昔日とナンバーナイン・後
紫電一閃18
1人、2人、3人。次々に沈めていく樹。またたく間に人数は減り、もはや船内に残っているのは片手に足りないほどではなかろうかと思われた時───はたと疑問が彗の口をついた。
「ねぇ!龍頭ってどいつなの?」
「そういえば…甲板には来てないみたいだね。個室に行ったのは見たけど…」
燈瑩が答える最中、男が1人、コンテナの影からヒョコッと顔を出しすぐに引っ込んだ。否。逃げた。
「あ、居た」
ピッと指を差す燈瑩、すぐさま男を目掛けて走り出す彗。逃さない。積荷のあいだを素早くすり抜け、コンテナを駆け上がりつつ三節棍を組み立てた。こいつが、こいつが───…掌に自然に力がこもる。
飛び掛かると同時に腕を振り下ろし一撃。男は振り返り、顔の前に掲げた拳銃でそれをガードする。彗は男の胸元を蹴りつけ反動で後ろに跳んだ。数メートル開く距離。着地するやいなや直ぐに前へと踏み込む。銃口がこちらへ向くのが見えたがそんな弾当たらない…当たるわけない、当ててみろ、当てられるもんなら!!
身体を右へ傾けつつ、右腕を外側に振った。三節棍がしなやかに軌道を描く。尾を引く彗星。左の頬を銃弾が掠めて赤茶けた髪を数本さらったが、構わず、腕を内側に振り戻す。鉄の棒が風を切り、男の脇腹を捉えた。彗は手首を返し続けざまに追撃。今度は側頭部に当たり、男がよろけて膝を折る。取り落とされたピストルを蹴り飛ばす彗。這いつくばる男を見下ろした。
「アンタが…」
荒くなった息を整えていると、隣に立った燈瑩が男の頭へ銃を向ける。彗は深呼吸をして一言ずつハッキリと紡いだ。
「アンタがやったの?あの時の───爸爸と媽媽のバスの事故」
大陸山間部で、武闘家の家族が巻き込まれた転落事故だよと燈瑩。そのあと親類も全員殺して財産を奪った一件…そこまで古い話でもなければ、それなりに金も入ったはずだ。覚えていないということはないだろう。
暫く考えた後、男は‘生き残りの娘か’と目を見開く。続いて両手を顔の横に上げると、悪かった、金が必要で、仕方なく、申し訳ないと思っている、などと言い訳を並べ始める。そして許してくれと懇願。まさかの命乞い。
彗は瞳を丸くし、無言で男を眺めた。
何だコイツ?めっちゃダサくないか?本当にコイツが龍頭で、爸爸と媽媽の仇だっていうのか?男はつらつらと謝罪を口にしていたが彗の耳には入っていなかった。
なにこれ。超、茶番じゃん。
こんな男だったのだ…両親を殺したのは…。こんなちっぽけでつまらない男。まぁ確かに、コイツが直接手を下した訳ではないのだろうが。さりとて同じ事だ。張り詰めていた糸がプツンと切れて、彗は空を仰いで大きく溜め息を吐く。雨粒がポタポタと目に入り視界がボヤけた。
「なんか、もぉ、馬鹿みたい。全部」
「…そうかな。そうかもね」
一連の事柄と顛末に対して、‘馬鹿みたい’という言葉を他人の自分が肯定するのもどうか。しかれど、彗が考えた末に結論付けたのならば、それを否定するのもどうか。そんな優しい迷いを含んだ曖昧な燈瑩の返事に、彗はクスリとした。再び龍頭に視線を落とす。
燈瑩が首を傾けた。
「どうする?」
「えー…?んー…よくわかんないや。割と、どうでもいいかも」
「わかった。じゃあさ、これは俺の個人的な憂さ晴らしね」
言うが早いか数回トリガーを引く。男の頭蓋骨が弾け脳漿が出て、目玉も飛び、コロンと床に転がった。船の揺れに合わせてコロコロ──前衛的に──デッキを往復している。彗は呆気にとられ、口を開けて燈瑩を見た。
上手い具合に責任を持っていかれた。‘覚悟を決めている’と自分が言った時、‘欲張るな’とたしなめたくせに。いや、たしなめてきたのは猫だったけど────とにかく。
「ズルい…」
「欲張りだから、俺」
「はぁ!?」
なんだその返し?ムカつく!燈瑩の脇腹を殴る彗、‘痛っ’と呟きが聞こえた。絶対痛くないくせに!もう1発殴ったら、愉快そうに笑われた。やっぱり痛くないんじゃん!思いながら彗も笑う。
甲板の敵を一掃した樹はトテトテと船内を歩き回って残党を探していた。見付かってしまった者は首ポッキン、地獄の伏匿匿。
あと数人は隠れているはず。どこかなぁ…?ここかなぁ…?───みぃつけた。
伏匿匿を終えた樹がデッキに戻ると、並んで船の縁に寄りかかっていた彗と燈瑩が波間に光る灯りを指で差し示した。小型のクルーザー。ライトを点滅させて走ってくる。
梯子を下ろし、チャチなゴムボートに乗り、タンカーから離れ小型船へ近付いた。‘おかえり’と藍漣の声が響く。全員が船内に上がると、東は煙草に火を点けジッポをそのままゴムボートの中に放り、フチを足裏で押して波間に流す。運転を燈瑩に任せた藍漣がその煙草を口から奪ってふかし、白煙を吹いた。
遠ざかっていくタンカーを眺める彗。炎は段々と全体に周り、燃え盛る鉄の塊。ほんのわずか、瞼の裏に、事故の際に燃えてしまったバスの車体が映り…けれどすぐに消えた。
決着はついた。彼方に沈むあのタンカーは過去なのだ。ここから、進んでいく。進んでいる────みんなと一緒に。
藍漣が後ろから彗の肩に両腕を回した。彗はその胸に背中を預ける。藍漣は何も訊かず、彗の赤茶けた髪にひとつキスを落としてキュッと抱き締めた。
「強い子だな」
はにかんだ彗が頷く。樹は東が持ってきたお菓子をパクパク頬張りはじめ、それを彗にも差し出した。月餅。本当に緊張感が無いな…まぁ、緊張感なんて要りはしないんだけど。彗は‘まぁた月餅?’と文句をつけつつ、それでもその真ん丸いプレゼントを、笑顔で受け取った。




