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九龍懐古  作者: カロン
紫電一閃
274/492

昔日とナンバーナイン・後

紫電一閃18






1人、2人、3人。次々に沈めていく(イツキ)。またたく()に人数は減り、もはや船内に残っているのは片手に足りないほどではなかろうかと思われた時───はたと疑問が(スイ)の口をついた。


「ねぇ!龍頭(ボス)ってどいつなの?」

「そういえば…甲板(ここ)には来てないみたいだね。個室に行ったのは見たけど…」


燈瑩(トウエイ)が答える最中(さなか)、男が1人、コンテナの影からヒョコッと顔を出しすぐに引っ込んだ。否。逃げた。


「あ、居た」


ピッと指を差す燈瑩(トウエイ)、すぐさま男を目掛けて走り出す(スイ)。逃さない。積荷のあいだを素早くすり抜け、コンテナを駆け上がりつつ三節棍を組み立てた。こいつが、こいつが───…(てのひら)に自然に力がこもる。


飛び掛かると同時に腕を振り下ろし一撃(いちげき)。男は振り返り、顔の前に掲げた拳銃でそれをガードする。(スイ)は男の胸元を蹴りつけ反動で後ろに跳んだ。数メートル開く距離。着地するやいなや()ぐに前へと踏み込む。銃口がこちらへ向くのが見えたがそんな(たま)当たらない…当たるわけない、当ててみろ、当てられるもんなら!!

身体を右へ傾けつつ、右腕を外側に振った。三節棍がしなやかに軌道を描く。尾を引く彗星。左の頬を銃弾が掠めて赤茶けた髪を数本さらったが、構わず、腕を内側に振り戻す。鉄の棒が風を切り、男の脇腹を捉えた。(スイ)は手首を返し続けざまに追撃。今度は側頭部に当たり、男がよろけて膝を折る。取り落とされたピストルを蹴り飛ばす(スイ)。這いつくばる男を見下ろした。


「アンタが…」


荒くなった息を整えていると、隣に立った燈瑩(トウエイ)が男の頭へ銃を向ける。(スイ)は深呼吸をして一言(ひとこと)ずつハッキリと紡いだ。


「アンタがやったの?あの時の───爸爸(パパ)媽媽(ママ)のバスの事故」


大陸山間部で、武闘家の家族が巻き込まれた転落事故だよと燈瑩(トウエイ)。そのあと親類も全員殺して財産を奪った一件(いっけん)…そこまで古い話でもなければ、それなりに金も入ったはずだ。覚えていないということはないだろう。


(しばら)く考えた(のち)、男は‘生き残りの娘か’と目を見開く。続いて両手を顔の横に上げると、悪かった、金が必要で、仕方なく、申し訳ないと思っている、などと言い訳を並べ始める。そして許してくれと懇願。まさかの命乞い。


(スイ)は瞳を丸くし、無言で男を眺めた。


何だコイツ?めっちゃダサくないか?本当にコイツが龍頭(ボス)で、爸爸(パパ)媽媽(ママ)の仇だっていうのか?男はつらつらと謝罪を口にしていたが(スイ)の耳には入っていなかった。


なにこれ。超、茶番じゃん。


こんな男だったのだ…両親を殺したのは…。こんなちっぽけでつまらない男。まぁ確かに、コイツが直接手を下した訳ではないのだろうが。さりとて同じ事だ。張り詰めていた糸がプツンと切れて、(スイ)は空を仰いで大きく溜め息を()く。雨粒がポタポタと目に入り視界がボヤけた。


「なんか、もぉ、馬鹿みたい。全部」

「…そうかな。そうかもね」


一連(いちれん)の事柄と顛末(てんまつ)に対して、‘馬鹿みたい’という言葉を他人の自分が肯定するのもどうか。しかれど、(スイ)が考えた末に結論付けたのならば、それを否定するのもどうか。そんな優しい迷いを含んだ曖昧な燈瑩(トウエイ)の返事に、(スイ)はクスリとした。再び龍頭(ボス)に視線を落とす。

燈瑩(トウエイ)が首を(かたむ)けた。


「どうする?」

「えー…?んー…よくわかんないや。割と、どうでもいいかも」

「わかった。じゃあさ、これは俺の個人的な憂さ晴らしね」


言うが早いか数回トリガーを引く。男の頭蓋骨が弾け脳漿が出て、目玉も飛び、コロンと床に転がった。船の揺れに合わせてコロコロ──前衛的に──デッキを往復している。(スイ)は呆気にとられ、口を開けて燈瑩(トウエイ)を見た。


上手い具合に責任を持っていかれた。‘覚悟を決めている’と自分が言った時、‘欲張るな’とたしなめたくせに。いや、たしなめてきたのは(マオ)だったけど────とにかく。


「ズルい…」

「欲張りだから、俺」

「はぁ!?」


なんだその返し?ムカつく!燈瑩(トウエイ)の脇腹を殴る(スイ)、‘(いた)っ’と呟きが聞こえた。絶対痛くないくせに!もう1発殴ったら、愉快そうに笑われた。やっぱり痛くないんじゃん!思いながら(スイ)も笑う。



甲板の敵を一掃(いっそう)した(イツキ)はトテトテと船内を歩き回って残党を探していた。見付かってしまった者は首ポッキン、地獄の伏匿匿(かくれんぼ)

あと数人は隠れているはず。どこかなぁ…?ここかなぁ…?───みぃつけた。



伏匿匿(かくれんぼ)を終えた(オニ)がデッキに戻ると、並んで船の(へり)に寄りかかっていた(スイ)燈瑩(トウエイ)が波間に光る灯りを指で差し示した。小型のクルーザー。ライトを点滅させて走ってくる。

梯子を下ろし、チャチなゴムボートに乗り、タンカーから離れ小型船へ近付いた。‘おかえり’と藍漣(アイラン)の声が響く。全員が船内に上がると、(アズマ)は煙草に火を点けジッポをそのままゴムボートの中に放り、フチを足裏で押して波間に流す。運転を燈瑩(トウエイ)に任せた藍漣(アイラン)がその煙草を口から奪ってふかし、白煙を吹いた。


遠ざかっていくタンカーを眺める(スイ)。炎は段々と全体に周り、燃え盛る鉄の塊。ほんのわずか、瞼の裏に、事故の際に燃えてしまったバスの車体が映り…けれどすぐに消えた。


決着はついた。彼方に沈むあのタンカーは過去(・・)なのだ。ここから、進んでいく。進んでいる────みんなと一緒に。


藍漣(アイラン)が後ろから(スイ)の肩に両腕を回した。(スイ)はその胸に背中を預ける。藍漣(アイラン)は何も訊かず、(スイ)の赤茶けた髪にひとつキスを落としてキュッと抱き締めた。


「強い子だな」


はにかんだ(スイ)が頷く。(イツキ)(アズマ)が持ってきたお菓子をパクパク頬張りはじめ、それを(スイ)にも差し出した。月餅。本当に緊張感が無いな…まぁ、緊張感(そんなもの)なんて()りはしないんだけど。(スイ)は‘まぁた月餅?’と文句をつけつつ、それでもその真ん丸いプレゼントを、笑顔で受け取った。

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