米奇老鼠と遊園地・前
好迪士尼1
「テーマパーク?」
「【宵城】のキャストからチケット貰ってよ。大地でも呼べや喜ぶんじゃねぇの」
【東風】のカウンター、片眉を上げる東に猫がヒラヒラと紙の束を投げる。結構な枚数。樹も横から覗き込んで1枚を手に取った、西洋風の城のイラストと共に印刷された動物が可愛らしい。紙片を弾き数をかぞえる東。
「沢山あんね、猫にゃん行かないわけ?」
「行っかねーよ…眠ぃし暑ぃし…」
「ネコなのにネズミ好きじゃなギャァ!!」
言い終わらないうちに飛んできた鉄扇が額に突き刺さり、東はスツールから転げ落ちた。チケットを見詰める樹へ声を掛ける猫。
「樹好きだろ、そういうの。行ってこいよ」
「猫ほんとに行かないの」
「行かねーって。オメェが楽しんでこい」
樹の誘いにも猫はパタパタと手を振った。というかこのテーマパークの話を持ってきてくれた理由は、宗や綠の件でまだ落ち込んでいる様子の樹へ猫なりに気をつかってくれた結果なんだろう。何だかんだで優しい城主。なので─────樹は猫にチロッと視線を寄越して、発した。
「猫が行くなら行く」
このワガママは多分、通る。
城主は口に煙草を銜えたまま固まった。頭上に〈承諾〉と〈拒否〉の2択が現れ、‘ワガママきいてやれ’の猫と‘絶対行きたくねぇ’の猫がシャーシャーと敵対している。樹は闘いを見守りつつ〈承諾〉の猫を応援する為ダメ押しでもう1度発言。
「猫が行くなら行くよ」
‘きいてやれ’の猫のネコパンチが、‘行きたくねぇ’猫に炸裂。ニャアと鳴き声が聞こえた気がした。軍配は〈承諾〉にあがり、城主はノロノロと煙草に火を点けると‘他の奴らもちゃんと呼べよ’と弱々しく呟く。せめて、パーク内で一緒に走り回らせられるのだけは避けたいのであろう。樹は頷き、携帯をいじっていつものメンツに連絡を入れる。
明日…じゃ流石に急過ぎるかな。でも週末は混んじゃうし。みんな仕事とか予定とかあるだろうか?いや、別に無いはずだ…うっすら失礼な事を思いつつ送信。さして間もおかずに届くレスポンス達。
〈好呀〉
〈ok啦〉
〈得la〉
〈正呀!〉
ビバ、九龍城砦ライフ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「大人数過ぎやしねぇか…」
当日、現地、迪士尼駅。天を仰いでポポッと丸い煙を吐く猫。普段の顔触れ大集合、九龍城にゃ暇人しか居ねぇのか…そうでもないか。上の横に立つバケーションハットを深めにかぶった女性に目を留める。
「アンタよく来てくれたな。つうかよく誘えたな饅頭よぉ?」
「たまたまオフだったからね♪」
「おっ、俺やってな!!誘うくらい出来るっちゅーねん!!」
猫の言にバケーションハットの女性───陽が笑い、饅頭はワタワタして大声をあげた。正確に言えば誘った訳ではなく、微信の雑談で話が出た際に陽から乗ってきてくれたのだが。それでも最終的に‘来るか’と聞いたのは上なので、まぁ誘った事にしてやるとしよう。
仲良く園内マップを読んでいる寧と大地、樹はフードを片っ端からたらふく食べる気でスタンバイ。本日は支払い係が2人居るので問題は無さそう。準備運動をする樹の横で財布1と財布2は並んで煙草をふかし、匠は楽しげにキョロキョロと周りを眺めていた。足りないのは吉娃娃だが…どうも美麗から宅配便が届くとのことで、終日食肆の前で張っているらしい。ワンコ。
「何から食べる?」
「えっ、乗り物からじゃないの」
「じゃ何食べながら乗る?」
「食べながら乗れんの」
樹と匠の会話を小耳に挟みつつ、猫は巻き込まれる前にコソコソ逃亡。樹が気付いた時には既に忽然と姿を消していたが、東が‘どうせ酒がある所に居るだろうから後で捕まえに行こう’と耳打ち。その意見に賛成した樹は、食べ歩きを開始するため颯爽と1軒目のフードワゴンへ向かう。お目当てはネズミに似せた生クリーム&チョコトッピングを乗せた鶏蛋仔、他にもホットドックにナチョス、ソフトクリームにフィッシュアンドチップス…加えて路面店だって数多ある、急がなければ食べ切れない。走り出す樹の後ろで財布1は少しだけ今月の【東風】の売上のことを想った。
「私達は何かアトラクションに乗ろうか?」
他方、年少組の大地と寧へ、にこやかに問いかける陽。大地は満面の笑みで地図の1点を示す。灰熊山谷。絶叫系がてんで不得意な上は息を呑んだが、陽に急かされ何も言えないまま茹でダコのような顔色をしてついて行った。




