魔術師と老豆・前
過日残夜2
夜更けの山あい。バイクを転がし目的地を目指す東、後ろのシートには陳。舗装がされていない道はボコボコで、車体が跳ねる度に陳は哎呀だの哎哟だの喚いている。
目立つかと懸念し4輪をやめたが、2輪は2輪で陳が騒がしいな…思いつつ東がアクセルを開けると陳は振り落とされないようにハッシとしがみついてきた。抱きつくオッサン、絵面がツラい。
林道は山深くへ伸びている。道幅は1車線強、明かりはほぼゼロ、ヘッドライトだけがボンヤリ砂利と土煙を照らす。進むにつれて勾配が大きくなり頭上を樹木が覆った。もう九龍からはだいぶ遠ざかってきた、これだと徒歩で家に帰るのは到底難しい。携帯の電波表示も圏外。劉帆から連絡がないのはそのせい…だったら、いいが。石や段差を避けて荒れた路面を更に直進。たまに曲進。
かなりの時間、道なき道を辿った先。
ぽっかり穴があいてひらけた土地と、それを囲う様に張り巡らされたフェンスが現れた。高さはそれなり。上方に巻かれた有刺鉄線が随分イカつい、刑務所の脱走防止みたい。電気まで流れていたりはしないだろうけど。東は若干離れた箇所にバイクを停め、遠巻きに施設を確認した。
出入り口とおぼしきドアの周りには誰もおらず、作業場自体もシンとしている。祝祭日は本社の人間達も休みなので監視が薄いという陳の読みは当たりらしかった。カメラは無い、お手隙であれば正面突破で問題無い。凸凹道でやられたらしいケツをサスサスしている陳を連れ、コソコソと扉に向かう。
柵にぶらさがっている錠前へと手をかけた。見た目はガチガチでゴツめ、だが型は古い。東は首から外したドッグタグをスライド、飛び出すピッキングツール。尖端を鍵穴にさしこみカチャカチャいじれば、ものの数秒でロックが解除された。
「本っ当に素早いね!魔術師みたいだ!」
「多謝さん。ほれ、行きますよ」
賛辞を適当に聞き流し陳の背中を押す。重機や資材の間を足早にすり抜け少しいくと、建ち並ぶプレハブ小屋にぶつかった。労働者の寝泊まり用だろう。そこそこ上部に窓がこしらえてある。
東は壁を這うパイプを取っ掛かりにほんのわずか登り、窓ガラスの中を覗いた。大人数が就寝中。タコ部屋。暗いが顔の判別はつきそう、地面に降りて陳に手招き。しゃがんで陳を肩に乗せ再び立ち上がる。
オッサンを肩車、またしても絵面がツラい。まぁアレか…親孝行みたいなもんかこれは…別に陳に世話焼いてもらってねぇしなんなら世話焼いてるし時たま持ってきてくれてる酒も全部猫に呑まれてるけど…。東がどうでもいいことを考えているうちに一通り室内を見回したらしい陳は、首を横に振る。劉帆は居なかったようだ。頷いて腰を落とす東、降りかけた陳が途中でバランスを崩しコロリと地べたに転げた。オッサンころりん。この男、何年も前から膝をいわしている。
「もー老豆ったら、大丈夫?膝の水抜いたほうがいいんじゃないの」
「この前抜いたばっかりなんだけどなぁ…好痛呀…」
缶コーヒー1本分くらい抜けてビックリしちゃったと陳。不要な情報。いや、買い付ける漢方のアドバイスをする上では必要か?アルコール控えなさいよと忠告しつつ東は陳の手を引き起き上がらせた。
「他の寮も覗く?」
「うーん、見られれば見たいかなぁ。ごめんよ東くん」
「お安い御用、てかその為に来たんだしね。チャチャッとやっちゃいましょ」
そうして何軒かチェックしたものの、やはり劉帆の姿はない。区画を変えて事務所に向かう。こちらも暗い。人の気配は皆無、社員が来ていないせいか。この建物へ労働者が立ち入ることはないのだろう。東がピッとドアを指差せば陳はゴクリと息を飲んだ。忍び足で扉へ近付き鍵穴をチェック、ピンシリンダー。楽勝。十秒もかからず解錠しドアノブをひねる、お邪魔しまぁす。
部屋の内装は至って普通。デスクにチェア、観葉植物──ん?大麻かこれ?いや洋麻か。ちぇっ──ラックに並べられたバインダーファイル。卓上の生身のルーズリーフを東が手に取る隣、陳はバインダーに指をのばす。
「このへんのファイル、そうなのかな」
「なんじゃない?【天堂會】もこんなんだったし。アナクロだねぇ」
「【天堂會】も?」
聞き返す陳に東は笑んで舌を出し、察した陳が‘東くんワルだねぇ!’と笑った。言い方がそこはかとなく古い。
【天堂會】のグッズ可愛かったよねぇ。陳もあーゆーの好きなの?オジサンはけっこうカワイイ物好きが多いんだよ!などなど無駄話をしながら家捜しスタート。




