常夜灯とスイートホーム・後
過日残夜8
大帽山の丘へと桑塔納を走らせる。現地に着き、‘ここからは1人で大丈夫だ’という陳に任せて、東と樹は埋葬が終わるまで車の近くで待った。その間に上に微信をしてみたり燈瑩に電話をしてみたり、影響のありそうな方面には色々と手を回す。ちょっとした騒ぎにはなるだろう。
社長と名乗る男は死んだ、強制労働させられている人間達も1度は解放されるはず…そのあとのことはわからないが。こんな類の業者はいくらでも湧く、すぐにまた似たような事件が起きる。しかしそれはそれだ。本来九龍城で、いわゆる‘正義’の為にしてやれることなど何も無い。
東が吸い殻を足元にそこそこ散らかし、樹が曲奇を2袋平らげた頃、陳は戻ってきた。知り合いに色々と話をしておいた、絡んでいる会社がどう動くのかにもよるがさしあたり労働者も家に帰れると思うと東が告げると、陳は小刻みに首を縦に振る。車に乗り込み会話もせず城砦へと戻った。
更地に残してきた諸々は目撃者無しなのでほったらかし。今夜の出来事をあまり他言しないように陳へ口止めしようかとも思ったが、この男も気が利かない性質ではない。特に心配もないだろう…考えつつハンドルを回す東、ユルユルと煙草をふかすうちに桑塔納のフロントガラスは城砦の影を捉えた。乱立する違法建築、飛び出た看板の森、数多の窓から漏れる灯り。魔窟は今日も変わらず異様な存在感を放ちギラギラと輝いている。
俺達のホーム・スイート・ホーム。
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「頼む、この通り!!東くんしかいないんだよぉ!!」
目の前で両手を合わせ、ペコペコと頭を下げる男。俯く度に薄くなった頭頂部が見える…育毛剤、オマケでつけてあげようかしら…思いながら東はカウンターの薬棚を開けた。
「だから、俺じゃなくても居るじゃない。陳なにしたいの今度は?」
育毛剤を手渡す東に‘墓石を用意したい’と声を潜める陳。
先日拵えた墓は土を被せただけの簡素なものなので、彫り物を添えた墓石を置きたい。購入するのではなくその辺で見繕った岩で済ませる予定だが、いかんせん1人では運べもしないと腰をおさえる。無理が祟った腰痛。
それなら確かに例の一件を知っている人間に限られるか…東が返答しかけた矢先、ちょうど上が【東風】の戸をひいて現れた。
「あら、上!好嘢!暇だよね?お前も来てちょーだい」
「なんや開口一番?」
お土産の期間限定幸運曲奇を樹に渡し、上は首を傾げる。端午節が終了して街から粽が消えてしまい残念そうな樹だが、お次は香港成立記念日がやってくる。続々と発売される限定パッケージのお菓子達をお迎えしなければならない…まずはこれがトップバッター。さっそく開封する樹の横から手を伸ばした東は、陳にも中身を配りつつ上へパパッと概要説明。
「って訳で。お手伝い宜しく、パワー系」
「誰が言うとったんそれ」
「匠」
「やろな。俺とお前に対しての認識ズレとんねん匠は、信じひんでもろて」
「俺のは1ミリもズレてないから!こんなに一途でしょ!」
「ちょぉ黙ってもろてええ?」
でも上、長州島でお祭りのタワーけっこう登れてたじゃんと樹。腕力自体はそれなりにある…パワー系というのもあながち間違ってはいないのか…せやなと上は生返事。陳にどれくらい急いでいるのかと訊いた。
「のんびりで構わないよ。どうしてだい?」
「墓参りやろ。花飾ったったほうが、見栄えエエんとちゃう?大地に花束頼むわ。ちと待ってな」
答えて微信を打ち始める上、陳は萬歲と両手をあげる。
「ありがとう上くん!本当にっ好痛!」
「なに?五十肩?」
変なポジションで固まる陳。東に手伝われてやっとこさっとこ腕をおろす、既視感。樹は陳に花瓶──という名のクリュッグの空き瓶──を差し出した、お見舞い。‘これしか無くてごめんね’と謝る樹に陳はニッコリ笑う。元値だけ見れば非常に立派。
「大地、30分もしよったら花買うて【東風】着くって」
「じゃ俺は工具の用意でもしましょか。石削ったことないから出来栄え期待しないでね」
「おやつ持ってく?」
「大地くんも来てくれるんなら持っていこうか!ねぇ!」
賑やかなほうがきっといいと陳がウインク、意外にフサフサな睫毛が揺れた。なんだかんだで可愛いのかも知れない。
樹は頷いて、お菓子を詰める鞄を借りる為、石工道具を探しに店の奥へと向かった東の跡を追いかけた。




