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九龍懐古  作者: カロン
愛及屋烏
237/492

春心と老獪・前

愛及屋烏4






「じゃあ美麗(メイリイ)さんは(しばら)食肆(ここ)にいるんだ」

「そうですね、休憩室をお借りして…(レン)さんにはご迷惑をお掛けしてしまっていますが」

「迷惑じゃないですって!!」


大地(ダイチ)の問いかけに心苦しそうな美麗(メイリイ)(レン)が‘迷惑’を即座に否定。

実際問題この店のバックヤード──ちょっとした生活が出来る仕様──は特に誰も使っていないし、ウエイトレスの仕事も毎日進んで手伝ってくれる。華やかで愛嬌のある美麗(メイリイ)は評判も良く、(レン)としては人手が増えて助かりこそすれ困った事など何も無かった。


皆の湯呑が空いたのを認め、美麗(メイリイ)が厨房へおかわりを取りに行く。その隙を突いて大地(ダイチ)(レン)へと耳打ち。


「俺、応援するよ。頑張って(レン)

「へ?何を?」

美麗(メイリイ)さんとのこと」

「いややややや!!そういうのじゃぁないんでしゅほんとに!!」


両手をバタバタさせる(レン)大地(ダイチ)は首を傾げ、違うの?と不思議そうな表情。(マオ)が笑いを噛み殺している。お盆に急須と新しい湯呑をいくつか乗せホールへ戻ってくる美麗(メイリイ)、と、その足元に(カムラ)が目を留めた。


「あ、鼠おるで」

「えっ」

「きゃっ!」


顔を向ける(レン)の視線の先で小さな生き物がタイルを走り、驚いて脚を退()けた美麗(メイリイ)がバランスを崩してグラつき倒れかけた。 

(レン)は支えようと踏み出すも、椅子に引っかかって(つまづ)き床へビタァンと身体の前面を(したた)かに打ち付ける。既視感。同時に、美麗(メイリイ)の近くに居た燈瑩(トウエイ)が彼女を片腕で抱き止め、ついでに反対の手でお盆もキャッチ。コケた(レン)が地面に伏したまま顔だけ上げると、転げてしまったらしき湯呑が遅れてトレイから落下し弾けて割れ、飛んできた破片がデコに刺さった。


「ぁ(ぃた)!!」

「わっ、ごめん(レン)君」

(レン)さん!大丈夫ですか!」

「だ…大丈夫でしゅ…」


美麗(メイリイ)が急いでしゃがみ込み(レン)を助け起こす。湯呑を落としてしまったことを謝る燈瑩(トウエイ)に、自分が無駄に転んだから当たっただけだと(レン)は首を振った。

またもや不恰好…どうして僕はこうなのか…ちまちま湯呑の欠片を拾い集めていたら指も切れた。あぁもう。美麗(メイリイ)(レン)の手を取る。


「指、切れてますよ。オデコにも怪我が」

「いいんです、これくらい別に」

「よくありません!見せて下さい!」


(こと)(ほか)強い口調、箒と塵取りを持ってきた(アズマ)一揖(いちゆう)し片付けを任せ美麗(メイリイ)はキッチンへ(レン)を引っ張る。救急箱から消毒液と絆創膏を取り出した。(レン)がか細い声で発する。


「すみません…」

「どうしてですか?私を支えてくれようとしたからでしょう」

「いや…余計な事でした…」


言いながら美麗(メイリイ)へ力無く()んだ。余計な心配をしたり、余計な手出しをしたり、いっつも余計。力量が追い付いてないくせに何かをしようとするからだ。僕だってスマートにキメられたらいいのに、どうもカッコつかない、分相応ってあるのかしら、ていうかさっき美麗(メイリイ)さんと燈瑩(トウエイ)さんお似合いな感じしたな─────うわああ。


