メリクリとトントン拍子
身辺雑事5
杏香楼の地下、それなりに賑わうバー店内。週末だからなのか人気店なのか。照明と音楽は若干クラブ寄り、小綺麗にしている内装。客層も悪くない。
「どいつが売人なんかな」
「今探す」
キョロつく上に短く返し、匠はポケットから小さな缶入りのラムネを取り出し1粒口内に放る。スタッフの女性を呼び止めて酒を注文、二言三言話すと彼女にもラムネをあげた。カウンターに向かう途中でスツールに座る女の子に肩がぶつかり、謝り、ここでも二言三言話して、テーブルのスナックを勝手につまみ、チャラけた調子でまた謝りその子にもラムネをあげた。それから壁に寄り掛かる派手めな娘へと真っ直ぐ近寄り、親しげに話を弾ませる。友達か?待ち合わせでもしていたように見えるが…上が様子を窺ううちに会話は終わり、匠は今度は缶ごとラムネをあげた。‘拜拜’と手を振り女と別れ、スタスタ歩いてカウンターの椅子に腰掛ける。上も跡を追った。
「あの娘、知り合いなん?」
「全然」
上の問いに返事をしながら匠は店内をザッと見回し‘右奥のダボシャツ’と囁いた。
「なにが」
「プッシャー」
「なんでわかるん」
「店入った時から俺らのことチェックしてる。俺が菓子配ってんのガン見してた、けど雰囲気的に客側じゃねぇと思う。多分寄ってくる」
もうひとつラムネの缶を取り出し、再度1粒口内へ。
その為のラムネ…肩をぶつけたのもワザと…こちらを見ていた人間は何人か居たが、本命はそいつらしい。
東が以前匠がプッシャーだと当てた時のことを思い出して納得しつつ‘ん?じゃあそれラムネちゃうんか?’と僅かに慌てる上へ、匠は‘東と一緒にすんな’と頬を弛めた。NOT薬物中毒。そう見せただけで、本当にただのラムネだ。
ほどなくしてダボシャツがカウンターに酒を取りに来た。匠の横に肘を付く。
「見ない顔だな」
男は低く唸り、匠を睨めつけた。ビンゴ。匠が大袈裟に驚いた仕草で、‘ここお前のシマか!ごめんな!’と詫びて煙草を分ける。東特製のアレ。受け取って火をつけたダボシャツの眉間のシワが消えた。上物。
「けっこうイイだろ?山茶花サバいてた時のツテでさ」
口角をあげる匠。煙草とツテ、山茶花に興味を惹かれた男がボックス席へ2人を誘う。
ダボシャツは香港から雪廠を持って九龍に入ってきたようだ。‘山茶花のルートも潰れたし雪廠でヤマ当てれるかもな’などと匠が適当に話を合わせる。
「そっちの雪人は何なんだ」
訊かれて情報屋と答える上。‘スノーマンって呼んで’と匠が付け足せば男は破顔。紅の上に続き、どうも微妙な二つ名…だが上手い具合に場が和んでいる、なにも言うまい…スノーマンは営業スマイルを浮かべた。聖誕快樂。
「お前、情報屋なら九龍城砦の裏に詳しいのか?」
「まぁそれなりにやな。なんや欲しいネタがあるん?」
「九龍をシメてる奴について」
男の言葉に逡巡する上。城砦には多種多様なグループがあり、それぞれ取り扱う仕事やエリアが異なる。言うなれば全チームが独立体制、頂点に誰かが立っているということはない。そう説明するも、それは違う、香港で噂が流れていたとダボシャツ。
「居るだろ、龍頭みたいな奴が」
「誰のこと言うてん?」
「【黑龍】の息子」
思いがけない人選に、妙な空気が漂った。【黑龍】の息子?樹───いや直近ならばもしや宗か?宗は多分、九龍に来た事を他の半グレ連中に隠してはいなかった。どちらにしろ、俺達とコトを構えに来たのか…なんともよろしくない方向性…グラスに唇をつけたまま返答を考えていた上の横で笑い出す匠。
「マジで言ってんの?」
心底愉快そうに肩を震わせ屈託のない笑顔で放つ。
「テメェみてーな雑魚じゃ相手になんねぇから!お前、脳ミソ入ってんのか?頭振ったらカラカラいうんじゃね?」
自分の側頭部を指でトントン叩いてみせる。無邪気な表情と台詞のギャップが九龍山峰。
えっ!?匠…喧嘩んなるといきなしガラ悪なりよるな…!?冷や汗をかく上、しかし───この売人は樹と敵対する気満々なのだ。確かに黙っている訳にもいかない。いかないが、あの、ちょっと待ってくれないか、ちょっと…。突然の一触即発な気配に視線を泳がせる上は、次の匠の発言で口に含んでいたチャイナブルーを吹いた。
「そもそも上にだって勝てねーよ」
「ブフォッ」
煽るんやめてもろて!!!!
