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九龍懐古  作者: カロン
両鳳連飛
295/492

宿敵と破戒僧

両鳳連飛1






「何やってんだお前」


(レン)が仕入れた掘り出し物の老酒を食肆(レストラン)へ回収しに来た(マオ)は、扉を開けるやいなや視界に飛び込んだ男を見て(かす)れた声を出した。


「食事を摂っているんだが」


正反対に男は‘遅かったな’とでも言うようにあっけらかんと言葉を返す。テーブルにつき悠々と茶を啜るのは見知った顔、そう、確かにあの時────特にトドメは刺さなかったけれど。


「堂々と飯食ってんじゃねぇよ、【十剣客(しのび)】の首領(アタマ)がよ」


呆れた表情で吐き捨てながら歩み寄る(マオ)を、取り除いていた北京片皮鴨(ペキンダック)の骨の欠片でピッと差し反論する男。


「隠密だからといって(かすみ)(しょく)して生きている訳じゃないぞ。飯くらい堂々と食う」

「そりゃ【十剣客】が無くなったからだろ。つうかなんでわざわざこの店で食うんだ」

「貴様が居るかと思って九龍(まち)を探してみたんだ、悪い意味ではないから安心してほしい」


そうしたら、たまたま小蓮(レン)に会ってなと男は()む。キッチンからヒョコッと顔を出した吉娃娃(チワワ)は‘買い物の荷物を一緒に運んで貰いました!’と上機嫌。警戒心の無いワンコ…だが、わからないでもない。


【十剣客】首領。今は、()首領になるのか。とにかくこいつに関しては(マオ)自身、決戦の際に二言三言(ふたことみこと)を交わし‘話のわかるヤツだ’との印象を(いだ)いていた。そのせいで最後に追撃をしなかった、というのもあるといえばある。だからといってわざわざ会いにくるとは思ってもみなかったが────どうしたもんかと考えつつ首の後ろを(さす)(マオ)へ、男は自分の横の椅子をカタンと動かし頭を(かたむ)けた。


「隣は嫌か?宿敵と並んで()する事は容認し(がた)いか」


窺うように(マオ)の瞳を覗き込む。(マオ)は少しの()(のち)、気怠げにドカッとそこへ腰掛けた。


「別に俺ぁ【十剣客(テメェら)】と因縁ねーって。にしても何だその喋り方、ジジィかよ」

「貴様こそ随分口が悪いな」


愉快そうに笑う男。オーラは柔和。


俺とタメくらいに見えるな…むしろ若干下か…?どちらにせよ口調よりは遥かに若い。思いつつ、(マオ)(レン)が運んできた老酒を卓上にあったお茶用の湯呑みへ雑に注ぐ。‘それで飲むのか’と男はまた笑った。


「飲めりゃいーんだよ飲めりゃ。んなことよか、お前の方こそ恨みねぇのか?俺に」


手の中で揺れる湯呑み。琥珀色の液体がユラユラと波打つ。


(レン)美麗(メイリイ)を連れて取り引き(・・・・)に行った夜───結果として、老虎(ラオフー)及び【十剣客】を全員斬り伏せる事態になってしまった。【黃刀】との決闘は【十剣客】の悲願だったとはいえ、首領の立場から見ればあの結末は内心穏やかではないだろう。なんならこいつのことだってブッた斬っているのだ。


問い掛ける(マオ)を男は(しばら)く見詰めて、それから瞼を伏せると、長めの前髪をかきあげポツリポツリと話す。


「斬った斬られたは仕方が無いさ、お互い様だよ。それと…自分は、違うんだ…本当は。【十剣客】じゃないんだ」


首領ではあったけどなと呟き、次の句を(つむ)(あぐ)ねる。(マオ)は男に視線を寄越した。流れる沈黙。


「…あっそぉ。だからあんなにアッサリやられたのか」


酒を一息(ひといき)(あお)り、ハンッと鼻を鳴らす(マオ)。根掘り葉掘り訊くのは趣味ではない。語らないならそれで()い…それより、こいつの雰囲気が他の【十剣客】の奴らと違った事への納得がいった。思いの(ほか)すんなり倒されたのも、もとからあまり勝負をする気が無かったからだったのか。そこまで(マオ)が言うと、男はパタパタと(てのひら)を顔の前で振って‘あれはこちらも全力だった’と否定。


「手合いでそのような不義理を働く訳ないだろう。貴様は強かったよ、また仕切り直して()ったとしても勝てないな」

「へぇ。そりゃどーも」


言う通り、これ程の腕を持ち道を極めた者が剣を(まじ)える場で礼を尽くさないことは無い──いや俺は尽くさない時も全然あるけど──とは思える。こいつ実直そうだし。そんな風に考え‘お前バカ真面目そうだもんな’と一切(いっさい)隠さず顔に書く(マオ)へ男は吹き出した。


「真面目そうに見えるか」

「実際そーだろ。わかるっつの」

「まぁ、自分は酒も煙草ものまないしな。面白味に欠ける男だよ」

「酒と煙草やりゃ面白(おもしれ)ぇっつーこともねーけど」

「しかし貴様はふたつともやるだろう」

「ふたつなんてシケたこと言ってんなよ。(イロ)博打(バクチ)もオマケでのっけとけ」

「破戒僧のようだな」

「【黃刀(ウチ)】は高尚なモンじゃぁねぇの」


話をしているうちに着々と減っていく1羽丸々の北京片皮鴨(ペキンダック)。よく見れば、テーブルの端には既に食べ終わったとおぼしき料理の大皿が数枚積まれていた。‘お前どんだけ食うんだ’との(マオ)(げん)に、男は‘何もしない代わりに食べるのは好きなんだ’と悪戯な表情。


「じゃあ帰りに菓子持ってけよ。厨房に山程あんだわ、(イツキ)が成立記念の買い漁るから」

「それは有り難い!妹が喜ぶ。(イツキ)というのは友人か?」

「そ。あいつも大食いだから、土産の加減がわかってねんだよな」


舌を出す(マオ)へ、男は‘今度(イツキ)に礼を述べに来なければならないな’と頷く。


「その時は妹も連れて来ていいか?当主」

「当主はヤメろ、(マオ)だ。名乗っただろ」


舌打ちし、男のグラスに酒を()(マオ)。男は波々とそそがれてしまった老酒を見て、目をしばたたかせる。


「呑まないと言ったのに」

「あそぉ?忘れたわ。お前も俺の名前忘れてたんだからこれであいこだな」

「忘れていた訳ではないよ」


違う違うと再び(てのひら)をパタパタ振る男。そんなことはわかっている、酒を()ぐ口実に揶揄(からか)っただけだ…(マオ)は口角を吊り上げた。


「じゃあ何だっての」

「うーん、その、いきなり呼んだら馴れ馴れしいかと杞憂して」

「それ、勝手に押しかけて飯食ってるヤツのセリフか?」

「ははっ!そうだな!」


破顔する男に(マオ)も喉を鳴らす。ひとしきり笑うと、男は改めて(マオ)に向き直った。


「申し遅れたが…自分は(イン)という。よしなに願い申し上げる」

「だぁから、その堅っ苦しい話し方どーにかしろテメェは」


(イン)が掲げたグラスに(マオ)も湯呑みを合わせる。コンッと軽く、小気味良い音が響いた。

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