引っ越しと祝賀会・後
香港屋企２
他方、片隅で２人、並んでしゃがみ込み風物詩を楽しむ大地と寧。
「あ、ヤバい…落ちそう…」
「落ちたらダメなの？」
火球を落下させないように、手のひらで線香花火の周りを囲う大地を寧が覗き込む。大地はシシッと笑ってウインク。
「最後まで落ちないで燃え尽きると願い事が叶うんだって」
「え、そうなんだ…知らなかった…」
「おまじないみたいな感じだろうけどさ！寧もやってみる？」
差し出された線香花火を受け取り、寧はそっと火を灯した。願い事…願い事か…。考えるその視界の端に、ギャアギャアと何事か争っている彗と東が映る。
彗ちゃんは不満そうだけど…東さんと藍漣さん、素敵なカップルだよね…。思いながらチラリと大地の横顔を盗み見た。
遠くに居るけど恋人なのと、近くに居るけど友達なのは、どちらが良いのだろうか。
線香花火に視線を戻す。願い事。わ、私も────私も、大地と、り…両想いとかに！なりたい…！
ポテッ。
「あ」
落ちてしまった。シュワンと消える橙色の光をやたらとショックそうな表情で見ている寧に、もっかいやろ！と新しい花火を渡す大地。が、そよ風から守ったりなるべく振動させないようにしてみたり、試行錯誤しチャレンジしてみるもなかなか上手く行かない。
駄目だなぁ…駄目なんだろうなぁ。もういいじゃないか、友達でも。高望みか私は。だ、だって、いいなって思っちゃったんだもん…藍漣さん達が羨ましかったんだもん。私も、お願い事が叶うかな？って、思っちゃったんだもん…。
しょんぼりする寧へ、顎に手を当てて呻っていた大地は思い付いたように口を開く。
「もしかして、叶ってるってことかもよ？」
寧はバッと大地へ顔を向けた。
「だから落ちちゃうんだよ、多分。何お願いしたの？」
「え…えっと…」
しどろもどろな寧に、大地は‘俺は寧と仲良く居れますようにってお願いしたよ’と頬を緩めた。叶ってるから落ちちゃったのかなと呟く。
「私は…えと…お、同じ。私も、同じこと、お願いした」
「あ、ほんと？じゃあやっぱそうだね」
ピッと小指を立てる大地。寧はそろそろと自分の小指を絡める。
大地…なんやサラッとスマートやん…静かに見守っていた上は唇を噛む。悔しいが嬉しい弟の成長、複雑な兄の胸中。
各々が思い思いに遊ぶ様子を眺め、廃品のブラウン管に腰を掛ける東は口角を吊る。花火、作ってみて良かったな。調子に乗って打ち上げ型も制作しちゃおうかしら…いや、３尺玉とかじゃないよ？置いてやるやつよ？さすがに。
瞬間、ゴインッと後頭部に某かが当たる。瓶の底だ。
「いったぁ！！なに！？」
「何じゃねーよ、差し入れ。喜べ」
頭を押さえて振り返った東、その視界に映る閻魔。甚平に下駄を突っかけ非常に気怠げ。おろした前髪の間から覗く不機嫌そうな目、手の中にはクリュッグ。東は瞼をパチパチさせた。
「やだ、何で新しい花瓶持ってんの」
「あぁ？祝いなんだろ？開けろよシャンパンくらい」
言うが早いかスタスタと歩き出した猫は大地に新発売の菓子を投げて寄越し、ついでにポォンとボトルの栓を抜く。飛び散る琥珀色の泡。
「わっ、ちょっとやめてよ猫！！火が消えちゃう！！」
大地が笑顔でキャアキャアはしゃぎ、身体を盾にし寧ごと線香花火を護る。‘ドサクサで抱きつけ！’と寧にジェスチャーを送る彗、‘無理無理無理’と首を横に振る寧。
「やたら美味しそうな酒にしたね」
「そりゃな。せっかくだし。好きに呑めよ、ツケといたから」
「ありが────え、誰に！？俺に！？俺にだよねツケ！？燈瑩にしといてよ！！」
質問に予想外の答えが返り東は焦るも、猫がハッと鼻を鳴らした。
「テメェの女ん家の引っ越し祝いだろ」
「…いくら？今手持ち無いから精算週末でもいい？」
「急に払う気だな」
続いて聞こえてくる、階段からの足音。蓮と燈瑩がデザートを持って現れた。‘俺の奢りだから好きに飲んで’と肩を叩いてくる東に‘そうなの？ありがと’と微笑う燈瑩、猫は半目で御調子者を見やる。
蓮がやたらとデカい紙袋から次々おやつを取り出した。色とりどりの花弁がふんだんに使われた綺麗なゼリー、感嘆の声をあげる彗。
「うわ、ヤバ！可愛いじゃん！」
「こちらはですね美麗しゃんが送ってくれたエディブルフラワっヴェァ」
「泣くな鬱陶しい」
猫の裏拳がデコにあたり吉娃娃はキャンッと鳴く。愛らしいスイーツ達に風情無くスプーンをつっこみだす樹へ、‘写真撮ってからにしてよ馬鹿！’とスマホを構えた彗が文句をつけた。
賑やかに過ぎていく城砦の宴。不格好な違法建築を飾る家々の灯りと花街のネオン。降り出しそうな星空の中、鮮やかに蒼く煌めく彗星がひとつ、尾を引いて燦爛と夜を駆けていった。
