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九龍懐古  作者: カロン
紫電一閃
265/492

強制入院と上機嫌・後

紫電一閃10






「だから(タクミ)(イツキ)食肆(レストラン)に居るんだ」


久々の晴天、九龍の街並みが一望できる高層マンションのバルコニーで瓶の可樂(コーラ)をあける(スイ)。目下絶賛お住まい探し中、本日は内見(ないけん)も兼ねた地域調査の住宅訪問。訪問された家主(トウエイ)が隣で笑って煙草を(くゆ)らせる。


「そうそう。(イツキ)は最近ちょっと…心配性で」


(シュウ)一件(いっけん)以降。誰かが欠ける────その可能性を僅かでも孕む事柄に対し、どうにも少し過敏なのだ。燈瑩(トウエイ)は最近自分もうっかりケガをして【東風】に軟禁(・・)されてしまった事件を話す。聞きながら(スイ)可樂(コーラ)で喉を潤し、手摺りに寄りかかった。


視界に広がる違法建築。見晴らしがよく夜景が綺麗そうだ、風も気持ちいい。エリア的に治安もそんなに悪くないっぽいし、この辺りの高層階、確かにイイかも知んない…家賃、高いのかな…?

(スイ)がそんなようなことを口にすると、燈瑩(トウエイ)は近くの物件を紹介しようかと提案。老人会の茶飲み友達にビルのオーナーが居るので安い賃料で貸してもらえるらしい。


「顔広いのね。九龍が地元なんだっけ?あと大地(ダイチ)達も」

大地(ダイチ)(カムラ)は富裕層地域の出身だけどね」

燈瑩(トウエイ)は?」

「俺はスラムだよ」


答える燈瑩(トウエイ)の横顔を眺め、ふぅんと唇を尖らせる(スイ)。容貌や雰囲気からするとスラムの出身()には見えないが…思いつつ盛大な溜め息をひとつ。


「てゆーか燈瑩(トウエイ)とかならイイ感じなのに。姐姐(ジェジェ)、‘あの垂目(タレめ)は色男だから駄目だ’って」

「それは…えーと、ありがとう…?」


(スイ)の台詞に燈瑩(トウエイ)は小首を傾げる。結果としては‘駄目’だが賛辞には相違ない…というか俺、垂目(タレめ)って呼ばれてるのか…他のメンツのアダ名も気になる。(マオ)猫目(ネコめ)とかだろうか。どうでもいい事を考える横で、(スイ)が‘姐姐(ジェジェ)の趣味マジでわかんない!認めない!’と(ふく)れっ(つら)。白煙と共に言葉を流す燈瑩(トウエイ)


「でも良い奴でしょ、(アズマ)

「そーだけど!モサいもん、姐姐(ジェジェ)があんなにカッコいいのにぃ!もぉ…なんなのよあのパーカー…」


そう言う(スイ)もパーカーである。フードが付いている服が好きらしい、どうも(アズマ)と系統がカブる事が気に食わない様子。

(スイ)(しばら)く不満をブツブツ呟いていたが、再び盛大な溜め息を()くと柵に背を預けて空を仰ぎ、出し抜けに発言。


(スイ)、今日ここん()泊まろっかな」

「ん?この部屋気に入った?」

「それもあるけど。(イツキ)食肆(レストラン)だから」


(イツキ)食肆(レストラン)に居るならば【東風】には(アズマ)しか居ない。だからどう、とはもちろん藍漣(アイラン)は言わないものの…まぁ折角の機会だ…‘断腸の思いってやつね’とボヤく(スイ)燈瑩(トウエイ)は含み笑いをした。