匠は親指でピッと上を示し、男は血走った目を上へと向け、上はストールを盛大に濡らした。次いで勢いよく立ち上がった男は上に右ストレートを飛ばす。と、同時に立ち上がった匠が男の顔面に左のクロスカウンターを決めた。スパァンと小気味良い音が響いてフロアに突っ伏す男。
「俺にもな」
言って、引き戻した手でフードを取る匠。上が口元の酒を拭い終えた時には小競り合いも終わっていた。上は小さく声を張る。
「い…いきなし始めやんでくれん!?」
「許可とって始めんのかよ?‘殴り合いしましょ’つって‘はぁい!’ってやる奴いなくね?てか上ビビることないじゃん地下格闘やってんだし」
「やからって強いとは限らんねんな!!」
自分で言ったものの、どうにも情けない主張である。まぁいい…反省はあとだ…上は周囲を確認してから、伸びている男の上着をまさぐる匠の横にしゃがみ込んだ。ポケットを漁りつつ何の気無しに呟く匠。
「ぽっちゃりはパワー系って決まってんじゃん。東もあのガタイなのにさぁ、お前らなんでそんな…そんな感じなわけ?」
濁した、というよりは、しっくりくる単語が見付からなかったのだろう。別に普通に‘弱い’言うてええんやで…。あぁ、だの、うぅ、だの煮え切らない返事をしつつ上も重要そうな物を探す。葉巻。ドラッグ。携帯に鍵束。よしよしよし。
匠が顎で出口を指す。店の扉をくぐる時、従業員が‘飲み過ぎですか’と男へ声を掛けているのが見えた。
「まぁた樹の話広まっとるんか」
「ワンチャン宗じゃね。まだ結び付いてはなさそーだしダイジョブだろ、燈瑩あたりに言っとけば」
路地を走りながらパクったスマホをイジる。まず確認すべきは【楽山】の問題…電話帳を開き、今までに調べをつけていた店長の偽名を検索。上が自分のメモ帳を見ながら口頭で名前を羅列、画面をスクロールしていく匠。
「睿」
「ない」
「秀英」
「ない」
「アンディ」
「ない」
「浩」
「な…ある」
「あるん!?!?」
「うわウルサっ!!」
ビビったぁと耳を押さえる匠にすまんと上。
「浩宇がある。でも違うかも」
「なんや微信とか無いん」
「んー…待って…浩宇、のメッセ───あっ書いてるわ。書いてるわ【楽山】のこと」
「ホンマ!?!?」
「ウルサいって!!」
うわぁと身体を退いた匠にすまんと上。
「したら、この電話帳洗おうぜ。他にも出るだろ色々」
「せやな。ほんなら樹と燈瑩さんにも伝えとこか」
匠が挙げた手に上も掌を合わせる。軽快な音が鳴った。
話はわりかしトントン拍子。薬物のルートは割れた、人身売買もしているのならばこの連絡先からどこかしらのグループへと繋がる可能性が高い。女がトバされてしまうのも防げて更に【黑龍】の件についても先手を打てるだろう、これであとは浩宇の裏取りをして桂子の方も解決出来れば───悪くない。スピーディーだ。表情に思いっ切り‘よし!よし!’と書いてある上の顔を見て、匠も楽しそうにクスッと笑んだ。
あくる日。足掛かりを掴んだので目下調査中との進捗を伝えると、綾は歓喜の声。けれどやはり、桂子との話し合いは平行線の模様…なかなか連絡もつかず。焦る綾を宥めてまた数日。
ふいに燈瑩からの着信が入る。




