常夜灯とスイートホーム・前
過日残夜6
深夜、山道を滑る桑塔納。
生い茂る木々や雑草をヘッドライトが舐めていく。ハンドルを切る東、助手席の樹は少し窓を下げた。ぬるい軟風。後部座席では陳が粽をパクついている、美味しいねぇとニッコリする陳に樹は満足気。ポツリポツリと交わすグルメトーク。
雑談をしつつ走って、粽もすっかり空になった頃、目的地付近へと差し掛かった。東はライトを落として月灯りを頼りに暗闇を進む。晦冥。鳥目の陳がオロオロ外を眺めるも、車体はお構いなしに入り組んだ小路をスイスイ抜けていく。
樹はもう少し窓を下げた。見上げる空に揺蕩う真ん丸の満月は、確かに眩しいが。
「東、よく見えるね」
「え?樹も見えてるでしょ?」
「俺は見えるけど」
「私は見えないよぉ!」
「老豆はビタミンA摂って下さぁい」
シートの間から顔を出し会話へ割り込んできた陳に、東が肩を竦める。
「老眼もあんだからさぁ?お目々大事にしなさいよ」
「なにぉう東くんだって近眼でしょ」
「俺これ素通しだもぉん」
「そうなの!?え、じゃあどうして眼鏡かけてるんだい?イイ男が隠れちゃうじゃない」
「それ。イイ男過ぎるから隠してんの♪」
「うわぁ!言うねぇ!」
ワチャワチャしだす2人を眺める樹。
東って近眼でもなけりゃ夜眼も利くんだ、イメージがダダ崩れして面白い…他にも意外な一面あるのかなぁ…思いながら、ワァワァ騒ぐ陳に相槌。
────東が、いつも以上に明るくしているのは。ワザとだろうか?陳の為に。
樹の眼差しに気付いた東は一瞬口角をあげた。樹も黙って顎を引き、陳へ相槌を打つ作業に戻る。
ふいに東が桑塔納を停めた。目線の先に転がる折れた看板、流水露營場の文字。車を道の脇の茂みへ隠し、降りて暗がりを歩く。ヨタつく陳の手を引く若者達。
ほどなくしてだだっ広い更地に到着。あるのは重機がちらほらといくらかの資材、朽ちたチンケなバンガロー。それだけ。元々は看板通りにキャンプ場だったのだろうが、開発も改修も進行していなさそうなムード。移動先の現場だなんていうのは完全に嘘。
東はショベルカーを見た。泥汚れがついている、使われてはいる。…何に?工事はしていないのに。靴底で足元を確かめた、ここは硬い。‘何もないねぇ’と陳の声。
廃屋のバンガローを調べる。生活感などはあるはずもなく。シャベル、スコップ、土を運ぶ1輪車。再度‘何もないねぇ’と陳の声、するとその背を突然樹がドアの陰に押した。ついでに東のパーカーの裾も引っ張る。腰を落として身を潜める3人。
「誰か来る」
囁いて、窓の端からわずかに顔を出すと更地を注視する樹。東も何者かの存在を視認し陳はジイッと闇を凝視。
近付く人影。男が数人で、デカめのズタ袋をひとつ背負っている。懐中電灯とランタンがポウッと周囲を照らした。こちらには気付いていない。面貌が認識できる距離まで来た、が、どれもこれも知らないツラ。
男達は談笑しながら更地の中央あたりまで歩き、持っていた袋を地面にドサリと投げる。中身がハミ出た。
上半身だった。
明らかに死人。地に落ちた拍子にバウンドした頭が丁度こっちを向いた。東は‘あっ’と短く吃驚。光の中に浮かび上がったのは、見覚えのある顔────先日事務所に侵入した際に鉢合わせて、しかし、内情をいくらか教えてくれた少年。不思議そうな表情の樹に東が説明をするより早く、陳がバンガローの扉を勢いよく開いて駆け出していた。声を上擦らせて叫ぶ。
「アンタたち…な、なにしてるんだ…!?」
男共の視線が集まった。少年へと走り寄ろうとする陳。その肩を、追い付いた樹が掴んで止める。遅れてやってきた東も陳の傍に立った。真ん中の輩が‘テメェらこそ何してるんだ’とドスをきかせる、こいつが社長か?
両脇に1人ずつ従えられたチンピラもどきが‘社長、このジジィ誰ですか’とボヤいた。当たり。後ろからも新たに2人ほど歩いてきている。ステレオタイプのヤンキーといった風体、マフィアまではいかない半グレ。金回りは良さそう。
これは…ストレートに訊いちゃっていいな、今更だ。東は繕いもせず返答。
「ハジメマシテ。俺らの知り合いが新宝公司んとこに住み込み行ったっきり帰ってこないからさ、ちょーっと探らせてもらったのよ。そしたら色々とお話聞こえてきてね…広州のトラブルもわかってんだわ、亞牛建設サン。あんたらと揉めたあとに消えた従業員の死体が、会社所有の土地から出たでしょ」
話を掴めていない陳が大量の疑問符を浮かべながら東へと振り向いた。社長らしき男の顔色が変わる。
「九龍来てからも何人か消息絶ってる人間いるよね?現場移動つってさ。けど移動先ってこの更地だろ?おかしいじゃない」
東は少年の死体を見ながら思案。この子は楯突く性格じゃなかっただろうに…一体どこが気に食わなかったのか。それとも言う事を聞き過ぎた?立ち向かっても駄目、従順でも駄目。どうしようもない。
「────埋めたの?劉帆も、ここに」
言葉を押しだす東を、陳はポカンと見詰めた。聞こえた台詞の意味を理解するのに時間を要したようだった。それからハッとして、社長へ顔を振り戻す。怪訝な表情をする男。
「劉帆?」
「貧民街から働きにきたヤツだよ。けっこう熱血漢で…社長サンが気に入らなさそうなタイプの」
東の説明に、社長はあまり間を置かず‘あぁアイツか’と言った。いちいち名前など覚えちゃいない使い捨ての労働力達…けれど思い当たったということは、劉帆は印象に残っていたということ。どういう風に?聞くまでもなかった。が───聞かなければならない。
誤魔化しても裏取ってあっから、と東はダメ押し。随分友人想いだな?と皮肉る社長、息を呑む陳。
陳が待っているのは1言だけ。東の質問を否定する1言。けれど次に発される1言は、この場に居る全員が既に理解っていた。社長はなんとも面倒くさそうに溜め息、やれやれ仕方がないといった風体。そして。
「埋めた」
気怠げに吐き捨てた。
茫然とする陳、急激に萎れるオーラ。反対に男達の気配は熾烈、懐から次々とピストルが抜かれる。
樹は首を鳴らした。いつも通りだな…代わり映えのしない展開…思いつつ陳の肩から手を離し、テクテクと歩いて前に出る。つまらなそうに男達へ視線を投げ────東、と名を呼んだ。
「伏せて」




