表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍懐古  作者: カロン
紫電一閃
275/492

ピアスと雷霆

紫電一閃19






タンカー沈没のニュースはチラリとテレビで流れ、九龍城でも噂で流れ、それから台風小狗(コイヌ)に連れられどこかへ飛んで行った。魔窟発信のトラブルなんてその程度。今日も無法地帯は安心安全(・・・・)、通常運転。








「もー台風はいいから競馬つけろよ競馬」

「走んないでしょ馬…この天気じゃ…普通に他のワイドショっ」

「じゃあアニメにしてよ、もう始まってる!チャンネル変えて!」


ソファでダラける(マオ)が寝たまま酒瓶を傾け、カウンターでテレビのリモコンをいじる(アズマ)の手を上から覆い被さった大地(ダイチ)が操作。なににおいても主導権は店主に無い、素敵な【東風(たまりば)】。(カムラ)は‘これ1回見たやつやんか’と言いつつ画面を眺めた。再放送。と、入り口のドアがふいにガチャリと音を立てる。


「何、そのアニメ?ロボット?子供っぽいんだから…」


扉から顔を出した(スイ)が開口一番(いちばん)に溜め息。テーブルについていた(イツキ)が自分の隣の椅子を引き、(スイ)はトスッと腰を下ろす。後ろから入ってくる藍漣(アイラン)


「家探し、どう?いいとこ見付かった?」

「やっぱプーと燈瑩(トウエイ)()の近くにした」


(イツキ)の質問に頷く(スイ)、治安も景色も良いしねと笑う。先日燈瑩(トウエイ)が紹介してくれた老人会のメンバーが所有している物件に決めたようだ。簡素な契約を済ませ人心地ついた(スイ)藍漣(アイラン)は、その足でみんなに報告をしにきたらしい。大地(ダイチ)が振り向き‘そしたら引っ越しパーティーしないと!’と瞳を輝かせた。


「またバズーカ撃つのぉ?」

「俺撃ってないもん!(カムラ)にとられたから!」

「とってはないやろ別に」


ククッと喉を鳴らす(アズマ)大地(ダイチ)は反論。‘とった’を否定する(カムラ)、そんなお祭り男みたいな言い方はやめてくれ。祭男(それ)鶏蛋仔(ワッフル)屋だけで充分だ。

藍漣(アイラン)(アズマ)に近寄り素面(すめん)の目元を(さす)って、お前とはあんまり近所じゃなくてごめんな?と微笑(びしょう)。上海よりは断然近いでしょと答える(アズマ)───しかし、藍漣(アイラン)の視線はその耳朶(みみたぶ)()まる。気付いた(アズマ)が少し気恥ずかしそうに立ち上がりお茶を淹れに台所へ向かった。


九龍(ここ)、気に入ってくれたんだ」


(イツキ)の台詞に、(スイ)は赤茶けた髪をクルクルと指に巻き付けポツポツ話す。


「まぁね。魔窟だー!とか言われてるけど、そんなん裏社会ならどこだって一緒じゃん。フツーにこの街楽しいしご飯も美味しいし、遊ぶとこもいっぱいあるし…それに…」


言葉を区切った(スイ)の顔を、(イツキ)が覗き込む。それに…の続きは?(スイ)はクスリと笑ってテーブルをコンコン叩いた。


「だからさ。みんなと一緒に居てもいいよ」


それに────‘仲間’が出来たから。口には出さなかったが、出す必要もないのかなと(スイ)は思った。きっと、みんなの中では、当然(・・)のことなのだろうと感じたので。


「ぁんだそりゃ?偉っそうだな?」

「はぁ!?(マオ)に言われたくない!!」


ハッと(わら)(マオ)に、シャーシャーと毛を逆立てる(スイ)。ネコ2匹。まだ仲裁人(トウエイ)は来ていない…収拾がつかない…(イツキ)はその到着を待ちつつ静かに戦いを見守った。






「お前、開けたのか」


(アズマ)(あと)を追ってキッチンへやってきた藍漣(アイラン)は言いながらフードを掴み、左耳をマジマジと見詰める。

ピアスがくっついていた。‘痛いから嫌だ’と言ってたのに…しかもしがみついているのはアクセサリーショップで藍漣(アイラン)が吟味していたものの、買わずに帰ってしまった例の龍。


「1個しか開けてないよ、痛いもん。だからこれ1個藍漣(おまえ)に」


(アズマ)はパーカーのポケットに手を突っ込むと小袋を出した。中で大人しく丸まる片割れの龍。藍漣(アイラン)はそれを受け取り、不在だった3連ホールの1番下の席を埋める。カプカプと耳朶(みみたぶ)(かじ)りつく小さなドラゴン達。


(アズマ)


コンロへ向かおうとする(アズマ)藍漣(アイラン)はもう1度呼び止め、振り向いたその顔に黒縁の眼鏡をかける。九龍の色々な店に足を運び、新しく見繕って調達してきたものだ。驚く(アズマ)藍漣(アイラン)はたおやかに笑う。


「壊れちまったやつの代わりには、もちろんならねぇけどさ。かけとけよ」

「たまには取れって言ってたじゃない」

「んな昔話すんな、ジジィじゃねんだから!隠しとけ。お前はイイ男過ぎる」


眼鏡の両フチにかけていた手を耳朶(みみたぶ)におろし、ピアスに触れる。それから頬を挟んで、頭を引き寄せ唇を重ねた。


「ウチのだからな」


唇をつけたまま囁く。


「あー!!!!やだってばぁ姐姐(ジェジェ)!!!!」


(マオ)との一悶着(ひともんちゃく)を終え、お茶汲みを手伝おうとやって来たらしい(スイ)が悲鳴をあげた。藍漣(アイラン)が笑って(アズマ)の首に腕を回すと(スイ)はウギャァと断末魔。揶揄(からか)い甲斐のある妹分。


「そろそろ認めてもらえません!?」

「無理ぃ!!(スイ)まだモサっ…モサメガネの魅力わかんないもん!!」


藍漣(アイラン)のシャツを引っ張る(スイ)へ認可を求める(アズマ)。またモサメガネか…眼鏡が復活した為アダ名も復活してしまった。モサモサよりはいいのか。同じか。ん?それとも、モサモサメガネにパワーアップしたのぉ…?考え込む(アズマ)から藍漣(アイラン)を引き剥がしにかかる(スイ)


「とにかく姐姐(ジェジェ)はあげないんだから!!」

「でも藍漣(アイラン)は俺のこと好きだもんね!…え?だよね?」

「ははっ、好きだよ♪」

「やだぁ姐姐(ジェジェ)!!考え直して!!」

「いいじゃない!」






分厚い雲が薄く裂けて、窓ガラスから一筋(ひとすじ)の陽光が差し込む。棚の上の花瓶にささった紫荊花(バウヒニア)。隣に並べられているテーマパークのぬいぐるみとツルの飛んだ黒縁眼鏡。

残った片方だけのレンズは、午後の陽射しを乱反射し、喧々囂々(けんけんごうごう)と騒がしい店内を(かす)かに(まばゆ)く照らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