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九龍懐古  作者: カロン
身辺雑事
281/492

場慣れと雪ダルマ

身辺雑事4






(ルイ)?聞いたことねぇな、引っ掛けた女用の名前なんじゃね」

「俺もそう思っててんけど」


夜更けの【宵城】最上階。首を捻る(マオ)(カムラ)が肩を竦める。


「受付やってたっつうニャーだかミャーだか捕まえて口割らせたらどうだよ」

(ラム)(マァ)な。ネコとちゃうんやから。いや、多分そいつらもよぉ知らんねん…店長()うとるけど女連れてきよるからで、実際ただの女衒(ぜげん)の側面が強いんとちゃうか」

「店自体はあんま関係ねーっつこと?」

「かもせん。やから早いやろ、【楽山(あそこ)】で荒事にするんは」

「あそぉ。んじゃ(アズマ)のルートで網張っとけ、どっかしらから買い付けてんだろ」

「店長?が、直接()うてんかな?やっとんのは雪廠(アイスハウス)やろけど…そういう(・・・・)時に使(つこ)てるて(リン)ちゃん言うとったし」


(マオ)(げん)に再び肩を竦める(カムラ)へ、(タクミ)が煙草の先を向けクルクル回す。弧を描く白煙。


雪廠(それ)以外にも色々買ってるよ。【楽山(みせ)】で客もキャストも麻薬(ヤク)キメてんじゃん、大麻(クサ)の匂いもすごかったし」


マリファナの香りは確かにしたが…他の薬も?(カムラ)が問えば、部屋覗いたらやってたと(タクミ)


「勝手に見たんか!?」

「許可とって見んのかよ?‘お邪魔します’つって‘どうぞ!’って言う奴いなくね?」


臆面もなく放つ(タクミ)に、(カムラ)は黙って唇を一文字(いちもんじ)にした。せやねんけどな…急に覗いたらお前それ、最中(・・)を覗くっちゅうことやんか…。なんやそれは、お前、アレやんか…。しゃーないけど…。


「ラリってんだし、チラ見くらいは向こうも気にしてねーよ」


そーゆー(・・・・)店でしょと(タクミ)。場慣れ感。薬物(ドラッグ)やアンダーグラウンドな出来事の扱いに関してもそうだけれど────そこだけではない。悔しいが、恐らく、(こいつ)はモテるのだ。なのでああいうシーンで動じる要素がない。悔しいが。(カムラ)は再度唇を一文字(いちもんじ)にした。

(カムラ)だってモテたいんじゃない。ただ経験値が足りないのが悔しい…余裕が欲しいのだ、余裕が。いつもいつもオロオロしおってこの饅頭は…垢抜けへんわ。(ヨウ)ごめんてホンマ…香水買おかな…。明後日の方向に飛ぶ思考。


「俺も(ルイ)って奴のこと、女達とか同業にそれとなく訊いておくから。饅頭はそいつの他の名前も調べとけよ。あと人身売買(トバし)の線」


(マオ)に呼ばれて意識を引き戻した──‘饅頭’で反応するのがさっそく垢抜けないが──(カムラ)は頷く。また【楽山(みせ)】行くとき俺も行くよと申し出る(タクミ)にも、妙に力強く頷いた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「店長の他の名前わかったよ。(ハオ)だって」

「俺んほうでも花街の店の()に聞いててん。ほんなら何やちょこちょこ飲み歩いて女の子引き抜いとるイイ男が()()うて…ふたつくらい違う名前出よったな」


(いく)らかの日が経ち、集まる情報。雑居ビルの屋上で(リン)と通話をしつつ──【楽山】店内で特に目立った動きが無かったために電話で済みました、ホッ──(カムラ)檸檬茶(レモンティー)を啜る。


