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九龍懐古  作者: カロン
紫電一閃
257/492

百日紅と喋々喃々・後

紫電一閃4






会ったばかりなのにどうしてバレたのか!?この前テーマパークで丸わかりになってしまったので、今やそんなに必死で隠そうとしているということも無いけど…それにしても…目を白黒させる(ネイ)


大地(ダイチ)、イイヤツそうじゃん。まぁ、みんなイイヤツそうだけど。九龍城砦(このまち)って思ってたのと違うね」


(ネイ)の心情をよそに、(スイ)は頬杖をついて考える仕草。偶々(たまたま)なのかも知れないが、とにかく、現状出会った人々は気のいい面々ばかり…姐姐(ジェジェ)の知り合いなのだから、当然といえば当然だが…これならもはや上海のストリートの方がクソみたいな人間で(あふ)れかえっているのでは。仁義なき裏社会。


(ネイ)も顎に指を当てた。


「それは、でも、私も思ったかも…香港も…良くないこと多かったし」

(ネイ)、香港島側にいたの?どのへん?」


その質問に(ネイ)は回答を言い淀む。数秒沈黙が流れ、(スイ)が‘色々あったってことね’と小首をかしげた。


「えと…あの…」

「言いにくいなら、言わなくていいよ。言いたくなったら言って」


あっけらかんと放つ(スイ)に小さく頷く(ネイ)大地(ダイチ)が新しく淹れた花茶を手に、(レン)を連れてホールへ戻ってくる。


「うわ!別の種類?これも綺麗!」

「こちらもですね、美麗(メイリイ)さんが送っヴェァ」

「泣くな鬱陶しい」


(スイ)がまたしても感嘆の声をあげ、(レン)はまたしても(マオ)にデコをはたかれた。愉快なお茶会、深まっていく親交。








その頃【東風】では、(アズマ)を迎えに来た藍漣(アイラン)がカウンターで煙草を(くゆ)らせていた。部屋に広がる懐かしい茉莉花(ジャスミン)の香り。


「今日は(イツキ)居ねぇんだ?」

「何でも屋のバイト。夕飯までには帰るって言ってたから食肆(レストラン)に呼んじゃおうかしら」


店内を見渡す藍漣(アイラン)に、支度を整えながら返事をする(アズマ)(スイ)が来てからこっち──今までも割とそうだけど──(アズマ)は連日食肆(レストラン)の厨房を手伝いに行っていた。


「折角2人っきりなんだからさ?もうちょい【東風(ここ)】でゆっくりしたっていいのに」

「待ってるでしょ!(スイ)ちゃんが!」


悪戯に()藍漣(アイラン)(アズマ)は保護者よろしく答えたものの…‘そうしたい気持ちもあるね’と、やはり素直に補足。藍漣(アイラン)は煙草を揉み消して(アズマ)に近寄り首に腕を回す。


「ちょっと藍漣(アイラン)…」

「いいじゃねーか、5分くらいなら。変わんねぇだろ」


良くないのよ諸々(もろもろ)。こちとら、それなりに健康──薬物(ドラッグ)の事は置いておいてくれ──な男子なのよ。(アズマ)は思ったが、さりとて制止は出来ない。嬉しいものは嬉しいのだ。不甲斐なし。(マオ)とかに見られたら死ぬわぁ…え、カメラ無い?大丈夫?


椅子に腰を降ろす(アズマ)の足を(また)いで、その上に向かい合って座る藍漣(アイラン)。フードをパサパサといじると‘あのモサメガネ、いつもパーカーだから服装カブってやだ!って(スイ)がボヤいてた’と朗笑(ろうしょう)


(スイ)ちゃん、ずいぶん藍漣(おまえ)のこと好きね」

「知り合った当初はツンツンしてたけどな。(あいつ)、上海のストリートで暴れ回っててさ。けど世話してるうちに懐いてくれて」

「それからずっと藍漣(おまえ)と一緒に居るの?」

「んー…(あいつ)も身寄りがねぇし、あんまり…上手く行かねぇんだ、人と。気が強くてな」


‘父ちゃんが武道家だったせいもあるかも’と言いつつ藍漣(アイラン)(アズマ)の頬を撫でる。(アズマ)は視線を合わせたまま(てのひら)を重ね、細い指先に口付けて話の続きを促した。


小さな頃から親の仕事について回って香港と中国を往来していた(スイ)だが───数年前、乗っていたバスが山道の走行中に崖から転落。その事故で両親を亡くしてしまう。

(スイ)は何とか生き残ったものの、遺産目当ての親族に死亡者扱いをされた挙句、身元不明の孤児として施設に収容される羽目に。そこでの扱いは酷いもので、ストリートのほうがマシだと抜け出してきたらしい。


「台灣の一件(いっけん)のあとバタバタしたけど、結構みんな仕事先とか受け入れ先を見付けて落ち着いたんだよ。でも…(スイ)は‘どこにも行かない’って言い張って。相性の良い引き受け人や雇い主も居なかったし…親戚の所に戻る気も、当然だけどサラサラ無いみたいで」


言いながら、藍漣(アイラン)は反対の手で(アズマ)の眼鏡をとる。額にキス。


「だから九龍城(ここ)に連れてきたんだ。お前らもいるし、居場所があるかなってさ」


そっかと呟く(アズマ)。少しだけ、(ロク)のことを思い出していた。(シュウ)の居場所にはなれなかったが───今回は、九龍(ここ)(スイ)の居場所になれるのだろうか。出来ればなってやりたい。って俺が思っても、(スイ)はご不満かしら。そんな様なことを()(つま)んで言葉にする。


「やっぱり優しいな?(おまえ)は」


藍漣(アイラン)は頬を(ゆる)めて、(アズマ)の唇を強めに噛んだ。うわぁーやめてー…そういうの嫌いじゃないのよ、困る困る…思考をグルグルさせる(アズマ)の首へ再び腕を回す藍漣(アイラン)。相変わらず揶揄(からか)われているとわかってはいても為す術も無く、(アズマ)藍漣(アイラン)の華奢な腰に手を添えた。


と。


リンロンリリリンロンリンロンリリンロン。響き渡る、連続した機械音。藍漣(アイラン)のスマホがひたすら連チャンで鳴った。微信(チャット)、10件…送信元はひとつ。


(スイ)ちゃんでしょ」

「だな」


目線だけをカウンターの携帯に落とし、液晶に表示されている名前に2人で笑う。

藍漣(アイラン)は‘しゃーない!行くか!’と言って残念そうに身体を離し、しかし、すぐさま悪戯な表情を戻すと(アズマ)へ問い掛けた。


「で、次はいつなんだ?」

「へ?」

「決まってんだろ」


パーカーの紐を掴み頭を引き寄せ、もう1度唇をくっつけて囁く。


(イツキ)のバイトの日だよ♡」


ちくしょう、藍漣(こいつ)ったら…期待させるのが上手(うま)過ぎる…。思いつつその顔を見上げ、(アズマ)は、‘訊いておきます’と肩を竦めた。

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