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九龍懐古  作者: カロン
青松落色
25/492

抜刀術と熊猫曲奇

青松落色3






()いで、成金(なりきん)風な男達が扉から店外に現れる。


飲んでいるうちに揉めたのだろうか。フードで顔はよく見えないが、転がり出てきた男の身体のいたるところにガラスの破片が突き刺さっている。灰色のアスファルトに真っ赤な血が飛び散っていた。

成金(なりきん)風の奴らは血まみれの男を囲んで、周りも気にせず怒鳴り散らしはじめる。


(マオ)が舌打ちをし口を開いた。


「おい、うるせぇぞクソカスが。裏でやれよ裏で。俺のいい気分が台無しだろ死ねボケ」


歯に(きぬ)着せなさすぎである。


しかも、裏でならいいのか。

やられている男を助ける気など微塵(みじん)もなく、壊れた店や周囲を(おもんぱか)るでもなく、ただただ自分が気分を害されたから言ったまでだ。実に(マオ)らしい。


中華風の丸いサングラスをかけた成金(なりきん)が声を張る。


「なんだチビ、お前から殺すぞ」

「あ?テメェこそケツの穴みてぇな顔して喋んじゃねぇよ。目障りだから消えろつってんだ」


どんな顔だというのだ。


その(マオ)の返しに、燈瑩(トウエイ)が咳払いのフリをして笑いを誤魔化している。


「口の形かな…」

「くはっ」


真剣に考えた(イツキ)が呟くと、こらえきれなかった燈瑩(トウエイ)から笑い声が漏れた。

ますます怒りを買ったようで、暴言を吐かれた男は(わめ)きながらこちらへ歩いてくる。


燈瑩(トウエイ)が笑うから。どうするの?」

「え?俺のせい?どうしよっか」

「ハッ、この(マオ)様が直々(じきじき)に相手してやるよ」


言うなり、(マオ)も男へ向かって歩き出す。


これは意外な展開だ、自分が蒔いた種とはいえあの面倒くさがり屋の(マオ)が先陣を切るなんて。どうやら老酒で相当酔っているとみた。


燈瑩(トウエイ)(イツキ)に耳打ちする。


「アレ、見られそうだね」

燈瑩(トウエイ)見たことあるの?」

「見たことはあるけど…」




キンッ。




(マオ)と男の距離が1メートルほどに縮まったところで、かすかな音がした。なにかがぶつかったような金属音。

と…成金男がかけているサングラスが、急に上下に真っ二つに割れ地面に落ちた。その鼻背(びはい)に横一文字に出来た傷から血が(したた)る。


「ちゃんと見えたことはないね」


燈瑩(トウエイ)が言い終わった時には、(マオ)の手は(すで)に羽織りの下────腰のあたりにある鞘に刀を戻したところだった。


斬られたと気付いた男が、慌てて顔に手をやって後ずさる。もうちょい前に出てたら目玉切れてたぜ、お前足が短くて良かったなと(マオ)はケラケラ笑った。



‘居合’だ。



(マオ)は刀の扱いに()けており、普段は脇差(わきざし)を好んで持ち歩く。打刀(うちがたな)は邪魔だし腰刀(こしがたな)はリーチが短けぇとのことだ。

居合術に関しては達人の域で、抜刀から納刀までが恐ろしく速い。来るとわかっていればギリギリ視界には(とら)えられるが、避ける事はまず不可能だ。

不意打ちであれば刀が見えすらしないだろう。


「次は誰が斬られてぇんだ?」


薄笑いを浮かべる(マオ)(イツキ)が声をかける。


(マオ)

「あ?」

「丸腰の相手に、武器はよくない」

「真面目か!!」


思ってもない事言いやがって、いや思ってるホントホント、嘘つけ思ってねぇって顔に書いてあんぞ、などとギャアギャアしているうちに、成金達はスタコラ逃げ出していた。


男を追いかけようとした(マオ)(イツキ)燈瑩(トウエイ)は捕まえて──若干手子摺(てこず)ったが──大通りまで引きずった。拾った的士(タクシー)になんとか押し込んでその場を離れる。


「なんで追っ掛けようとすんの、あんまり暴れたらレストラン出禁になっちゃうでしょ」


車が発進してからもまだ不満げな表情の(マオ)(いさ)める燈瑩(トウエイ)


「店内で暴れたんじゃねぇし平気だろ。なったら燈瑩(おまえ)が金でも積めよ」

「俺とばっちり過ぎない?」

「笑ってたじゃねーか、あの笑いが引き金だぞ」

「それは…そうかもね。あははっ」


お土産の熊猫曲奇(パンダクッキー)を食べながら会話を聞いていた(イツキ)が首を(かしげ)る。


「てか、あそこの地域にもああいう荒っぽい感じの喧嘩あるんだね」

「そりゃ九龍なんだからあんだろーよ」

「けど確かに、あの辺では珍しいかな…他の街から来たか最近金持ちになった人達なんじゃない?」


(マオ)は舌打ちをし、燈瑩(トウエイ)は私見を述べた。



住んでみるとわかるのだが、九龍は各地域によって住人タイプも犯罪タイプも種類が違う。


スラムでは殺人や人身臓器売買などの凶悪犯罪が蔓延(まんえん)し、血の気が多い人間ばかりで人が死ぬような喧嘩も日常茶飯事。

一方、富裕層地域では詐欺や脱税等金融関係の犯罪に関わる者が大半で、表立った争いを避ける傾向にあるため路上では口論すらあまり起こらない。


燈瑩(トウエイ)のいう通り、さっきの奴らは九龍外の人間か、もしくはもともとスラムか貧困街にいたけれど金回りが良くなったので富裕層地域に来るようになった人間なのだろう。



ふと(イツキ)熊猫曲奇(パンダクッキー)の袋に目をやると、すでに中身が半分以下に減っていた。考えごとをしているうちに結構食べてしまったようだ。

ひとつちょうだいと燈瑩(トウエイ)が横から手を伸ばし、俺にもよこせと(マオ)が袋ごとかっさらう。

(イツキ)のもとへ返ってきた袋の底では、2匹だけ残ったパンダが寂しげに身を寄せ合っていた。


この子たちは(アズマ)に持って帰ろう。まぁ、最初は全部(アズマ)へのお土産のはずだったんだけど。



(イツキ)は袋を閉じ、残された2匹の小さなパンダをそっとポケットにしまった。




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