「アタシ、多分店長に睨まれてんだよね…桂子(カコ)にウルサイこと言うからかも知んない。桂子(カコ)桂子(カコ)であんま店に来ないし連絡も取りづらいし」


店長のゆーこときいてんだろうなぁ、と(リン)は溜め息。男は(リン)に限らず、余計な風を吹き込む人間を桂子(カコ)から引き離したいのだろう。


「【楽山(みせ)】きてくれた時、カーテンの向こうに誰か居たじゃない。店長がスタッフに覗かせてたんだよ」


以降注意して見ていたら、新規客が来る度に店の人間がチェックしている事に気が付いたと(リン)。全部の部屋ではなく(リン)のルームのみ。となると、(リン)の動きを(いぶか)しんでいる…けれど従業員達がグルになって何かをしているわけではなさそう。彼らは店長に指示されるまま(リン)の動向を窺っているだけだ。


「俺らんこと何か訊かれてん?」

「んーん、それは平気だった。けどやっぱりさぁ…アタシ余計なお世話だよねこんなの…意味ないかなぁ」


(リン)はまた大きく溜め息をひとつ。


桂子(カコ)に忠告をせども、右から左で効果は無し。だが夜の世界の住民は(みな)心に穴が空いている人間ばかり───優しくしてくれた異性(あいて)(すが)ってしまうのは、理解(わか)る。自分達だって少なからずそういった隙間をつついて商売をしている。何を言えた義理もない。


「いや、んなことあらへんって。(リン)ちゃんが教えてくれんかったら俺らも【楽山】んこと詳しくわかれへんかったしな…桂子(カコ)ちゃんやって、そのうちちゃんと話聞いてくれるかもせんやん」


(カムラ)は励ますようにそう言って、だが───もしかしたら、と、呟く。唇を内側に巻いて考えた。ポジティブな発言をするのは簡単。しかし、そんな甘い(・・)台詞だけを並べ立てるのは無責任な気がした。

少し(カズラ)のことを思い出す。今日と同じように夕焼けに染まっていた不恰好な違法建築群、屋上と煙草、パックの檸檬茶(レモンティー)。あの時は…上手く行かなかった。けれど。


「もしかしたら、聞いてくれやんかもせん。何も変わらんかも。やけど変えようとして、やってみることは…無駄やないと思うんよ」


無駄じゃない。無駄じゃなかったはず。自分がそう信じたいから言うててんかな…俺は…口にしながら(カムラ)は思ったが、(リン)はいくらか晴々とした声で‘ありがと’と応えた。


ダラダラ他愛もない話をして通話終了ボタンを押すと、入れ替わりで(アズマ)からの着信。応答すればヘラリとした声。


(もしぃ)?【楽山】に薬売ってる奴なんだけど、目星ついたかも」

「えっ!!ホンマか!?!?」

「ギャッ!鼓膜!」


ボリュームに悲鳴を上げる(アズマ)へすまんと(カムラ)


雪廠(アイスハウス)だけじゃあ出回り過ぎててちょっとわかんなかったけど。雪廠(それ)と他のドラッグ、セットで大量に花街に卸してるプッシャーが居るみたい」

「コンタクト取れるん?」

「俺は知り合いじゃないのよね、でも週末の夜はいつも杏香楼のバーでカモ探してるってハナシ」


今日は週末、そして時刻はちょうど日が沈み始めた頃。絶好。(アズマ)に礼を述べ電話を切った(カムラ)はすぐさま(タクミ)の番号を押す。コール音…の代わりに流れるマッシュアップ。クソっ、オシャレやな────あっ出た。


「ちょぉ(タクミ)ヒマか!?」

「どした?【楽山】行くの?」

「行かん行かん!!いや行く!!」

「は?」


気が()いているせいでごっちゃになってしまった。(カムラ)(アズマ)が情報をくれたことを話し、売人を見付けに【楽山】ではなく杏香楼のバーへ付き合って欲しい旨を伝える。‘りょ’と軽い返事で了解した(タクミ)と待ち合わせ、(くだん)の店へ。


現れた(タクミ)はいつものニット帽に重ねて、口元までチャックの上がるパーカーを着ていた。フードもかぶり見えているのは目元だけ。(カムラ)にもビーニーを渡し、‘ストール巻き直したら?’と告げる。周到。アドバイス通りに帽子を装着しストールを巻き直す(カムラ)。服と相まってフォルムがよりいっそうモッフモフになった饅頭…改め雪ダルマに、(タクミ)は思わず吹き出した。

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