白刃と‘さよなら’
愛及屋烏13
陣営の中央へ飛び込み、右から斬りかかってきた男の刀をいなして刃先で喉元を撫でる。倒れ込む男の背中を踏んで跳ぶと正面の輩の頭を越えて前宙、そのまま後ろの1人へ斬りつければ顔面が脳天から縦2つに割れた。
着地と同時に振り向き、今しがた飛び越した輩の脇腹へ刀を突き刺し横へ裂く。ボトボト落ちる内臓。隣に立っていた男が上から叩きつけてきた倭刀、それを額の前へ横に構えた脇差で受け止めつつ脚払い。斜めになった男の身体を返す刀で下から袈裟斬りに。
そいつが手から取り落とした倭刀へ爪先を伸ばし蹴りあげて拝借、前から走りくる男の切っ先を寸前で躱し懐に入ると倭刀を真っ直ぐ腹へ刺しこんだ。剣は貫通し向こう側へ抜け、前蹴りをかませば男はよろめき近くの仲間へ突っ込む。飛び出ていた刀身は仲間に刺さり2人一遍に地面へ沈んだ。儲けモン。
またたく間に半分近くの手勢が減り、老虎は目を見張る。残りの【十剣客】は猫を囲むように陣形をとると慎重に機を窺い始めた。
まだ片手程度は数が居る。勢い任せに突撃してこないあたり、地に伏している奴らよりは多少出来るのだろう…柄を握り直す猫。纏う雰囲気は相変わらず弛いが。
「タイミング計ろーが計るまいが、格の差ぁ埋まんねぇから。とっととこいよ」
言い終わる前に正面の1人が倭刀を振りかぶる。猫は半歩だけ身体を斜めに引いて振り下ろされた斬撃を避けると、刀身を下駄の歯に引っ掛けて横に蹴り飛ばした。バランスを崩した男の顎から額を脇差で掻っ捌く。
倒れ込む男の陰から来た新手と切り結びコンマ数秒の押し合い、フッと唐突に重心を下げ瞬時に背後に回り込む猫。男が体勢を立て直す前に項を目掛けて一突き、喉から血濡れの脇差が生える。
続いて後方に感じた気配。猫は死体の手から素早く倭刀を奪うとクルリと回転させ、振り返りもせず腰の死角より背中側へと突き出した。低い呻き声。雑に柄を後ろに押しやるとドサッとなにかが地に落ちる音、特段、見る必要も無い。引き抜いた脇差の血を払って、残りの【十剣客】を指差す猫。
「あと2人か。お前のほうが強そうだな」
言いながら、奥に立つ人物を示す。遠巻きに成り行きを見守っていた精悍な男。けだし、こいつが首領。
「部下捨て駒にしてご機嫌じゃねぇの」
「目的達成が誉れなんだよ。いかなる犠牲を払おうと」
だが、そうは言いつつ男の表情はどことなく浮かない。‘目的達成が誉れ’、とは、こいつ個人の意思ではなく───【十剣客】の遺志だったのだろう。この男は恐らく首領としてそれを受け継いだのだ。そこに自分の意志を介入させることはない、優先すべきは組織と伝統。いちいち単独で向かってくんのもそのへんの考えからなんだろうな…枝葉的な事に思いを巡らせる猫へ首領が声を掛けた。
「お前は随分とトリッキーな戦い方をするな」
「ん?あぁ、俺は本家じゃないんでね。古風な【十剣客】にはお気に召さねぇかもな」
「問題ないよ。現当主はお前なんだろ?ならそれが今の【黃刀】の技法ということだ」
「へぇ?話わかるじゃん」
雑談を交わす2人に苛立ったのか、前に出ようとする残党。首領はそれを目線で制し猫に向き直る。‘先にひとつだけ’と付け足した。
「酒場での件…【十剣客】が迷惑をかけて悪かった。口だけの謝罪で申し訳ないが」
「気にしてねぇよ。強えからね、猫様は」
両者、口元に笑みを湛える。場にそぐわない和やかな雰囲気。数秒の沈黙の後────男が動いた。常人離れしたスピード、傍から見れば消えて別の場所に現れた様に映るかも知れない程の速度。だがそんなものに遅れを取る猫ではない。
中段…はフェイク、首か。猫は顔の真横に脇差を持ちあげガードしつつ、刃を少し寝かせて相手の刀身を滑らせる。頭上へと振り抜かれる男の刀。同時に屈み込み、ガラ空きになっている腹へ横薙ぎの一撃を繰り出した。瞬時に後方へ飛んで逃れる男、猫は刀を引き戻し間髪入れず追撃の刺突、しかしギンッと鈍い衝突音。腰のあたりから新たに抜かれた短刀に脇腹の刃先が阻まれた所為だった。僅かに瞳を丸くすると数歩退がって一旦距離を取る猫。
