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九龍懐古  作者: カロン
愛及屋烏
247/492

イージーモードとポニーテール

愛及屋烏12






それから早々に、‘美麗(メイリイ)を引き渡せば大金が入ると聞いている’──まぁ特にそんな話は知らないがだいたい似たようなことを言って半グレ共を使った筈だ──と【黃刀】の名で老虎(ラオフー)に交渉を持ち掛けた。老虎(ラオフー)は承諾したフリをし、こちらを呼び寄せて始末しようとするだろう。その際【黃刀】と聞きつければ【十剣客】は二つ返事で乗ってくる。これで美麗(メイリイ)老虎(ラオフー)(マオ)と【十剣客】両方の問題へ同時にカタがつく。一石二鳥。


連絡を入れて()を置かず、目論見通りに老虎(ラオフー)からの返信と日時指定。話が早くて有り難い。指示に従い待ち合わせ場所、九龍外れの(さび)れた港まで(おもむ)く‘【黃刀】御一行’…といっても今や【黃刀】は(マオ)(レン)の2人のみで、美麗(メイリイ)に至っては何ら関係が無いけれど。

だが所詮(しょせん)人数等は物差しの1種だ、以一当千(いっきとうせん)っつう言葉もあんだから…(マオ)はパイプの煙を流し倉庫街を歩く。後ろからちょこちょことついてきている(レン)が身体を丸めた。


「な、なんだか暗い雰囲気の港でしゅね…」

「そうだな。死体(くせ)ぇな」

「死体っ!!」

「うっせぇよ、魚の死骸とかだろ…つうか九龍城(ウチ)のほうがよっぽど(くれ)ぇし死体あんじゃねぇか」


言いながら、シャキッとしろと背中を叩けばキャンッと鳴き声を出す吉娃娃(チワワ)。そのやり取りに美麗(メイリイ)が少し笑い、(レン)は慌てて背筋を伸ばした。

辿り着いた倉庫街隅の建物、錆びた両開きの扉を押して中へと足を踏み入れる。初老の男を真ん中に据えて、それなりの人数の集団が思い思いにドラム缶等へ腰を掛けていた。(マオ)美麗(メイリイ)に視線を寄越すと、彼女は中心の男を見詰めたまま小さく頷く。あれが老虎(ラオフー)

取り囲んでいるのは【十剣客】か…そこそこ数が居る、全員連れてきた模様。好的(ナイス)。【十剣客(あいつら)】からしてもまたとない機会、みすみす逃しはしないよな…考えつつ(マオ)はカジュアルな調子で片手をあげた。


「よ、老虎(ラオフー)。【十剣客(おまえら)】も初めましてか?」


小首を傾げ老虎(ラオフー)に挨拶。ついでに【十剣客】の顔もグルッと見回すが、知っているツラはひとつも無い。恐らく向こうもそうだろう、【黃刀】の名さえあれば俺が誰でも構わないのだ。まったく因縁(・・)とはどうにもアホらしいものである。


「君が【黃刀】か。こんな辺鄙(へんぴ)な場所にまでご足労(そくろう)感謝するよ」

「別に。そう遠くもなかったぜ」


柔和な声で社交辞令を述べる老虎(ラオフー)へ適当に返し、(マオ)はその全身に視線を這わせた。一見(いっけん)人が良さそうで、中々(なかなか)身なりの整った上流階級(アッパー)然とした男。()なんて呼ばれ方は久々でちょっと面白い。


