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九龍懐古  作者: カロン
身辺雑事
282/492

メリクリとトントン拍子

身辺雑事5






杏香楼の地下、それなりに賑わうバー店内。週末だからなのか人気店なのか。照明と音楽は若干クラブ寄り、小綺麗にしている内装。客層も悪くない。


「どいつが売人なんかな」

「今探す」


キョロつく(カムラ)に短く返し、(タクミ)はポケットから小さな缶入りのラムネを取り出し1粒口内に(ほう)る。スタッフの女性を呼び止めて酒を注文、二言三言(ふたことみこと)話すと彼女にもラムネをあげた。カウンターに向かう途中でスツールに座る女の子に肩がぶつかり、謝り、ここでも二言三言(ふたことみこと)話して、テーブルのスナックを勝手につまみ、チャラけた調子でまた謝りその子にもラムネをあげた。それから壁に寄り掛かる派手めな()へと真っ直ぐ近寄り、親しげに話を弾ませる。友達か?待ち合わせでもしていたように見えるが…(カムラ)が様子を窺ううちに会話は終わり、(タクミ)は今度は缶ごとラムネをあげた。‘拜拜(じゃーね)’と手を振り女と別れ、スタスタ歩いてカウンターの椅子に腰掛ける。(カムラ)も跡を追った。


「あの()、知り合いなん?」

「全然」


(カムラ)の問いに返事をしながら(タクミ)は店内をザッと見回し‘右奥のダボシャツ’と囁いた。


「なにが」

「プッシャー」

「なんでわかるん」

「店入った時から俺らのことチェックしてる。俺が菓子(・・)配ってんのガン見してた、けど雰囲気的に客側じゃねぇと思う。多分寄ってくる」


もうひとつラムネの缶を取り出し、再度1粒口内へ。


その為のラムネ(・・・)…肩をぶつけたのもワザと…こちらを見ていた人間は何人か居たが、本命はそいつらしい。

(アズマ)が以前(タクミ)がプッシャーだと当てた時のことを思い出して納得しつつ‘ん?じゃあそれラムネちゃうんか?’と(わず)かに慌てる(カムラ)へ、(タクミ)は‘(アズマ)と一緒にすんな’と頬を弛めた。NOT薬物中毒(ジャンキー)そう(・・)見せただけで、本当にただのラムネだ。


ほどなくしてダボシャツがカウンターに酒を取りに来た。(タクミ)の横に肘を付く。


「見ない顔だな」


男は低く唸り、(タクミ)()めつけた。ビンゴ。(タクミ)が大袈裟に驚いた仕草で、‘ここお前のシマか!ごめんな!’と詫びて煙草を分ける。(アズマ)特製のアレ。受け取って火をつけたダボシャツの眉間のシワが消えた。上物。


「けっこうイイだろ?山茶花(カメリア)サバいてた時のツテでさ」


口角をあげる(タクミ)。煙草とツテ、山茶花(カメリア)に興味を惹かれた男がボックス席へ2人を誘う。


ダボシャツは香港から雪廠(アイスハウス)を持って九龍に入ってきたようだ。‘山茶花(カメリア)のルートも潰れたし雪廠(それ)でヤマ当てれるかもな’などと(タクミ)が適当に話を合わせる。


「そっちの雪人(ゆきダルマ)は何なんだ」


訊かれて情報屋と答える(カムラ)。‘スノーマンって呼んで’と(タクミ)が付け足せば男は破顔。(くれない)(カムラ)に続き、どうも微妙な(ふた)つ名…だが上手い具合に場が和んでいる、なにも言うまい…スノーマンは営業スマイルを浮かべた。聖誕快樂(メリクリ)


「お前、情報屋なら九龍城砦(このまち)の裏に詳しいのか?」

「まぁそれなりにやな。なんや欲しいネタがあるん?」

九龍(ここ)をシメてる奴について」


男の言葉に逡巡する(スノーマン)。城砦には多種多様なグループがあり、それぞれ取り扱う仕事やエリアが異なる。言うなれば全チームが独立体制、頂点に誰かが立っているということはない。そう説明するも、それは違う、香港で噂が流れていたとダボシャツ。


「居るだろ、龍頭(ボス)みたいな奴が」

「誰のこと()うてん?」

「【黑龍】の息子」


思いがけない人選に、妙な空気が漂った。【黑龍】の息子?(イツキ)───いや直近(ちょっきん)ならばもしや(シュウ)か?(シュウ)は多分、九龍(ここ)に来た事を他の半グレ連中に隠してはいなかった。どちらにしろ、俺達(・・)とコトを構えに来たのか…なんともよろしくない方向性…グラスに唇をつけたまま返答を考えていた(カムラ)の横で笑い出す(タクミ)


