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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
299/492

奥義と袋叩き

両鳳連飛3






蒸し暑さの残る午後。【東風(みせ)】を漂う珈琲と紅茶の香り。


「お前、マジでしょっちゅう【東風(ここ)】居るな。暇か」

「今日はこのあと仕事だよ。宝珠(ホウジュ)は皆と約束があるようだが…して、何故(なにゆえ)(アズマ)は貴様に踏まれているんだ」


気怠げに発する(マオ)(イン)は首を(かし)げ、(イツキ)に淹れてもらった鴛鴦茶(ユンヨンチャー)を啜る。隣でちょこんと座る宝珠(ホウジュ)奶茶(ミルクティー)。‘ちょっと支払いが遅れまして’と(マオ)の足の下から(アズマ)(うめ)き、うっすら心配そうな表情の(イン)に向けて(タクミ)がソファで煙草を振った。


「いつもだから気にしねーでいいらしいよ。俺も慣れた」

「そうか?心得た。時に(タクミ)、先日は世話になったな。自分からも礼を言わせてくれ」


即座に納得した(イン)にサックリ話題を切り替えられた(アズマ)は何かを訴えようとしかけるも、見下ろしてくる(マオ)とバッチリ目が合い黙って唇を横に結ぶ。


先日、とは例のクラブイベントの件。音楽に食べ物に──(ちな)みに(イツキ)の爆食の会計は(イン)宝珠(ホウジュ)に持たせた小遣いによりいくらか手助けされた模様、多謝──と大いに楽しんだ様子の子供達はご機嫌で帰宅したようだ。(タクミ)が頬を緩ませる。


「俺あそこらへんの店よくいるから、宝珠(ホウジュ)ちゃんまた遊び来なよ。家遠い?」

「いえ、私達も中流階級側に居を構えましたので!遠くはありません」

(カムラ)とちょうど真反対のあたりだな、城砦の壁際というか」

「あの近辺なら良いね。明るいし、そこまで危なくもないし」


(タクミ)の質問に返した宝珠(ホウジュ)(イン)へ、燈瑩(トウエイ)が相槌を打つ。


中流階級区域と一口(ひとくち)に言えどその範囲は広く、貧困層と接しているゾーンはやはり治安がよろしくない。つい数日前も労働者とビルオーナーがいざこざを起こし、お手製の焼夷弾が飛び交い危うく建物1棟が丸々燃えかけるという騒動が起こった。広場ならまだしもビルでの火災は九龍城砦にとって時として命取り、建物が隣接した状態で乱立している為、場所によってはひとつ燃えたら連動して周囲全ての家々を炎が舐め回し区画ごと焼失してしまう。今回は寸手で消し止められたが───床から(カムラ)に声を飛ばす(アズマ)


「カムカム、仁興樓のビル火事って何で揉めちゃったの」

「なんやカムカムて。あん周りは、もともと秘密結社が麻薬中毒者(ジャンキー)雇用しよって清掃業者しててんけど…別の変なオーナーにかわって給料よぉ中抜きしてんバレてしもて。前から払い悪かったっちゅーて従業員達ブチギレたらしいで」

「あら、そりゃぁ仕方ないわね。中毒者(ジャンキー)って普通のドラッグ?」

「やろ。そん時もビルにあった薬やらなんやら燃えてな、スモーク喰ろてラリった近所のオッサンが全裸で真っ昼間の龍津路()け抜けたらしいわ」

「なんというか大変な街だな」


(カムカム)(アズマ)の会話を聞き感想を述べた(イン)へ、(イツキ)鳳梨酥(パイナップルケーキ)を手渡した。白昼堂々行われたストリーキング事変に対し、住民としてのお詫びの品。(カムカム)は‘パサつくで’と注告。


ヘロイン等では廃人になり過ぎて使えない、マリファナ程度じゃジャンキーを管理出来るほどの依存性は無い。普通の粉や錠剤あたりが妥当か…大麻(クサ)は解禁してる国も増えてきたし…考えつつ、そういえば何か新しいルートないのと(アズマ)燈瑩(トウエイ)を見やる。


菲律賓(フィリピン)らへんの噂とか聞くくらいかな。最近警察が頑張ってて、国際詐欺犯捕まえるついでに大麻関係も持ってってるみたい」

「やっぱこのご時世は詐欺系統が幅利かせてんのかしら」

アジア(こっち)はそうかも、日本とか。九龍(ここ)は置いておいて、どの国でも裏社会関係には厳しくなってきてるし…実動少なくて水面下が1番イイでしょ。ね?」


唇を尖らせる(アズマ)燈瑩(トウエイ)は紫煙を吹きつつ(タクミ)に視線を投げた。(タクミ)は少し(うな)って頬杖をつく。


「や、俺は親父が日本(そう)ってだけであんま事情知ってる訳じゃないけど…まー大体そんな感じじゃね?詐欺とかマネロン流行(はや)ってるぽいって。でも又聞きだぜ」


‘日本のことは歌とかサブカルしかわかんない’と煙を輪にしてポワポワ吐く。(イン)が片眉を上げた。


「ならば(タクミ)は…なんだ、その…漫画や(なにがし)かに詳しいのか」

「詳しいっつーと言い過ぎだけど。なに、(イン)アニメ好きなの?」

「ん…うん、まぁ…」

兄様(あにさま)はこう見えてヲタクの()があるので」

「いいから、宝珠(ホウジュ)!いいから!」


言い淀んでいたところをスパァンと一刀両断してきた宝珠(ホウジュ)にストップをかける(イン)動畫(アニメ)大地(ダイチ)十八番(オハコ)じゃん?と(タクミ)()む。もはや起き上がることを諦めた(アズマ)が、踏まれたまま煙草に火をつけ口を挟んだ。


