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九龍懐古  作者: カロン
愛及屋烏
245/492

怯懦と愛烏・後

愛及屋烏10






食肆(レストラン)へ辿り着き、(ネイ)美麗(メイリイ)を中に入れると戸締まりをし(レン)は再度例の路地裏へ。だが到着した現場、燈瑩(トウエイ)の姿がない。あれっ?場所間違えたかな?いや死体もあるしここだよな…付近をキョロキョロ見回す。


と、居た。通路の1番隅っこ、しゃがみ込んでいるせいでわからなかった。どうしてそんな所に…歩み寄った(レン)の靴が燈瑩(トウエイ)(かたわ)らの水溜りを踏む。水溜り?じゃない、血だ。血?誰の?死体の?違う、これは────


「おっお怪我したんでしゅか!?」

「あ、おかえり(レン)君」


白煙を吐いてヘラッと述べる燈瑩(トウエイ)。いやいやいや、のんびり一服つけている場合ではないだろう…(レン)は即座にその手から煙草を奪って捨てる。服が真っ赤だ、他人(ひと)には涼しい顔で‘怪我は’なんて訊いておいて…慌てる(レン)の心情をよそに、燈瑩(トウエイ)は‘(ネイ)ちゃん達には内緒にして’と口元へ人差し指を立てた。


「内緒、じゃなくて燈瑩(トウエイ)さん…血、血が…」

「いいんだよ。俺はずっと待たせてるから」

「待たせてる、って、誰を…?」


質問には答えずに、燈瑩(トウエイ)(レン)の髪をクシャッと撫でる。


(アズマ)呼んでもらってもいいかなぁ。携帯ダメになっちゃって」


その頼みに(レン)は急いでポケットをまさぐり、青い顔。スマホを食肆(みせ)に忘れてきたらしい。ままま待っててて下しゃいとハチャメチャに(ども)ると電話をかけにまた走っていった。それを見届け、静かに壁にもたれる燈瑩(トウエイ)


マズいかな、(アズマ)に怒られそう。傷口を押さえると(てのひら)血塗(ちまみ)れになった。上着で雑に拭いて目を瞑る。鼓膜を塞ぐ雨の音。だいぶ降ってきたな…服濡れてるし…


──────あの時も雨だった。






「こんなところで寝たら体に障るわよ」






懐かしい声が聞こえて瞳を開くと、目の前に屈み込んでいる濡羽色の髪。


「…────(ユエ)


燈瑩(トウエイ)が思わず口にすれば、(ユエ)は悪戯に唇の端を吊り上げた。


え?本当に?そんなことがあるのか?ある…のか。あるよな。ギター、鳴るんだもんな。スクリーンセーバーだって…思いながら割合とあっさり納得し、燈瑩(トウエイ)は首を傾げた。


「迎えに来てくれたの?」

「まさか。顔見に来ただけ」

「なんでよ」


文句をつけつつ頬を綻ばせれば、(ユエ)もケラケラ笑う。いつかと同じくひとしきり笑って────瞼を伏せる燈瑩(トウエイ)


「もういいでしょ。そろそろ。よくやったんじゃない?俺」

「あら。なによそれ、弱音?」

「そうだよ、子供だから。‘子供らしいこと言え’ってゆったの(ユエ)じゃん」


シトシト降り注ぐ糸雨(しう)。ややあって、(ユエ)燈瑩(トウエイ)ハーフアップ(・・・・・・)に触れ、そっと顔を引き寄せると────額を指先でトンと叩いた。


「痛っ」

「もうお兄ちゃんでしょ。貴方のこと必要としてる子達がたくさん居るわ」


額から鼻筋をなぞり、唇に指を添えて囁く。


「アタシは────ずっと待ってるから。ね?」


刹那、激しくなる雨足。霞む景色。一瞬の(のち)に戻った糸雨(しう)、けれどもう、そこに(ユエ)の影はなかった。パシャッと水音がして燈瑩(トウエイ)はそちらに顔を向ける。泥濘(ぬかる)んだ道で見慣れたパーカーが息を切らせていた。


「なんだ、(アズマ)かぁ」

「えぇ!?お前が呼んだんでしょ!?」


期待外れといった様子の燈瑩(トウエイ)(げん)に不満を(あら)わにするパーカー(アズマ)。‘傷を見せろ’と隣に腰を下ろす。


「早かったね」

「ちょうど食肆(レストラン)向かってたから、厨房手伝おうかなと思って」


だってギター鳴るんだもん…(イツキ)バイトで出掛けてるのに…とボヤく(アズマ)燈瑩(トウエイ)は失笑。あの2人(・・・・)はいつも【東風】に居るんだろう────ちょっと羨ましいかも知れない。燈瑩(トウエイ)が楽しそうな表情を浮かべれば、(アズマ)は呆れて溜め息をついた。


「笑ってる場合じゃないよ、もー…何で燈瑩(おまえ)はすぐ大怪我すんの」

「すぐって事もなくない?」

「こないだも切られたでしょ」

「じゃ2回だけじゃん」

「口の減らない子だね」


メッ!と怒る(アズマ)を無視して燈瑩(トウエイ)は煙草を(くわ)えかけるが、こちらも秒速で捨てられた。


「あっ、何すんのヤブ医者」

「吸うんじゃないよ怪我人!もっとご自愛いただけますか!」

「俺はいいんだって」

「お前が良くても周りが良くないのよ」


(マオ)にもそんなこと言われたな…テキパキ応急処置をするヤブ医者を眺めぼんやり考える燈瑩(トウエイ)(アズマ)は諸々を()終えると息を吐いた。


弾丸(タマ)抜けてるし、イイとこ当たったね。1発だけ?」

「2発」

「んん!?どこ!?」

「ここ」


言って、ひしゃげた携帯を掲げた。グシャグシャの液晶にかろうじて映る待ち受け画面、夜空、隙間から覗くヒビ割れた月。


「へぇ、鴻運(ラッキー)じゃないの」

「かなぁ」


眉を上げる(アズマ)に答え、燈瑩(トウエイ)は曇天を見上げる。




────ずっと待ってるから。ね?




「……ズルいな……」


(かす)かに(こぼ)した台詞は、龍船花(サンタンカ)の薫りと共に、柔らかく雨に溶けていった。

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