「お前、二刀流かよ」
物珍しそうに眺める猫へ首領は薄笑う。他にも暗器隠してんのかと猫が問えば、この二刀だけだと返答。嘘ではないのだろう。そのあたりを重んじる前時代的な奴ら、俺と違って正直者だ…俺も得物に関しては正直だけど…猫はククッと喉を鳴らした。と、男は短刀の先を蓮に向ける。
「ところで、そっちの子供も【黃刀】か?」
子供と言われ蓮は自分のことだと気付くのにそこそこの時間がかかった。確かに、かなり小さいが…蓮のしょげた雰囲気を感じ取り猫がケタケタと声を立てる。あくどい笑顔のまま肯定。
「そうだよ。俺よか強くなるかもな?」
蓮が双眸を思い切り見開いた。え?なんて?今師範なんて?‘俺よか強くなるかも’って?そんな馬鹿な?聞き間違いか?褒めてくれたのか?いやいやいやそんなそんな─────
痺れを切らした残党が蓮に向かっていく。猫は止めることもなく、無言で蓮に目配せを寄越した。それを認めた蓮は顎を引き、僅かに腰を落とし、携えた刀の柄に触れる。
視線は正面から外さずに。相手の剣先を追うんじゃない、身体を、動きの線をとらえる。肩の力は込めず、五指の力は込め─────一気に抜く。
高い金属音。
蓮の刀と相手の刀が接触した。神速とまでは無論いかないが、無駄がなく、なだらかな抜刀。
────退くな、踏み込め。テメェは小せぇんだから。懐に入れば有利なのはチビだ、なんの為の【黃刀】だよ?
チビに合ってる流派なんだからと片頬を上げる猫を思い出しつつ、蓮は1歩踏み込んだ。相手の刀身を払い、手首を返して右から左へ刀を振り抜く。横一文字に腹を裂かれた男がフラつき、重力に引き摺られ頽れた。
それを合図に瞬時に首領の眼前へ詰め寄る猫、迎え撃つ二刀、こちらでも響く金属音。流石の反応、伊達に首領やってるわけじゃぁねぇな…猫は愉しげに口角を吊ると、側頭部に迫る短刀を脇差の鞘で防御した。素早く身体を半回転させ男の斜め後ろに位置取り、下から腕を振り上げる。即座に倭刀をぶつける男、再び金属音───は、しなかった。代わりにコンッと間の抜けた音。猫が振り上げたのは先刻に抜き出した鞘、いわゆるフェイント、反対の手に握られた本命の脇差が風を切った。飛び散る血飛沫。首領の身体が天を仰ぎ───深閑。
男が起き上がらないことを確認し、ひとまず勝負が決したことを解すると猫は蓮の元へと歩み寄った。俯せになっている残党の首をスパンと刎ね一言。
「上出来じゃねーか吉娃娃」
その評価に、荒くなっていた呼吸を整え尻尾を振る蓮。
「ぼっ、僕にも才能ありましゅかね!?」
「さっきのアレか?ありゃ嘘だ」
「えぇえんっ!?」
俺を超えられるわけねぇだろ、バァカ。言って笑うと猫は蓮の髪をクシャッと撫でる。しかし科白とは裏腹な、初めて見せるその柔らかな笑顔に、蓮は胸がすく思いがした。
「さてと…これで老虎の手駒は全部────あっ待てこらジジィ!!」
状況不利と見るやいなやサッサと場をあとにしようとする老虎へ、猫は拾った短刀を投げた。ふくらはぎにサクッと刺さり、倒れ込むジジィ。転がって喚く老虎にスタスタ近付く猫と美麗、蓮もそれを追った。
「悪ぃね、猫が虎に噛みついちまって」
全く謝罪の意のこもらない声で発してから、猫は美麗を見た。美麗は何も言わず蓮に掌を向ける。蓮はその手と美麗の顔へ交互に視線を移動させた。
‘刀を貸してくれ’という意味だろう。でも、貸してしまったらきっと…狼狽を包み隠さず思い切り顔に出す蓮に、美麗は微笑んだ。
「これは私のケジメですから」
決意を含んだトーンと眼差し。ここへ来る前に顕にした、覚悟。蓮は頷くと刀を美麗へと手渡す。
闇に光った白刃。老虎の断末魔にまじって聴こえた、美麗の消え入るような‘さよなら’。それが老虎へあてたものなのか、亡き両親へあてたものなのか、過去の自分へあてたものなのか、あるいはその全てに対してなのか…蓮にはわからなかった。わからなかったが────ただ、その言葉と物憂げで甘やかな声が、肌にまとわりつく湿った夜風と共に、いつまでも鼓膜に残り続けた。