「そういや俺、プッシャーの偽名で日本ぽい名前使ってたことあるよ」

「なんて名前なん?」

「山田」

「山田っちゅう顔はしとらんな」


(カムラ)の否定に、えーじゃあ何が似合うー?と(タクミ)へ助言を求める山田(アズマ)(タクミ)は眉を(ひそ)めて山田(アズマ)を眺め、どの苗字がしっくりくるか真剣に検討しはじめる。親切。


と、入口の扉が開き大地(ダイチ)が頭を出した。


宝珠(ホウジュ)お待たせ!寺子屋が長引いちゃって」


トタトタ入ってくる大地(ダイチ)の手にはパチンコ。後ろに続くのは(スイ)(ネイ)


玩具(オモチャ)()うてきたんか」

「友達が依頼料で色々くれたの!宝珠(ホウジュ)にもあげる!」


言うなり大地(ダイチ)はビーズで出来た可愛いブレスレットを宝珠(ホウジュ)に渡し、‘(ネイ)とお揃いだよ!’とウインク。ちょっとしたトラブルを解決した際の代金(・・)として依頼人から貰ったとのこと。宝珠(ホウジュ)は礼を言って受け取り、おずおずと近付いてきた(ネイ)と顔を見合わせて笑う。(カムラ)がパチンコに視線を這わせた。


「けっこうエエ感じやな?それ」

「カッコいいよね、威力も強くてさ…えいっ奥義バーストショット!」

「痛ぁ!!」

「あ、ごめん」


大地(ダイチ)はテーブルにあったペットボトルの蓋を飛ばしてみせるも、(アズマ)のデコへクリティカルヒット。横の空き瓶を狙ったつもりだったと両手をくっつけ謝罪。(マオ)が喉を鳴らす。


(おまえ)も奥義とか撃てたりすんのかよ」

「やめてはくれないか?」


‘ヲタクの()がある’を引っ張る(からか)いに、(イン)が恥ずかしそうに(てのひら)で目元を覆う。


「え、(イン)なにか奥義撃てるの」

「撃てないよ。撃てるのであればもう撃っているよ」

「なかなかな発言だな」


興味津々といった様子で振り返る大地(ダイチ)(イン)が残念そうに首を横に振った。やめろと制した割には乗り気な言い分へ(マオ)がツッコむ。

その(かたわ)ら、(スイ)大地(ダイチ)からパチンコを拝借し1セント硬貨を発射。コインは(アズマ)のデコへクリティカルヒット。


「痛ぁ!!」

「ほんとだ、当たんないわね」

「当たってるよねぇ!?」

「アンタにじゃないわよモサメガネ」


横の空き瓶を狙ったつもりだったと肩を竦める。謝罪はしない。


キャアキャアと盛り上がる少年少女を横目に腰をあげる(イン)、仕事かと問う(マオ)に頷き、歩み寄るとトーンを落とした。


「ありがとう、(マオ)

「あ?なにがだよ」

「いや。変な話だが、老虎(ラオフー)一件(いっけん)で出会った時…貴様達を、良い(・・)と思ってな。それでこうして探しに来た訳だけれど」


和気藹々(わきあいあい)とお喋りをしている宝珠(ホウジュ)を見詰め、微笑む。


「間違いではなかったな。自分の目利きも、悪くないということだ」

「あっそぉ。良かったじゃねーか」

「貴様もぶっきらぼうだが懇切だし」

懇切(それ)は間違ってんな」


‘とっとと仕事に行け’と追い払う仕草をみせる(マオ)(イン)は肩を揺らして、皆に一声(ひとこえ)かけると店をあとにした。


大地(ダイチ)がパチッと指を鳴らす。


「俺達もそろそろ行こっか?(スイ)の家!」

「よぉ気ぃ付けて行きや。富裕層地域の話、聞いとるやろ」

(スイ)()は中流のエリアじゃん」

「せやけど、わからんやん何があるんかは」


子供達は本日、藍漣(アイラン)の留守が長引いて手持ち無沙汰そうにしている(スイ)の家へ訪問する計画を立てていた。

(カムラ)の懸念はここのところ富裕層地域で頻発している子供を狙った誘拐や殺人…金目的の可能性が高く一般の人間には関係は無さそうだが───注意するに越したことはない。


「ほんとブラコンね(アンタ)。変な奴らが居たらブッ飛ばしちゃえばいいだけでしょ?(スイ)が守ってあげる」


ハンッと強気に(わら)い、宝珠(ホウジュ)(ネイ)の腕をとる(スイ)。そーゆー感じだから大丈夫!と大地(ダイチ)もヒラヒラ手を振る。仲良く【東風】を出て行く背中、見送るブラコンを(イツキ)が覗き込んだ。


「心配ならついていけば?」

「ええよ…正味、俺よか(スイ)んほうが頼りんなるしな。やし、あれやろ…野暮(・・)やろ」

「今更じゃねーか」

「そうかもね」

「通常運転じゃん」

「それが(カムラ)ってとこじゃない」

一斉(いっせい)にボコってくるのやめてもろて!!」


呟くと同時にボッコボコに叩かれた(カムラ)は、みんな酷ない!?と(イツキ)に助けを求める。

まさか自分も同意しようとしていたとは言えなくなった(イツキ)は、ただ無言で、そっと小さく顎を引いた。

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