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九龍懐古  作者: カロン
香港屋企
276/492

引っ越しと祝賀会・前

香港屋企1





中流階級エリア、とあるマンションの高層階の1室。




眼下に広がる街並みを見下ろし、バルコニーで瓶の可樂(コーラ)を開ける(イツキ)(スイ)。ぬるい日差しとそよ風が肌を撫でる。(アズマ)(レン)に持たされた大量のご馳走を簡易テーブルに並べた。


「モサモサメガネ、残念だったわね。姐姐(ジェジェ)が居なくなっちゃって」

「すぐ帰ってくるじゃないの。俺、待てる子なんで」


ニンマリする(スイ)(アズマ)が唇を尖らせる。


この部屋は(スイ)藍漣(アイラン)新居(・・)だ。しかし、引っ越しが終わるとすぐに藍漣(アイラン)は‘上海でやる事がある’と九龍を離れてしまっていた。相変わらず‘イイ子で待ってろよ?’などと言って───はい待ってます。ワン。料理をパックから皿へと移しつつ、(アズマ)は自分の左耳に(かじ)りついている小さな龍を指で挟みモニュモニュ揉んだ。


(スイ)、ついて行かなかったんだね」

「まぁね…学校あるしぃ…」


グビグビ可樂(コーラ)(あお)(イツキ)、チビチビ(すす)(スイ)


学校とは城砦内の寺子屋。大地(ダイチ)が通っているそこに、ちょこちょこと(スイ)も顔を出しはじめたのだ。勉強がしたいとかそういうことではないが…なんだか、ちょっと、面白そうだったので。


姐姐(ジェジェ)は上海のストリートで暮らしていた子供達が元気で過ごしているか確認しに行ったらしい。引き取られたり働き先を見付けたり、居場所を得た者は多いけれど、生活が上手くいかずに路地裏に舞い戻ってきてしまう者だって少なくない。新しい家なき子(・・・・)もどんどんやって来る。姐姐(ジェジェ)はそういった人間を放っておけないのだ、ああ見えて結構お人好しなのよね…(アズマ)もだけど。ん?そうなるとお似合いか?ヤダぁ!ってゆーか九龍(ここ)のやつらみんな割とお人好しじゃん、だったらわざわざモサモサなメガネを選ばなくたっていいじゃん!


急に百面相をはじめる(スイ)(イツキ)はキョトンと見詰めて、それから熊猫曲奇(パンダクッキー)を差し出した。いや…お腹減って(うな)ってる訳じゃないから…と言いつつも受け取る(スイ)。頭からバリッといってやった。そこへピコンと電子音、微信(チャット)を開く(イツキ)


「あ。大地(ダイチ)(カムラ)の仕事が終わったら一緒に来るみたい」

「そうなの?じゃ(ネイ)も呼ぼっか」


(ネイ)へ連絡しようと携帯を取り出す(スイ)に、(イツキ)は不思議そうな表情。呼びたくない、などではもちろんなく、単純に‘大地(ダイチ)が来る’と‘じゃあ(ネイ)も呼ぶ’が結びつかなかったのだ。

(こいつ)…そんなに(にぶ)チンなことあるぅ…?(スイ)薄目(うすめ)で首無し熊猫(パンダ)を口の中に(ほう)る。


「なら(タクミ)も呼んでいい?来れそうな人を呼ぶってことだよね?」

「違うのよ(アンタ)…まぁいいけど、アクセどこで買ってんのか聞きたいし…」


違った。(イツキ)は、またも不思議そうな表情。


バタバタした為やらずに流れてしまった引っ越しパーティーの代わりかと思ったが、そうではないのか?思案しながら(タクミ)へメッセージを飛ばすと1分も経たずに返信。〈得la(りょ)〉。(マオ)にも送っておこうかなぁ?夜は暇じゃないかもだけど…そしたら燈瑩(トウエイ)にも…(イツキ)(スイ)の顔を見ると‘好きにしたら’と書いてあった。頷いて、グループチャットで一斉(いっせい)送信。(タクミ)が再度〈得la(りょ)〉とレスポンス、律儀。(イツキ)も月餅の絵文字を返しておいた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






(アズマ)ぁ!!花火たくさん持ってきたぁ!?」


夕刻、元気な声と共に大地(ダイチ)が玄関から顔を出した。(カムラ)(ネイ)も一緒だ。先に到着していた(タクミ)がガサッと透明なビニール袋を持ちあげると、中に詰まった(アズマ)お手製花火の数々に大地(ダイチ)は大喜びし‘やるぅ(アズマ)!伊達に違法薬師じゃないね!’と賛辞を送った。

違法(・・)の部分()ったか…?笑顔で首を傾げる薬師────改め花火師。ここのところ線香花火に留まらず3色花火も作れるようになりました。好きなのはネズミ花火です。


夜の帳が降りた頃、皆で屋上にあがり花火に火をつける。九龍城砦スレスレを飛んで行く飛行機、啟德機場(カイタックくうこう)ご自慢の‘香港カーブ’ 。時折襲い掛かる強風から火種を守りながら、ワイワイと開催される花火大会。


火花を瞳の中で揺らす(スイ)が呟く。


(アズマ)

「…ん?え、俺?」

「アンタ以外に誰が居んの」

「ですよね」


呆れ顔の(スイ)(アズマ)は肩を竦める。モサメガネに慣れていたので、いきなり本名を呼ばれて逆に反応が遅れてしまった。線香花火を()り直す手を止めて(スイ)に視線を投げる。


「ちゃんと姐姐(ジェジェ)のこと幸せにしなさいよ」


その発言に(アズマ)は目を丸くした。


あら?これは…認めてくれつつある、ということなのかしら…?驚いた(アズマ)が返答し(あぐ)ねていると、(スイ)はキッ!と鋭い眼差し。三節棍にかかる指。


「じゃないと歯ぁ全部折ってやるんだから」

「えぇ!?やめてぇ!?」

「でも(アズマ)、歯医者やろうとしてたんだし治せるじゃん」

「違うのよ(イツキ)


(イツキ)の合いの手に悲壮な顔をするヤブ医者。フォローをしたつもりが先ほど(スイ)に言われたのと同じ台詞をかけられてしまい、(イツキ)は首をコテンと斜めにしたが、(タクミ)の‘自分じゃ奥歯とかよく見えないからじゃね?’との適当な相槌になるほどと膝を叩いた。

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