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九龍懐古  作者: カロン
紫電一閃
259/492

B級グルメとボッコボコ・前

紫電一閃5






「見て姐姐(ジェジェ)!これ(マオ)がやってくれたの、髪紐も貰っちゃった!」


藍漣(アイラン)(アズマ)食肆(レストラン)に入るなり駆け寄ってきた(スイ)。クルッと回ってポニーテールを見せた、可愛らしくアレンジされた髪とともに綺麗な組紐が揺れる。藍漣(アイラン)は手近な椅子に腰掛け、(スイ)の赤茶けた毛先をイジると‘お洒落でイイじゃん’と称賛。


「器用だな(あいつ)

「もともと本人もポニテだったから…今も【宵城(みせ)】のメイクとかやってるし」

「へぇ?似合いそうだね、中身(なかみ)は俺様だけど外見(そとみ)は可愛いもんな黙ってりゃ」


答える(アズマ)藍漣(アイラン)が軽口を叩きケラケラ笑う。見た目は母親に似ているらしいと(アズマ)、なら母ちゃん美人だなと藍漣(アイラン)はますます口角を上げた。

(マオ)は【宵城】の開店準備のために既に食肆(レストラン)を後にしているようだ。残念、‘可愛い’などと言われたらネコちゃんがどんな反応をするか見てみたかったけれど───いや、無駄に俺が殴られそうだな。居なくて良かったか。思いつつ、厨房へ引っ込む(アズマ)


バイトを終えてやってきた(イツキ)も加わり、夕飯も兼ねて始まる食事会。話題はすっかり九龍城砦の下町グルメで持ち切りに。


鶏蛋仔(エッグワッフル)ならレフェリーおじさんのとこが1番美味しいかなぁ」

蝦雲呑麺(えびワンタンメン)は光明軒」

「それ、(タクミ)さんも言ってました」

「ウチもそこ食べた事あるよ。旨かった」

姐姐(ジェジェ)が行ったなら(スイ)も行く!ってゆーか誰、レフェリーおじさんって?外国の人?」

「では、僕も今度行ってみましゅか…後学のために…」

「研究熱心ねお前」


夜更けまで続くワイワイとした談笑、そしてまた翌日、集まった面々はブラブラ街歩き。団体客のディナーの予約で仕込みに追われる(レン)──手を貸そうかと打診した(アズマ)と一緒に藍漣(アイラン)も店に残ったので(スイ)は大層不満げ──の代わりに(タクミ)が参加、大地(ダイチ)は寺子屋終わりに合流するらしい。一行(いっこう)の目的は昨晩盛り上がったB級グルメ探訪だ。


九龍城で有名な食べ物といえば雲呑(ワンタン)や麺、団子類。香港の魚肉団子は80%が城塞内で作られている。しかし大半の工場は衛生基準を満たしておらず、害虫もいれば食中毒も懸念されるが…売り手も買い手もそんな事はこれっぽっちも気にしていない。その点(レン)食肆(レストラン)はかなり清潔──稀に他所(よそ)から入ったネズミは出るものの──な優良店。


(スイ)が壁にペンキで直接書かれた通路表記を読み上げる。龍津道、老人街、矢印の先には光明街。


「光明軒って光明街にあるんだ。まんまだねネーミング」

「うん。でもあの通りは、光明軒と鶏蛋仔(ワッフル)屋以外は行かない方がいい」

「何で?美味しくないから?」

「あの辺のご飯屋さんあんまり綺麗じゃなくて…この前も食あたりで、お客さんバタバタ倒れて運ばれてた。内緒にしてるけど」

「やば」


(イツキ)の説明に(スイ)が目を見開く。飲食店(グルメ)情報に詳しい大食漢(グルメ)、食べ物関連の話ならなんでもござれ。


‘光明街なんて明るい名前なのに’とボヤく(スイ)に、‘蝋燭(ろうそく)ばっか立ってたからだよ’と(タクミ)

光明は陽や希望の光などでは全くなく、怪しげな蝋燭の灯のこと。今は幾分マシになったが昔は道沿いにヘロイン屋台がわんさか軒を連ね、小型のテーブルに蝋燭(ろうそく)を置いて白い粉(・・・)を売っていた。ご丁寧に粉を吸引するための椅子まで用意されており、中毒者連中からは‘電台街’などとも呼ばれて──みんなその電気台(テーブル)充電(・・)するから──いたとか。


(スイ)が感心したような声を出す。


「へー!詳しいのね、(タクミ)

