム…ん?更衣室に繋がる道が無いな?DJブースの奥か───違う、VIPの向こうだ。今キャストが出てきた。裏口から出勤してロッカーで着替えをし、VIPの横の細い小路を通ってフロアに来る流れ。VIPルームの作りどうなってんのかしら?あと、バックヤードに人が居るかどうかも───…


「ちょっと、アンタなに目ぇ(つぶ)ってんのよ」


思考を巡らせていた(スイ)は、顔を突き合わせている(レン)が瞼を固く閉じシワクチャな面をしていることにふと気が付いた。ゴニョゴニョと言うシワクチャ。


「あ…あけているのが申し訳なくて…」

「はぁ?」


距離のせいか。(かかと)をあげた(スイ)がゴンッとデコに頭突きをいれれば、吉娃娃(チワワ)は再びキャンキャン鳴く。まったく仕方がない───(スイ)(レン)の首に両腕を回し、手近なウェイトレスに話し掛けた。振り返る女性、揺れるドレスのフリル。


「ねぇ、今日の出勤って今フロアに居る()で全部?この(ひと)が超ヘタレでさぁ…度胸つけさせてやろーと思って連れてきたんだけど。イイ感じのキャストさんとか居たら紹介してくれない」

「んっと…ベテランのってこと?今日はもうこれで全員かな…この中なら、あの人とかがオクテなお客さんの扱い上手だよ」


気さくに答えるスタッフの視線を辿った先にはグラマーなキャスト。スパンコールが散りばめられたマイクロビキニ、色気たっぷりな接客、胸の谷間に挟まるチップ。


「ヤバっ。こいつシャイだけど大丈夫かな?他の人から見えちゃうし」


(レン)の頬を引っ張る(スイ)に、女性は‘VIPならカーテンがあるし外から見えないよ。別料金かかっちゃうけど使う人多いんだ’と笑う。なるほど。(スイ)は相槌を打ちつつ、頬をつまむ指をおもむろに離して、彼女のドレスの肩口をパパッと払い言った。


「あれ?肩、なんかついてるよ。動物の毛?っぽいの」

「えっほんと?ありがと」


大福(・・)のだ、ロッカールーム(・・・・・・・)掃除しなきゃ。


女性のその呟きを聞き逃さなかった(レン)(スイ)一瞬(いっしゅん)目配せをする。‘VIP予約したい時はまた話し掛けて’と手を振って去っていくスタッフに(スイ)も笑顔を返し、(レン)に耳打ち。


「居るわね、例の飼い犬。変な名前つけられてるけど」

「白い吉娃娃(チワワ)でしゅもんね。お姉さんにくっついてたの犬の毛でした?」

「なんもついてなかったわよ」

「えっ!?」

「確かめるための(ブラフ)!いいからほら、GOGO!」

「どこへ!?」

「ロッカールームに決まってんでしょ!全員出勤してフロアに出てるなら控え室は(カラ)じゃない。VIPはカーテンあるってゆってたしササッと横抜けて奥行くわよ」


人波に紛れVIPルーム方面へ。簡素な扉で隔離された短い通路を辿ると、ほどなくして豪奢なカーテンがかかった部屋が目に入る。ガラス窓を(とお)り廊下へ漏れる明かり、中では幾人かが会話をしている模様。通路はまだ続いていた、ここを過ぎた先が更衣室…姿勢を低くすればギリギリ見付からずに進めそう。


口元に人差し指を当てる(スイ)(レン)もゴクリと唾を飲み、腰を落として素早く移動していた途中────ふいに室内の会話に知っている声が混じった。



「あまり、気乗りしないな。それは」





(イン)だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