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九龍懐古  作者: カロン
愛及屋烏
241/492

天邪鬼と一生懸命

愛及屋烏7






宵の口、明かりが(とも)りはじめる花街を抜け燈瑩(トウエイ)食肆(レストラン)の方面へゆったりと歩く。




────失くすのはテメェじゃねんだわ。




(マオ)が言っていたあれは、‘俺が何かを’ではなく‘周りの人間が俺を’といった意味合いか。随分気にかけてくれたものだ、普段の態度は散々な癖に…天邪鬼なネコちゃん。

けど、なぁ。(カムラ)大地(ダイチ)も充分大きくなったし(ヨウ)だって既に独り立ちしている。さしあたり自分は役目を終えたのだ。居なくなったとて別に────


考えていると、前方から美麗(メイリイ)、そして山ほど食材を抱えた(レン)が並んで歩いてくるのが見えた。片手を上げる燈瑩(トウエイ)に気付いた(レン)が駆け寄る。


燈瑩(トウエイ)さん!お1人ですか?」

「ちょっと散歩。買い物帰り?沢山買ったね、運ぶの手伝うよ」

「えっ!いいんでしゅか!でしたら、お礼に何かご馳走しますっ」


尻尾を振る吉娃娃(チワワ)燈瑩(トウエイ)(レン)から半分以上荷物を受け取ると‘美麗(メイリイ)ちゃんの袋、持ってあげたら?’と耳打ち。(レン)は慌てて空いた腕を美麗(メイリイ)に差し出す。多少は手伝わせてくれと遠慮する彼女と押し問答、どうにかこうにか預けて貰うことに成功。その微笑ましい様子を見て目尻を下げる燈瑩(トウエイ)


食肆(レストラン)へ到着し、いそいそと厨房へ向かう(レン)の横で美麗(メイリイ)普洱(ポーレイ)茶を淹れる。椅子に腰を下ろした燈瑩(トウエイ)は前置きもせず何気無い調子で口を開いた。


美麗(メイリイ)ちゃん、前の雇い主の人とはもう繋がってないんだよね」


直球。反応をうかがうには出し抜けなほうがいいのだ。茶を(そそ)ぐ手を止め、美麗(メイリイ)燈瑩(トウエイ)を見詰める。瞳にうつる狼狽。けれどこれは…隠し事をしている訳ではなく、何か迷惑をかけたのかという煩慮(はんりょ)気色(けしき)に感じられた。


「や、(マオ)も心配してたから」


燈瑩(トウエイ)は口角をあげ殊更(ことさら)優しいトーンで語る。


「その人がどうなのかはわからないけど、九龍城砦(ここ)では色々…違法なことやってる人間ばっかりだし」


俺もだけどね、と冗談めかして笑う。美麗(メイリイ)は大きな目を丸くして、それからクスリと頬を綻ばせた。再びお茶をつぎ始める。


「多少は、やっぱり…そういう方々と関係があったのかも知れません。私は、与えられた仕事をこなすだけでしたから、深く存じてはいないのですが」


(マオ)さんのお手を煩わせてしまったでしょうかと肩を落とす美麗(メイリイ)燈瑩(トウエイ)は首を振る。


(マオ)さんは、(レン)さんの恩人なのですよね。剣術のお師匠様であるとも」


美麗(メイリイ)はキッチンを振り返り、(レン)の姿が見えない事を確認するとヒソヒソ囁いた。


(レン)さん、毎日一生懸命、剣術の練習なさってます。こっそり。どんなにお仕事が遅く終わっても必ず」

「え?そうなんだ、知らなかった」

「‘全然上達しなくてカッコ悪いから’と、皆さんには秘密にしてらっしゃいますけど」


とても素敵なんですよ、と、美麗(メイリイ)(あで)やかに()む。ちょうどその時、キッチンから彼女を呼ぶ(レン)の声。パタパタと駆けていく美麗(メイリイ)


燈瑩(トウエイ)は瞼を細めると、厨房で仲睦まじく調理をしている2人を見た。




─────違う気がするな。




「お待たせしましたぁ!こちら芹菜炒魷魚(イカいため)蟹肉炒蛋(カニたま)蘿蔔糕(だいこんもち)でしゅ!」


ニコニコといくつもの大皿を運んでくる(レン)。こんなに食べられないよと燈瑩(トウエイ)が破顔すれば、残ったら包むのでお土産にして下さいと楽しげな吉娃娃(チワワ)。歓談しながら卓を囲み、夜が更ける前に燈瑩(トウエイ)食肆(レストラン)を後にする。




帰り道、(マオ)の携帯をコール。呼び出し音の(あいだ)に逡巡。どう伝えるかな、そのままでいいか、納得してくれるかわからないけど───電話口で不機嫌そうに(ネコ)が鳴いた。


(もしもし)ぃ」

「お疲れ様、城主(マスター)。出前いります?お土産いっぱい持たされちゃって」

「いーから要件だけ言えよ」


これも要件なのだが。それじゃあ(イツキ)に届けてあげようか?さっき、‘戻ってくるかも’って言って【東風】出てきたし。じゃなくて本題本題…燈瑩(トウエイ)(くわ)えタバコの煙を吸い込むと、吐き出しつつ告げる。


「違うと思うよ、俺は」


美麗(メイリイ)の雇い主が【十剣客】と関連があるにしろ、彼女が携わっている訳では無い───つまり、間者では無いと。


静寂。それなりに長く続いた沈黙の後、(マオ)はぶっきらぼうに呟く。


「あっそ。じゃいいわ」

「あれ?あっさり信用するね美麗(メイリイ)ちゃんのこと」

美麗(メイリイ)じゃねぇよ」


一拍(いっぱく)置いて、不機嫌な声音のまま続ける(マオ)


燈瑩(おまえ)を信用してんの」


テメェがそう言うならそうなんだろ、今度【宵城(ウチ)】で好きなの飲んでけよ。その言葉を残して、電話は一方的に切れた。燈瑩(トウエイ)は通話終了画面を(しばら)く眺め────表情を崩すと、更けゆく街の喧騒をかき分けてのんびりと【東風】へ向かった。

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