「まぁ俺は九龍(ここ)出身だし」

「俺()(イツキ)とかもでしょ?」

「んーん。俺、もともとは香港島側に居た。地元なのは(タクミ)(カムラ)達と…あと燈瑩(トウエイ)だと思う」


(イツキ)(スイ)へと返答しながら、意外に城外からやってきた者も多いという事実をあらためて認識した。流れ者の坩堝(るつぼ)、九龍城砦。


「龍津道には何があるの?」

「ストリップショーばっか。賭博場もあっけど花街のよりゴミゴミしてて雑な感じ、値段安いけど治安(わり)い」

「犬肉料理店が多い。でも市内から犬盗んできてて、たまに香港警察がガサ入れしてる。味の評判はまぁまぁ」

「じゃあ老人街は?」

「老人ホームと青年センター。わりと健全なエリアじゃん?宗教団体が仕切ってるけど、悪徳じゃねーから。健康娯楽施設だよ」

「豚の血?とか?加工してる店がある、血のソーセージ売ってて…プルプルしてるゼリーみたいな…普通に肉のほうが美味しい」


飛んでくる(スイ)の質問に、街レポと食レポの観点から答える(ジモティー)(グルメ)。まだあまり城塞事情に詳しくない(ネイ)も興味深そうに聞いている。

あれやこれやとお喋りをしつつ食べ歩き、(スイ)天仔(てんちゃん)をいただくお礼にと雑貨屋で大地(ダイチ)にヘンテコなキーホルダーを購入──‘(ネイ)にも買ってあげる、これでお揃いになるわね’とニヤニヤされて(ネイ)は赤面──し、小ぢんまりとした広場でひと休み。

飲み物調達(ちょうたつ)を男子に任せて、申し訳程度に設置されたベンチに腰掛けた女子はコソコソと恋バナを開始。


大地(ダイチ)そろそろ学校終わるんじゃない?(ネイ)微信(チャット)してみたら?」

「や…いいよ…待ってれば、そのうち…連絡来ると思うし」

「消極的ね。()られたらどうすんの」

「えっ!?誰に!?」

(スイ)大地(ダイチ)、狙っちゃおうかな」

「嘘!?」

「嘘♪」


やめてよぉと(スイ)をポカポカ叩く(ネイ)。冗談に決まってんじゃん!(スイ)姐姐(ジェジェ)一筋(ひとすじ)だもん!と笑う妹分。


(スイ)ちゃんは藍漣(アイラン)さんが大好きなんだね」

「大好き!だって…姐姐(ジェジェ)だけだったからさ。ちゃんと(スイ)と話してくれたの」


両親の事故のあと。


(スイ)は施設を抜け出し、1人、上海の路地裏をフラついていた。大人なんて(ろく)でもない…お金とか保身とか地位とか名誉とか。言う事をきかせよう、思い通りに動かそうとしてくる奴らばっかりだ。子供の立場は弱い。

(スイ)にとっての路上生活はさして苦でもなく、自由で良いとさえ思っていた。ストリートは弱肉強食ではあったものの、父が教え込んでくれた格闘術のおかげでちょっとした喧嘩で(スイ)が‘弱’に回ることはほとんど無かったし、ナメてかかってくる奴には片っ端から相手になった。負けていられなかった、例え力で負けたって、気持ちで負けたことはなかった。負けてしまったら────大切な物が折れてしまう気がして。


そんな時に藍漣(アイラン)と出会った。誰の事も信用出来ないと心を閉ざす(スイ)を見棄てずに、根気よく向き合い、手を差し伸べてくれた。


姐姐(ジェジェ)はね、カッコいいんだよ。(スイ)姐姐(ジェジェ)にいっぱい褒められたいんだ」

(スイ)ちゃんならたくさん褒めてもらえるよ」

「もっと褒めて欲しいの!いつも!」


足をバタつかせて上を見あげ唇を尖らせる(スイ)。対象的に身体を縮こませて(うつむ)(ネイ)


「いいなぁ。私は…あんまり…色々、上手く出来なくて」

「でも(ネイ)はみんなの仲間なんでしょ」


(スイ)の言葉に(ネイ)は‘そうだけど’と小さく頷く。カラッとした声で続ける(スイ)


「だったら出来てるのよ、何か」


出来てるのかな?そうかな?そうだといいな。私も────口を開きかけた(ネイ)の耳に入った、ザリッと砂を踏む音。顔を上げると目の前に立つ見知らぬ男達がこちらを睨んでいて、隣で既に(スイ)も男達を睨み返していた。男がベンチの端を蹴り、(ネイ)は驚いて5センチほど飛び上がる。(スイ)が苛立ちを(あら)わにして、眉間にシワを寄せた。


「どけ、ガキ。仕事(・・)の邪魔だ」

「はぁ!?あとから来たのはそっちでしょ。オッサンが場所変えたら?ウザいんだけど」


吐き捨てる男、(スイ)は間髪入れず悪態を返す。


えぇ?(スイ)ちゃん、すっごい強気!この人たちガラ悪そうだよ…‘仕事’って危ない仕事なんじゃない…!?(ネイ)はアワアワと両者の姿を見比べた。男ががなる。


「売り飛ばされてぇのかよ」

「やってみなさいよ」


台詞と同時に(スイ)は太腿のホルダーから鉄の棒3本を抜くと、コンマ数秒で組み立てた。小振りな三節棍────そしてその先端は、(ネイ)がまばたきをする間にもう男の鼻へとめり込んでいた。

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