心火と端緒・前
紫電一閃13
「姐姐！大丈夫！？」
【東風】のドアを引くなり焦った声を上げる彗。中では東と藍漣、一足先に帰宅していた樹──匠はようやく退院して自宅に戻れたらしい、恭喜──が揃って蛋撻を食べていた。のほほんとした絵面に拍子抜け、何者かに襲われたというから心配だったものの…。藍漣がニヤリと口角を吊る。
「東が守ってくれたからな」
「えー！？ほんとにぃ！？」
疑いの眼を向けてくる彗へ、東は‘やるときはやるんですぅ’と口を尖らせた。その首に貼られた、どデカい絆創膏。何箇所か虫に刺されてたから貼ってあげたと得意げにする看護助手に、唇を横に結び笑いを堪える藍漣。今一つ色々と信じていない彗の後ろから燈瑩が熊猫曲奇片手に顔を出し、続いて野暮な上もやって来た。
蛋撻にくわえて曲奇、上がテイクアウェイしてきた茶餐廳の三文治と一気に充実するブランチ。彗が‘樹、これ好きなんでしょ’と手渡した熊猫曲奇は例の星付きレストランのもの。昨日燈瑩と夕飯食べに行ってさぁ！朝まで沢山お店ウロウロしちゃった！と語る彗、それを聞いて上は密かに一安心…勝手に気を揉んでいただけではあるが。苦労性。
「っていうかモサメガネ、弱っちいのによく姐姐のこと守れたわね」
「俺だって自分の女くらいは頑張って守るんですって」
「はぁ！？‘自分の女’！？そーゆー気取った言いかたは燈瑩くらいモサくなくなってからしてよね！！」
「なんで燈瑩を引き合いに出すのよ！？」
「だって上じゃモサいじゃん」
「とばっちりやないか」
彗と東のラリーの巻き込み事故に遭う上、樹が‘でも燈瑩は怪我したがりだよ’と口を挟む。何だそりゃと藍漣が首を傾げ、したがりってことはないけどと燈瑩は笑って否定。
「だいたいモサメガネはねぇ───…あれ？アンタ、眼鏡どうしたの？」
彗は東を凝視。そういえば眼鏡が無くなっている。東は、あぁ、と呟いてパーカーのポケットからレンズが割れた眼鏡を出した。ツルはバキバキ、一見して正直…元に戻せるとはいい難い壊れ具合。藍漣が眉尻を下げる。
「ごめんな」
「ん？いや、俺の手落ちでしょ。ていうか…むしろ…ここまでずっと壊れなかったほうが不思議だから」
東は、残されたフレームを指でなぞった。うら淋しいような、懐かしむような…そんな仕草。その指先から視線を外せないでいた藍漣の横で、彗がフンと鼻を鳴らす。
「どのみちモサモサね」
ん？モサメガネからモサモサになったということ？それはどっちがマシなのかしら…悩む東の頬に藍漣は手の平を当て、よく見ろよ彗？それなりにイケてるぜ？とウインク。彗はめちゃくちゃ渋い顔で東を穴があくほど眺めてから、一点儿都不懂…と呻いた。
「へも、へっほく誰だっはの？はっひ絡んへひた奴らっへ」
曲奇を口に詰め込み問う樹、‘誰’と‘絡んで’と‘奴ら’をギリギリ拾った上が膝を叩く。
「せや、俺それ伝えに来ててんけど。まず彗ちゃんが喧嘩した奴らのことからやな」
話によると、件の輩は元来中国大陸を中心に活動していた武器商のグループ。人数が増えたり減ったりで近年はチンピラの寄せあつめ集団の様になっているらしいが、このところ銃器を詰め込んだトラクター等の大型輸送物と共に子供も積荷として流していて…その集荷にうってつけの九龍のスラムや貧困街をウロつき始めたのだ。
今回彗と揉めた際、周辺を探って目に付いた寧や蓮…要するに、集荷が出来そうな年齢の相手を狙ってきたのではとの見解。
「ほんで、今藍漣がよぉわからん奴らと揉めたやんな？したら多分それも同じ一派やと思うわ」
「ん？けど、子供拐いたいならウチんとこに来る理由は薄くないか？」
「いや…ルート寄越せ、言うとったんやろ？元が武器どうこうしとる連中やねんな。九龍にも手ぇ広げはじめとる、せやから…」
「俺絡みってことだね」
藍漣の疑問に答える上の台詞を受けて、燈瑩が軽く肩を竦めた。
ルートとは、つまり武器商のルート。新たな販路の獲得も狙っている連中だ、彗のことを嗅ぎ回っているうち藍漣に繋がり、派生してその近辺───燈瑩とも結び付きがあると知った奴らは、藍漣が上海から取り引きをしにやって来たのではないかと憶測したのだろう。下っ端共は手柄と金を奪い合うカスのような半グレ、一枚岩ではない。盗れそうな物を各々盗りにきた…そんな感じ。現実に燈瑩のルートは上海方面にも散らばっているし、藍漣も嘗て属していたチームが密輸業者として動いていた事もある。筋道は通る。
藍漣が頷いた。
「そっか。燈瑩、アンバーだもんな」
途端。
彗がバッと立ち上がり、燈瑩へと振り向く。
「アンバー？燈瑩がアンバーなの？」
その反応に全員が彗を見詰め、彗はジッと燈瑩だけを見詰めていた。開かれた瞳孔、映る色は────どうしてか、怒気を帯びている。或いは怨嗟。赤茶けたポニーテールが揺れた。暫くの後、重たく絞り出された声が静寂に波紋を作る。
「じゃあ…彗…ずっと、探してたよ。燈瑩のこと」
