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九龍懐古  作者: カロン
愛及屋烏
239/492

【十剣客】と貴州茅台酒

愛及屋烏6






‘捨てるのにオススメの場所リスト’の1点へ死体を転がして、一同は【東風】へ帰還。各々適当に一息(ひといき)いれる。


気怠そうに首をゴキゴキ鳴らし、薬棚下から年代物老酒の瓶を引っ張り出す(マオ)。入り口の鍵を閉めながら見ていた(アズマ)が何でそこに隠したのバレてるのといった顔をし、(マオ)は何でバレねぇと思ったんだという顔をした。


「ちゅうか、さっきの奴なんで死んでん」

「見た感じ…毒かな?歯につけといて噛んだとか、普通に口に含んでたのかもだけど」

「なにそれ!漫画じゃん!」


(カムラ)の疑問に唇の端を引っ張り答える(アズマ)大地(ダイチ)がほんのりワクワクしたオーラで身を乗り出す。


「歯に仕込んだくらいじゃ致死量に届かない場合が多いけど、有り得ない事もないから」


(アズマ)は指を離して顎を(さす)り、少し唸る。


最近見たネットニュース。どこかの諜報員が使っていた仕込み傘やカメラの埋めこまれた指輪、毒入り義歯などなど、少年(ダイチ)がトキメキそうなスパイグッズの数々がオークションに出ていた。九龍(ここ)にひしめき合う歯科医──資格の有無はさておき──にも、そういった素敵アイテムを作っている輩は居るし…あっ俺そういえば銀歯の被せ取れてたな。歯医者行こうかしら。‘誰かオススメの歯医者ある?’と、今回の襲撃には微塵も関係のない情報を矢庭に求める(アズマ)(イツキ)が眉を上げる。


「そこ前も取れてなかった?」

「取れた。タピオカで」

「東門路の歯医者なら3香港ドルだぜ、あそこのジジィ割と腕がいいぞ。すぐ抜きたがるけどな」

「え、それは安いね」


(マオ)(げん)燈瑩(トウエイ)が反応。一番金銭問題と関係なさそうな奴が共感してる…と(アズマ)は思ったが、それは言わずに歯医者の場所と名前をメモ。ついでにパソコンで(くだん)のオークションのニュースを検索、もの凄い勢いで食い付いてきた大地(ダイチ)が液晶をガン見。どうでもいい会話を重ねる合間に(マオ)は遠い記憶を(すく)った。


先程の男。あの太刀筋、どうも覚えがある。


「アイツ、【十剣客】な気がすんな」

「なにそれ」

「昔【黃刀(ウチ)】と対立してた流派だよ」


スクリーンから顔を上げる大地(ダイチ)彼方此方(あちらこちら)に旺盛な好奇心。


倭刀(わとう)を主要武器とし、表立った活動はほぼしていない陰気な集団…と評すると言い方が悪いが、要は‘隠密’、兼ね兼ねよろしくない(・・・・・・)仕事を請け負ってきた一門(いちもん)。実戦での実力はそれなりだと聞いている───聞いているというのは、(かつ)て【十剣客】と対立していたのは本家の人間であり(マオ)自身は数回程度の軽い手合わせしかした試しがなかったからだが…例の襲撃者を見た限り、なるほど、噂だけということもなさそうだった。

さりとて(いま)だになにを根に持つというのか?もはや【黃刀】は消滅した、1人残っているといえば残っているけれど、今さら穿(ほじく)り返すなんて。ほとほと面倒な奴ら。


「負けたら死ぬって忍者かなんかなの?」


言いながら(タクミ)豆沙餅(タウサーベン)(かじ)り、併せて横から覗き込んできた(イツキ)の口に糯米滋(ローマイチー)を投げ入れた。流れ作業。


「情報漏らしたくねぇんだろ。あとはまぁ…頭(かて)ぇんだよ、昔っからそーだアイツらは」


(マオ)は酒瓶の呑み口で側頭部をコンコン小突く。古風(・・)な集団、沈黙は(きん)、なにより負けてスゴスゴ巣に帰るのは恥なのである。


「問題は【十剣客(こいつ)】がどっからわいてきたのかっつーこと」


ここの所、身の回りで起こった変化はひとつだけ。美麗(メイリイ)。彼女の雇い主と組んでいる輩は【十剣客】では?逃げた美麗(メイリイ)を探していたら【黃刀(おれ)】の情報を先に掴んだ───と結論づけるのはポジティブ過ぎるか。まぁいい。(マオ)が推察を(カムラ)に告げると、饅頭は‘その線で当たってみるわ’と即刻携帯をイジった。


単身乗り込んできたならば仕事と関係の無い私怨の可能性が高い。【十剣客】には長年【黃刀】との因縁がある、正直逆恨みだが。あんな賑やかな場所で斬りかかってきたのもそのせいか?騒ぎにすれば噂が立つ、それが広まれば【黃刀】を取り逃がすこともない。どちらにしろ襲撃者個人の判断だろうけど…思案しつつソファの上で胡座をかき、頬杖をつく(マオ)


()りたいなら()りたいで堂々と来たらいい。【十剣客】は当時から先細りだった、十数年経った現在どうせ大した人数は残っていない筈だ。以前であれば‘面倒くせぇ’とトンズラする可能性は十二分だが、今や九龍城砦(ここ)には【宵城】がある、城主が行方を(くら)ますことはないのだから────でも【十剣客(あいつら)】が知ってんのは過去(まえ)の俺だしな。(マオ)は酒を飲み干し新しい瓶に手を付ける、(アズマ)がピィッと鳴いた。


あの女(メイリイ)に訊きたいことが出来た。定休日は市場での買い物を手伝ってもらっているだのなんだの吉娃娃(チワワ)が言っていたか…【宵城】を()けておくのも(かんば)しくないが…黙って酒瓶を揺らす(マオ)を見て燈瑩(トウエイ)が柔らかく声を掛ける。


(レン)君達、迎えに行ってこようか」


(マオ)はチロリと視線を送った。本当に燈瑩(こいつ)は話が早い。


「気ぃつけろよ、一応。【十剣客(あいつら)】地味に(つえ)ぇぞ」


その言葉に、依頼(・・)の承諾を兼ねて頷きつつも肩を(すく)める燈瑩(トウエイ)


「んー、俺はあんま失くす物ないから」

「馬鹿か。失くすのはテメェじゃねんだわ」

(レン)君達のことはちゃんと護るよ?」

「そうじゃねぇよ」


その(マオ)の返答に、燈瑩(トウエイ)は数瞬固まり────それからフッと笑った。後で戻ってくるかもなどと言い残しのほほんと【東風(みせ)】を出て行く。


「わかってんのかよ…」

「なにが?」

「なんでもねぇ」


独り言を耳聡(みみざと)く拾ってきた大地(ダイチ)をあしらい、菓子をいくつか(つま)んだのち(マオ)も酒瓶を手に出口へと足を向けた。(カムラ)が携帯から目を離し背中に声を飛ばす。


「どこ行くん」

「いちいちオカンかお前は。しーごーと、【宵城(みせ)】戻んの。まだ腹減ってる奴ぁ眼鏡になんとかしてもらえ」

「え?いいけど…冷蔵庫の余りでよければ…っていうか待って(マオ)!!貴州茅台酒(それ)だけは、貴州茅台酒(それ)だけは置いていって!!」


喚く(アズマ)に振り向きもせず(マオ)は後ろ手でドアを閉める。暮れ(なず)む城砦。夕さりにそよ吹く風は、甘ったるい龍船花(サンタンカ)の香りがした。

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