「君は【十剣客(こちら)】と因縁があるそうだね」

「俺は()ぇーよ。そいつらが勝手に対抗心持ってるだけ」


老虎(ラオフー)(げん)に心底面倒くさそうな表情で答える(マオ)。それを受けた【十剣客】が一斉に刀を構え、(マオ)は眉を曲げた。


「ん?老虎(おまえ)美麗(メイリイ)は手元に残したいんじゃねぇのかよ」

「1度裏切った人間は、信用に欠ける。始末するに限るんだよ…表の仕事に支障も出したくないのでね。少々勿体無いが」

「あ、そぉ。んじゃ俺が‘引き渡し’にきた訳じゃねーっつうのもわかってんだ」


嘲笑(わら)老虎(ラオフー)(マオ)もニヤリと()んだ。老虎(ラオフー)美麗(メイリイ)にも笑顔を向ける。


「お前にはよく稼がせてもらったな、美麗(メイリイ)ご両親(・・・)にも。この場を借りて礼を言うよ」


その言葉に(いぶか)しげな表情を作る美麗(メイリイ)。礼を言う?両親は金銭を借用した側で、老虎(ラオフー)からすれば多額の損害を(こうむ)っただけ。なのに稼がせてもらった(・・・・・・・・)?何をどうやって?何を────


「まさか…」


美麗(メイリイ)の唇から、聞き取れないほどに(かす)かな呟きが漏れた。


そう、始めからそのつもりだったのだ。中流階級の美麗(メイリイ)一家(いっか)に目を付けて集金の為の捨て石にした。経営の話を持ち掛け、多方面から金を借りるだけ借りさせ、自分も出資者を装い────その(じつ)、裏社会の金融業者と結託。会社を傾けさせた張本人もこの男、そして、容貌の(すぐ)れた娘の美麗(メイリイ)が金になるとも踏んでいた。


「っ、あなたが…お父様とお母様を(あや)めたのですか…!?」

「人聞きが悪いね。自殺(それ)を選んだのは君の両親だろう」


抑揚なく答える老虎(ラオフー)美麗(メイリイ)の瞳孔が揺れる。


知らなかった。知らずに私はずっと…いや、違う。‘知ろうとしなかった’のか。そうだ、あのとき、自分が(ネイ)に言ったのだ。弱い人間だったから、だから考えることも逆らうこともしないで、黙って目の前に積まれた課題を片付けるしか無かったと。他にはなにも出来なかったと。本当に、弱くて、弱くて───なんて情けないんだろう。


瞳の(フチ)に溜まった涙は水量を増し、頬を伝いポロポロと(あふ)れていった。美麗(メイリイ)は瞬きもせず老虎(ラオフー)を睨んでいる。下唇を噛み、肩を震わせながら睨み続けた。触れていた指先から老虎(ラオフー)への、また自分(メイリイ)自身への怒りが伝わり、(レン)はわずかに目蓋(まぶた)を伏せる。


(マオ)はコキコキと首を鳴らした。もはや検討の余地もいいわけの余地も無い、満場一致の全面戦争…再度グルッと周囲を確認してから肩を(すく)める。今どき全員武器が刀、いやはや、古っちぃ絵面。‘世の中に出回る銃器の半分──ないし8割──を抱えてんのは民間人’だっつう銃社会だぜ?密輸業者(トウエイ)からの受け売りだが。


「つうか老虎(おまえ)、【十剣客(こいつら)】しか呼んでねぇのかよ。チャカ持ってるヤツらも集めたほうが良かったんじゃねーの」


これならイージーモードだなと緩く微笑む(マオ)、その言い草に老虎(ラオフー)は眉を(ひそ)める。【十剣客(こいつら)しか(・・)?2桁は居るというのに?


「腕は立つはずだが」

「知ってるよ。俺の方が腕が立つってだけ」


(マオ)は丸眼鏡を外すと前髪を(ほど)いて下ろした。代わりに、後ろの毛を高めの位置で結ぶ。昔みてぇなポニーテールにゃ足りねぇが、まーいいだろ。雰囲気だこんなもん…思いながらゴムを留め、【十剣客】を見て、告げた。

もう2度と口にすることは無いと思っていた名前を─────もう1度。



「【黃刀】当主(・・)(マオ)



山吹色の着物の袖が、フワリと風を(はら)んだ。

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