突然ギュンッと梅干しの様な顔をする(レン)、パーツが中心にめちゃくちゃ寄った。美麗(メイリイ)がビクッと肩を震わせる。梅干しは唇をモニュモニュさせ‘しゅみましぇん’と再び謝った。


「余計な事なんかじゃ、ありません。私は(レン)さんに色々助けられていますし」


傷に絆創膏を貼り終えた美麗(メイリイ)が微笑む。


「ほら、そのままではお顔がクシャクシャになってしまいます」


(レン)の指を少し握り、言った。


(レン)さんはとても素敵ですよ」


真っ直ぐな眼差し。照れた(レン)の頬にサアッと血がのぼり、今しがた貼ったばかりの(ひたい)の絆創膏が一気(いっき)に赤く滲んだ。


それを見て、厨房の片隅で草菇(フクロタケ)を刻みつつ小さく口笛を鳴らす(タクミ)。隣に居ながらにして全く何も耳に入っていない(イツキ)は、米と具材を凝視し一心不乱に中華鍋をガッシャガッシャと振っていた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「せやからな?美麗(メイリイ)さんの雇い主自体、っちゅうんは動いとらん感じやねんけど。裏でどっかと組んどる気配するんよ」

「あそぉ」

「自分、全っ然興味あらへんな」


貧困街、路地裏の酒場。調べてくれと(たず)ねた割にどうでもよさそうな(マオ)へ眉根を寄せる(カムラ)(マオ)は俺じゃなくて(レン)の問題だからよと酒を(あお)る。


本日は(レン)食肆(レストラン)は休業、といっても頼めば普通に開けてくれるのだが──ちなみにあの日(イツキ)が作った炒飯(チャーハン)(カムラ)(アズマ)が全て胃袋に納めた。匂いを嗅いだ(マオ)がフレーメン反応を見せ、味見した(タクミ)は黙りこくり、察した燈瑩(トウエイ)ものらりくらりと躱し、箸を伸ばした大地(ダイチ)()めて(カムラ)がかなりの量を吸い込んだ。残りは(アズマ)が引き受け、翌日2人は原因不明の指先の痺れに悩まされることとなるがそれはまた別の話──今の(レン)浮ついて(・・・・)いる。水を差すこともないだろう。それに、たまにこうして見知らぬ飲み屋を開拓するのも良い。(マオ)は老酒の栓を抜く。


燈瑩(トウエイ)が注文した北京片皮鴨(ペキンダック)を丸々1羽平らげた(イツキ)(タクミ)が目を丸くすれば、‘(イツキ)はこんなもんじゃない。次の饅頭祭りは一緒に大食い大会を見に行こう’となぜか得意気な(アズマ)

そういやあの長洲島の海鮮屋、なかなか旨かったな…酒の種類も割合と多くて…思い返しながらボケッと皆を眺める(マオ)に話し掛ける平安饅頭(ラッキーバンズ)


「やけど協力しとる奴らが何者(なにもん)なんかがよぉわからんくて」

「ふーん」

「聞いてぇな!!」


説明しつつ料理を大地(ダイチ)へと取り分ける。北京片皮鴨(ペキンダック)の大皿を店員に下げてもらいテーブルを空けるのも忘れない、プラス人数分の飲み物も追加。忙しい保護者。


「せわしねぇ饅頭だな」

「どこ行くん!!」

廁所(トイレ)


(わめ)(カムラ)に耳を塞ぐジェスチャーをして、(マオ)は席を離れいくらか歩いた。と…見知らぬ男が前に立ちはだかる。ん?通路が狭いからか?そう思った(マオ)が半歩ズレると、男も同じ方向に半歩ズレた。ぁんだよ、カブりやがって。内心で悪態をつき反対側にズレる(マオ)。男もまたズレてくる。




──────ワザとだな。




「何だ?テメェ」


瞬間。男を見上げ(マオ)が放ったその一言(ひとこと)と、男が剣を抜き放った一撃は、完全に重なった。

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