(アズマ)のこと認めないって言ってたのに」

「認めないよ!全っ然!でも、姐姐(ジェジェ)はモサメガネが好きじゃん。だから姐姐(ジェジェ)の為。(スイ)姐姐(ジェジェ)が好きだから」


渋面(しぶつら)のまま手振りをつけて説明する(スイ)に、燈瑩(トウエイ)は‘そっか’と頷き目尻を下げた。


「じゃあ、この辺のビルのオーナー紹介するからさ。ちょっと周りの家見て回って、夜は何か美味しい物でも食べに行こうか」

「行く!あっ、そしたら(スイ)、行きたいお店あるんだよね!」

「どこ?」

「富裕層地域の星付きのやつで、(イツキ)(マオ)燈瑩(トウエイ)と行ったとこ」


(イツキ)から話を聞いたと目を輝かせる(スイ)に、燈瑩(トウエイ)は記憶を辿る。富裕層地域の星付き…あの店か、確かに美味しかった。帰りに(マオ)が暴言吐いて暴れたけど────


‘ケツの穴みてぇな顔して喋んじゃねぇよ’

‘口の形かな…’


「ふふっ」

「え?何?」

「なんでもない」


いつかのやり取りが脳裏に蘇り吹き出す燈瑩(トウエイ)(スイ)はクエスチョンマークを浮かべつつ、携帯をいじり藍漣(アイラン)へと微信(チャット)を飛ばした。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「お、これイイな」



買い物──という名のデート──の途中、藍漣(アイラン)はアクセサリーショップで足を止めた。小さな龍のデザインのピアスを吟味している肩越しに顔を出す(アズマ)


「ピアス?」

「1個失くしちまったんだよ、ほら」


藍漣(アイラン)は左側の耳朶(みみたぶ)を見せる。3連ホール、1番下の席が不在になっていた。片っぽだけ開けてるの?と尋ねる(アズマ)へ肯きながら手を伸ばし、その両耳を引っ張る。


(おまえ)は開いてないんだな。薬物中毒(ジャンキー)なのに」

「関係ある!?てかジャンキーではないよ、仕事なだけで!!」


タトゥーもなんもないのかと発する藍漣(アイラン)に、(アズマ)はへの字口。


「痛いもん。針は」

「…鼻からの理由それか?」


疑問を(てい)しつつ、藍漣(アイラン)は爆笑。鼻も鼻で痛いだろと腹を抱える。なにが‘鼻から’なのかはお察しだが…慣れれば鼻を傷めず上手くやれると(アズマ)は弁明。弁明になったかはさておき。


「本当可愛いな(おまえ)

「アリガトウゴザイマス」


称賛にカタコトで礼を述べる(アズマ)。可愛いも可愛いで悪くはないけど、一応俺の方が歳上なのよ?人並み以上に遊んでもいたし?とはいえ、だからなんだという話ですが。

まだ楽しそうに笑っている藍漣(アイラン)を見て(アズマ)も瞼を細めた。経験値なんて、時として全く役に立たないものである。


と。ピコンと通知音が鳴り、携帯を取り出す藍漣(アイラン)


(スイ)だ」

「あら、帰宅の催促かしら」


一応、(イツキ)が何日か家を空けることを藍漣(アイラン)に伝えてはいた。しかれども、どのみち(スイ)を放って置く訳にはいかない。(イツキ)が居ないからどうこうという問題ではなかった。なかったけど。いいじゃない…!期待するだけなら…!唇を内側に巻き込みムンッとした表情を作る(アズマ)、反対に、液晶画面に視線を落とした藍漣(アイラン)はメッセージの内容に少し目を見開く。




住在燈瑩家(トウエイんちにとまる)




「…なぁ(アズマ)(イツキ)って、今日も食肆(レストラン)から帰って来ないんだっけ」

「のはずだけど。なんで?」


藍漣(アイラン)は携帯をポケットに戻し正面に立つと、細い両腕を(アズマ)の首にスルリと回して顔を引き寄せた。


「なんでだと思う?」


鼻先をくっつけて微笑(びしょう)。それから(アズマ)の回答を待たずに手を繋いで歩き出す。絡まる指。唄を口ずさみながらご機嫌に進んでいく後ろ姿に(アズマ)は何かを言いかけ…いったんやめて、やっぱり言おうとし…結局やめて、そのまま黙ってついて行った。




経験値なんて、時として、全く役に立たないものなので。

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