「マジで言ってんの?」


心底愉快そうに肩を震わせ屈託のない笑顔で放つ。


「テメェみてーな雑魚じゃ相手になんねぇから!お前、脳ミソ入ってんのか?頭振ったらカラカラいうんじゃね?」


自分の側頭部を指でトントン叩いてみせる。無邪気な表情と台詞のギャップが九龍山峰(カオルーンピーク)


えっ!?(こいつ)…喧嘩んなるといきなしガラ悪なりよるな…!?冷や汗をかく(カムラ)、しかし───この売人は(イツキ)と敵対する気満々なのだ。確かに黙っている訳にもいかない。いかないが、あの、ちょっと待ってくれないか、ちょっと…。突然の一触即発な気配に視線を泳がせる(カムラ)は、次の(タクミ)の発言で口に含んでいたチャイナブルーを吹いた。


「そもそも(こいつ)にだって勝てねーよ」

「ブフォッ」



(あお)るんやめてもろて!!!!



(タクミ)は親指でピッと(カムラ)を示し、男は血走った目を(カムラ)へと向け、(カムラ)はストールを盛大に濡らした。次いで勢いよく立ち上がった男は(カムラ)に右ストレートを飛ばす。と、同時に立ち上がった(タクミ)が男の顔面に左のクロスカウンターを決めた。スパァンと小気味良い音が響いてフロアに突っ伏す男。


「俺にもな」


言って、引き戻した手でフードを取る(タクミ)(カムラ)が口元の酒を拭い終えた時には小競り合いも終わっていた。(カムラ)小さく(・・・・)声を張る。


「い…いきなし始めやんでくれん!?」

「許可とって始めんのかよ?‘殴り合いしましょ’つって‘はぁい!’ってやる奴いなくね?てか(おまえ)ビビることないじゃん地下格闘やってんだし」

「やからって強いとは限らんねんな!!」


自分で言ったものの、どうにも情けない主張である。まぁいい…反省はあとだ…(カムラ)は周囲を確認してから、伸びている男の上着をまさぐる(タクミ)の横にしゃがみ込んだ。ポケットを漁りつつ何の気無しに呟く(タクミ)


「ぽっちゃりはパワー系って決まってんじゃん。(アズマ)もあのガタイなのにさぁ、お前らなんでそんな…そんな感じなわけ?」


濁した、というよりは、しっくりくる単語が見付からなかったのだろう。別に普通に‘弱い’()うてええんやで…。あぁ、だの、うぅ、だの煮え切らない返事をしつつ(カムラ)も重要そうな物を探す。葉巻。ドラッグ。携帯に鍵束。よしよしよし。


(タクミ)が顎で出口を指す。店の扉をくぐる時、従業員が‘飲み過ぎですか’と男へ声を掛けているのが見えた。




「まぁた(イツキ)の話広まっとるんか」

「ワンチャン(シュウ)じゃね。まだ結び付いてはなさそーだしダイジョブだろ、燈瑩(トウエイ)あたりに言っとけば」


路地を走りながらパクったスマホをイジる。まず確認すべきは【楽山】の問題…電話帳を開き、今までに調べをつけていた店長の偽名を検索。(カムラ)が自分のメモ帳を見ながら口頭で名前を羅列、画面をスクロールしていく(タクミ)


(ルイ)

「ない」

秀英(シゥイン)

「ない」

「アンディ」

「ない」

(ハオ)

「な…ある」

「あるん!?!?」

「うわウルサっ!!」


ビビったぁと耳を押さえる(タクミ)にすまんと(カムラ)


浩宇(ハオユー)がある。でも違うかも」

「なんや微信(チャット)とか無いん」

「んー…待って…浩宇(ハオユー)、のメッセ───あっ書いてるわ。書いてるわ【楽山】のこと」

「ホンマ!?!?」

「ウルサいって!!」


うわぁと身体を退()いた(タクミ)にすまんと(カムラ)


「したら、この電話帳洗おうぜ。他にも出るだろ色々」

「せやな。ほんなら(イツキ)燈瑩(トウエイ)さんにも伝えとこか」


(タクミ)が挙げた手に(カムラ)も掌を合わせる。軽快な音が鳴った。


話はわりかしトントン拍子。薬物(ドラッグ)のルートは割れた、人身売買もしているのならばこの連絡先からどこかしらのグループへと繋がる可能性が高い。女がトバされてしまうのも防げて更に【黑龍】の件についても先手を打てるだろう、これであとは浩宇(ハオユー)の裏取りをして桂子(カコ)の方も解決出来れば───悪くない。スピーディーだ。表情に思いっ切り‘よし!よし!’と書いてある(カムラ)の顔を見て、(タクミ)も楽しそうにクスッと()んだ。






あくる日。足掛かりを掴んだので目下調査中との進捗を伝えると、(リン)は歓喜の声。けれどやはり、桂子(カコ)との話し合いは平行線の模様…なかなか連絡もつかず。焦る(リン)(なだ)めてまた数日。


ふいに燈瑩(トウエイ)からの着信が入る。

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