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九龍懐古  作者: カロン
紫電一閃
253/492

シグナルと台風

紫電一閃1






シグナル10。






今回突進してきている台風に対し、現地当局は最高レベルの警戒令を出した。この段階のシグナルは数年ぶり。


そこかしこで洪水が勃発、香港市内では人やゴミ箱に街路樹と、様々な物が未曾有の強風でフッ飛んでいる。もちろん公共交通機関はストップ。まぁ電車やバスについてなんて、車すらほぼほぼ通れない九龍城には関連性の薄い話題だが。台風接近で九龍(ここ)にのしかかる問題は、屋上階に設置してあるアンテナ群が根こそぎ風に(さら)われていってしまうことだろうか。テレビが只の四角い箱や液晶パネルに早変わり…正直、晴れていようが常日頃から映りはそんなに良くないのだけれど。混線、盗電、電波障害。


(カムラ)は店の外へと目を向けた。上階から滝のように流れてきている雨水が【東風】の看板にバシャバシャとかかって、電球をショートさせている。いや、元から切れていたのか?どちらにせよ交換が必要そう。横でテーブルに頬杖をつく(イツキ)が画面の固まった携帯をフルフル振った。腕を回したり伸ばしたり縮めたりして、通信のベストポジションを模索中…電波障害。


ソファには──ツケの取り立てついでに老酒を開けに来た──閻魔(マオ)が転がり、隣で燈瑩(トウエイ)が煙草をふかしている。戸棚から出した菓子を頬張る大地(ダイチ)、カウンターでギターをいじる(タクミ)。ものすごくいつものメンツ。


「お待たせぇ」


(アズマ)がキッチンから昼食の粥を運んできた。しっかり油炸鬼(あげパン)付き。(イツキ)(カムラ)、そして大地(ダイチ)の前にトントン並べ、‘あと誰が食べんの?’と訊いた。媽媽(ママ)。と───同時に店舗の扉が開く。あら?こんな悪天候だってのにお客様かしら?媽媽(ママ)は振り向いた。


立っていたのは小柄な女の子。店内の様子にキョトンとし、外付け看板を1度見て、また店内に顔を戻す。何屋なのか判断しかねたのだろう。(アズマ)と目が合うと、駆け足気味に中へ入ってきた。


「あなたが(アズマ)?」

「そうですが、どちら様でしょうか」


返答する(アズマ)の頭の天辺から爪先まで視線を数回往復させると、少女は‘ふぅん’と呟き、思いっ切りつまらなそうな表情で溜め息。


「あんまり趣味良くないなぁ…姐姐(ジェジェ)は」

「なんの話!?」

姐姐(ジェジェ)にはもっとシュッとした相手がいいと思う!なんか…こっちの人とか!」


少女にビシッと指を差され、こっちの人(トウエイ)が、とりあえず‘どうも’と礼を言った。


「駄目だ燈瑩(そいつ)は。(ツラ)が良過ぎる」


次いで、入り口から聞き覚えのある声。


「だからって、この眼鏡はモサい!」

「モサい!?酷くない!?っていうか…」


少女が今度はビシッと(アズマ)を指差す。(アズマ)は抗議をしつつその指先、それから、声の方向へと目線を移した。


「イジめんなよ、(スイ)(アズマ)はイイ男だぜ」


言葉と共にドアから姿を現したのは見慣れた女性。整った顔立ちに殊更(ことさら)楽しそうな色を浮かべ、ニヤリと口角を吊りあげる。


藍漣(おまえ)…言ってよ、帰ってくるなら…」


再会が唐突過ぎて台詞が何も思い浮かばず、(アズマ)は心情をそのままこぼした。


「悪い悪い、バタついててさ。いい子にしてたか?」


藍漣(アイラン)はスタスタ足早に近付き、(アズマ)のフードの紐を引っ張ると唇を寄せる。見ていた(カムラ)が赤面してレンゲを取り落とし、大地(ダイチ)は笑顔で藍漣(アイラン)!と叫んだ。(タクミ)が無言で指先にハートを作り‘彼女か’と問い、頷く(イツキ)


「えー!!やだ姐姐(ジェジェ)!!ほんとにそのモサい眼鏡が気に入ってるの!?」

「そうだよ♪(スイ)も、もうちょい歳食ったら(こいつ)の良さがわかるかもな」


‘そうだよ’は嬉しいのだが、文脈的に‘モサい眼鏡’も肯定されている。しかも恥ずかしいな皆の前で色々と。閻魔(マオ)こっちの人(トウエイ)めちゃくちゃ笑ってるし…台風が違う台風も連れてきちゃったよ…そんな事を思いつつ、モサい眼鏡はさしあたり‘お粥食べる?’と声を絞り出した。

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