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九龍懐古  作者: カロン
紫電一閃
254/492

合格と不合格

紫電一閃2






(スイ)は厚底のスニーカーでフロアをトタトタと歩き回り、(マオ)の前にしゃがみ込む。立て膝で酒瓶を(かたむ)ける閻魔。


「あなたはすごくガラが悪いね」

「あ?俺よか燈瑩(こいつ)の方がガラ悪いぜ」

「えぇ?嘘だぁ!」


隣を親指で示してホントホントと(マオ)(わら)い、(てのひら)を振りながらウソウソと燈瑩(トウエイ)微笑(わら)う。


「でも、2人共オッケーかな」

「んだよオッケーって」


片眉を上げる(マオ)にクルリと背を向け、(スイ)(タクミ)に歩み寄るとニット帽の下を覗き込む。(タクミ)は視線を合わせたまま煙草を口に運び、ひとくち吸って、唇を曲げ煙を横に吹いた。数回ゆっくりと(まばた)き。もうひとくち吸って、同じ様に煙を吹き、まだジッと見詰めてくる(スイ)に訊いた。


「…合格?」

「うん」

「基準なんなん」

「まずぽっちゃりはアウト」


(タクミ)の問いに肯き、(カムラ)の問いに即答する(スイ)。秒速で‘アウト’を(たまわ)り悲痛な表情の饅頭。(マオ)がウヒャヒャと悪魔じみた笑い声をあげ、(アズマ)はこっそり自分の腹をつまんだ。贅肉は無い、セーフ…の前に‘モサいメガネ’なので不合格ではあったが、別に眼鏡自体のせいでは無さそう。(マオ)だって丸眼鏡だし、髪と服の問題かしら…顔かしら…。


「ウチはお前が太っちまっても構わないよ」


藍漣(アイラン)(アズマ)の頬を手の甲で撫でる。見咎めた(スイ)がこれでもかというほど口をへの字にし、大地(ダイチ)が真似をした。おそらく同じくらいの年齢──(スイ)は本人(いわ)く‘姐姐(ジェジェ)の妹分’とのこと──だ、表情豊かなティーンエイジャー。


(マオ)はククッと喉を鳴らす。


饅頭(そいつ)にゃメチャクチャ良い女が居るぜ」

「そうなの!?」


(カムラ)を眺め、考える(スイ)


「クマさんみたいといえば…クマさんみたいかな…」


褒められたのだろうか、今のは。複雑な心境の(カムラ)の後ろから大地(ダイチ)が声を飛ばす。


藍漣(アイラン)達また【東風(ここ)】に泊まるの?」

「いや?何日か適当に宿とって、そんで家、借りるよ。中流階級のゾーンあたりに。クマさんとご近所になるかもな」

「え!?ほんと!?」


やったぁとハシャぎ両手を上げる大地(ダイチ)。別に【東風】泊まったらいいのにと首を傾げる(イツキ)へ、藍漣(アイラン)は‘ウチはいいけど(スイ)も居るから’と返す。年頃の女子への配慮。

良かったら家の場所教えてくれよと尋ねる藍漣(アイラン)(カムラ)は通路名を伝えた。


燈瑩(トウエイ)さん()もちょいちょい近いで」

「へぇ、そりゃ安心だね」

「何で?」


藍漣(アイラン)の発言に(スイ)が疑問を(てい)しつつその顔を見上げ、藍漣(アイラン)は指でマルの形を作る。


燈瑩(トウエイ)(つえ)ぇからな。あと金持ちだ」


九龍においての武力と財力は、他国(よそ)と比較にならないくらいに物を言う。街全体が裏社会で無法地帯で治外法権。当然の節理。下顎に指を当てて皆を見回す(スイ)


「誰が1番強いの?」

(イツキ)だろ」

「じゃ誰が1番(よわ)

(アズマ)だな」


食い気味に答える藍漣(アイラン)。は?駄目じゃん!!と(スイ)が声を張る。


「弱いしモサいし良いとこないじゃん」

「あるよ、いっぱい。なぁ?」


話を振ってくる藍漣(アイラン)(アズマ)はあやふやな表情。いっぱいあるか?料理が得意とか?医療や薬──違法ドラッグだけじゃありません──の知識はそれなりとか?そうそう、最近は線香花火も作れるようになりましたよ、お客様。


「あるといいけど…てか、家借りるってことはこれからは九龍にいるってこと?」

「んー、居たり居なかったりかな。上海でもやることあるし」

「あ、そうなの」

「なんだよ?期待外れだったか?」


(アズマ)の口振りを揶揄(からか)藍漣(アイラン)


そりゃ、まぁ、ずっと居るのかと内心喜びはしましたが。若干。いや、嘘です、かなり。だからといって期待ハズれではないが…(アズマ)が思ったことを隠さず吐露すると、藍漣(アイラン)(アズマ)の額に軽く唇をつけて‘お前のそーゆー素直な所好きだぜ’と言った。(スイ)は再度への字口、大地(ダイチ)がまた真似をすると今度は(イツキ)も真似をした。ティーンエイジャー。


「もぉ、いいから(アズマ)姐姐(ジェジェ)から離れてよ!!早く(スイ)にもお粥持ってきて!!」

「目の(かたき)にしなくてもいいじゃない!お粥は持ってくるけどさ」

「おっ、じゃあウチも茶でも淹れてやるよ。キッチン行こうぜ(アズマ)♪」

「はぁ!?やだ行かないで姐姐(ジェジェ)、モサメガネと何する気ぃ!?」


大声を出す(スイ)に、‘茶ぁ淹れるだけだって’と意味深に笑う藍漣(アイラン)(アズマ)の腕を取り店の奥へと引っ込む後ろ姿を(スイ)が慌てて追った。


「なんか…あの…賑やかだな」


呟く(タクミ)(イツキ)は再び頷き、お粥のおかわりを強請(ねだ)ろうと空のどんぶりを片手に椅子から腰をあげ、(スイ)の悲鳴が響き渡る台所へと足を向けた。

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